そもそも広告代理店に何を頼むのか?

広告代理店が担っている役割とは?

これまで3社の事業会社で仕事をしてきて、大勢のマーケターを自社の採用のために面接してきた。概ね候補者のバックグラウンドは3種類で、事業会社のマーケター、広告代理店出身者、未経験を含めたその他である。その中で、広告代理店出身者の候補者が事業会社に転職をする際に10中8、9いう転職の理由がある。それは、「広告代理店でマーケティングをしていると、自分たちのマーケティングの結果がどのように事業成長に結びついているのかが見えない。このため、次は事業会社で仕事がしたい。」というものである。

私の経験上、事業会社であってもマーケティング部門の活動がどのように事業成長に役立っているのかを理解できていない会社の方がおそらく多いので、この悩みは事業会社に転職すればどこでも解決するわけではないのだが、この理由を何度も聞いているうちに、広告代理店に依頼して実現することと、実現しないことというのが分かってくるような気がする。

まず、出来ることの代表的な業務としては、広告媒体の買い付けとデジタル広告で言えばそのパフォーマンス最大化のための運用業務である。まあ、古いカテゴライズ方法ではあるが、広告代理店という業種名を考えてもこれが最もメジャーな広告代理店の活用方法である。その広告の買い付け、運用を起点にして、マーケティングに関わる関連業務の多くも代理店の請負業務として広がっている。例えば、広告クリエイティブの制作業務であったり、そもそもどのようなクリエイティブを作るのかを検討する過程でコミュニケーション戦略の立案、さらには、その戦略立案のための市場リサーチ業務、広告とは異なるタッチポイントとしてイベントの管理運用なども広告代理店に依頼している会社もあるのではないだろうか?

広告代理店にマーケティングを丸投げすることは出来ない

では、このような業務に共通していることは何だろうか?唯一の答えではないかもしれないが、ひとつの共通点は、顧客との最終的なタッチポイントになる部分の戦略立案~オペレーションまでの一連の業務ということになると思う。

では、なぜこれらの業務が広告代理店に外注可能なのかといえば、商品開発や、製造、サービスの開発などの会社のコアな業務と異なり、バリューチェーンの入口/出口など末端部分にあるため、他の業務と分離がしやすいからだと思っている。

これが、例えば新規サービスの開発となれば、そもそものサービスの事業的な位置づけ、戦略の策定から、膨大な社内調整、場合によっては管理部門との調整、営業部門との調整など、社内の数多いステークホルダーとの利害調整や議論などが発生し、例え外部に外出ししたとしても、結局はそれなりのリソースを社内に抱え、社内向けの業務を担わないとプロジェクトが円滑に実行できない。このような業務は、多くの場合多くのリソースがかかるため、コストの高い外注にするよりも内製化してしまった方がよいという結論になったりする。

というのが、おそらく一般的な現状に近いのではないかと思う。と考えた時に、そもそもマーケティングを広告代理店に丸投げすることは出来るだろうか?結論は当然Noなのであるが、その理由を考えながら、広告代理店に頼めること、頼んでもよいことと、丸投げしてはいけないことの区別を考えていきたい。

広義のマーケティングはインハウスでやるべき話

まず、この話をする際に、マーケティングのGoalを検討する際に説明した、広義と狭義のマーケティングの違いの話を思い出していただきたい。簡潔に言えば、狭義のマーケティングとは顧客獲得のプロモーション活動を意味し、広義のマーケティングとは顧客起点で事業のバリューチェーン全体をデザイン、管理運用していくというイメージである。そして、私は企業のマーケティング部門の役割は広義のマーケティングを担うべきという立場である。

この視点では、分かりやすく言えば広告代理店の担っている業務分野は狭義のマーケティングに分類されることはすぐに理解できるであろう。私の推測では、日本企業において広告代理店依存型のマーケティング部門が非常に多くなってしまっている原因は、そもそも、事業会社のマーケティング部門の位置づけが狭義のマーケティングの範囲にとどまってしまっているからであると思う。これに、こちらも以前に批判的に述べた、ゼネラリスト志向の人事ローテーション問題が組み合わさり、事業会社のマーケティング部門にはそれを専門職としている代理店の担当者と同等レベルのスキルを持つマーケターを育成できる人材がいないため、高度化するマーケティングに自社では対応出来ず、ドンドン広告代理店依存が高くなっていくという構造が生まれている。

しかし、このような狭義のマーケティングをしているだけでは、短期的な事業成長にマーケティング部門が貢献することは出来たとしても、中長期的な顧客視点、マーケット視点で事業成長を継続的に行うことは非常に困難である。事業会社は、深く顧客や自社が向き合う市場を理解し、その理解のもとに適切な成長戦略を企業のバリューチェーン全体を最適化することで実現していかなければならない。つまり、継続的に成長する企業となるためには、広義のマーケティングを継続的に実現する能力を持たなければならない。

このように考えると、やはり広告代理店に依存し、その管理をするだけのマーケティング部門という考え方は、広義のマーケティングをするためのマーケティング組織としては能力が貧弱すぎると言わざるを得ない。同時に、最初に述べた広告代理店出身者の悩みを聞いても、たとえ、広告代理店が狭義のマーケティングの範疇を飛び出して、広義のマーケティングまでサービス範囲を拡張したとしても、代理店社員の既存のスキルと経験では、高いクオリティのサービスを期待することは短期的には難しいと思われる。もちろん、昨今は、大手の広告代理店などは、このような現状を理解しているようで、社内に戦略コンサルティン部門のような組織を作り、広義のマーケティングまで範囲を広げようという意思を感じる。しかし、個人的には、短期的な切っ掛けや初期の体制づくりのサポートを外部コンサルに依存することくらいは現実味があるとしても、継続的に広義のマーケティングを担う部門を外注化することは、企業の成長戦略の継続的なブラッシュアップという非常にコアなナレッジを外部依存することになるため、健全な体制とは思えない。

まずは自社のマーケティングの問題点の理解をインハウスで!

私は、日米で仕事をしてきた経験から、日本の広告代理店、特にデジタル系の代理店の現場のスキルレベルはとても高いと感じている。このため、適切なクライアントが、適切なタスクを依頼するのは全く問題ないし、自社でやるよりもパフォーマンスをあげられるケースもあるし、自社のリソース確保が追いつかない場合などは非常によいサポートが得られると考えている。しかし、決して間違わないで欲しいのは、マーケティングのコアな業務は高いマーケティングスキルを持ったインハウスの人材によって行われなければならないということである。これまで議論してきたように、代理店で代替可能な業務範囲には限度があるし、その限度の範囲内では本質的な広義のマーケティングの依頼は困難である。そもそも、自社の顧客起点でのバリューチェーンで起こっている問題をきちんと理解する人材がいなけれ、マーケティングの改善としてどこから手を付けなければいけないのかの判断もできない。それが出来ていない状況に対して、改善を広告代理店に求めるのは、代理店はやる、出来るというと思うが、残念ながら私は依頼する内容を間違えていると思う。マーケティングが現状上手くいっておらず、代理店を変更しようかと議論している組織に属している方には是非一度立ち止まって考えてみてはいかがだろうか?問題が自分たちの内部にあるのであれば、その先の手足だけ取り替えたところで本質的な問題の解決にはならないのである。