DWH

データの一元管理でPDCAのスピードをアップ

デジタルマーケティングを精度高くしたい、データドリブンな経営を行いたいという話になったときに、最も重要なことは、データがあるということである。いつもながら当然のことを言っているにすぎないが、ここで重要なことはデータが利用可能な形で存在しているということである。私はデータサイエンティストでもアナリストでもないので、専門的な話は、専門の方の書いたものを読んでもらいたいが、マーケティングの実務に必要な範囲で、どのような状態になっていることが必要で、理想に近いかということをここでは考えていきたいと思う。

まず最初に考えたいのはデータをどこに蓄積するのかということである。私のおすすめは、Data Warehouse (DWH)とかData Martとか呼び方はなんでも良いのだが、バリューチェーンの入口から出口までの一貫したデータを一か所に集めて、一気に分析できる環境を整えておくことである。

データ収集の手間を省く

1か所に蓄積されている利点は、2点くらいあると考えている。一つ目は、分析したいことをデータの収集の手間を省いて、速やかに分析出来るということである。

20年間デジタルの仕事をしてきた「あるある」で、多くの方が経験したことがあると思うが、新規事業開発を余り経験値の高くないビジネスチームとエンジニアチームでデジタルサービスの開発をすると、サービス自体の機能を作るのに必死で、必要なデータログが残っていなかったり、KPIの分析をするためのデータの閲覧がシステムの本番のDBをいちいち見に行かないと入手出来ないといったことになるケースが多い。ただ、新サービスのローンチ当初というのは大抵バグが出たり、想定外の機能不足や仕様修正が判明したりで、エンジニアのリソースが逼迫することが多い。ただ、大体そういう時は、サービスの立ち上がりも予定通りに行っていないことが多く、サービスのどこに問題があるのが分析したいというビジネス側の要望がどんどん増えていく。こういう状況になると、エンジニアはサービスの改修、新機能開発もしなければいけないし、データの蓄積・取得などの裏側の開発もしなければいけないしと、タスク量が一気に増えて破綻気味になり、やりたいことすべてがスローダウンして、みんなでもがき苦しむことになる。新規サービスを立ち上げたことがある人であれば、なんとなく思い浮かぶであろう。

この話は新規サービスの開発という、ちょっと非日常的な話であるが、実は似たような話は他にもある。この話は若干以前に話したことがあるが、データが社内のいろいろな場所、代表的なのが部署ごとに分散して管理されているというケースである。バリューチェーンというのは当然ある部署からある部署に顧客や商品をバトンのように渡していく一連の流れであり、たとえ社内の部署が分かれていたとしても、その流れは一貫していなければいけない。そのためには、当然歯抜けにならず、バリューチェーンの各プロセスにおいて顧客等がどのような状態にあるかトラッキング出来なければ、バリューチェーン全体のデータを分析することが出来ない。しかし、多くの企業ではこれが一発で見られるようになっておらず、ブツ切りになっているケースが多く存在する。それに輪をかけて厄介なのが、こちらも以前に話題にした責任領域の明確化、切り分けの問題で、部署間の障壁が高く、縦割り色のつよい企業などでは、情報管理の名のもとに、他部署にはデータが出せないと共有を拒まれたりするケースもあったりする。

このような状況になると、当然何か問題が起きたり、改善点を探そうとデータ分析をしましょうという話になったときに、まずデータ収集をして、そのデータを整形して使える状態にまで持っていかなければいけないという手間が発生することになる。

データの定義を一元管理

二つ目の利点は、データの各項目の定義を整理して、一元管理出来るということである。この話は、データが複数部署にまたがって蓄積されている問題と絡むことが多いが、部署によってデータの定義が異なり、収集したデータを組み合わせて、バリューチェーンの流れのとおり、一貫したデータを作ろうとすると上手く組み合わせることが出来ないという自体になったりする。しかも多くの場合、それぞれの部署はそれぞれの部署の活動を自分たちが管理しやすいように加工し、それ以外の加工の仕方があるとは想像もしていないので、そもそもデータの定義みたいなものを深く考えておらず、データ集計が部署内で何回か引継ぎがなされ、その集計のもとを作った人が部署内にいなくなっていたりすると、実際に集計をしている人物自体がそもその集計の定義を理解していないなどというひどい状態になったりもする。

例えば、人材業界の例でマーケティング部門が今月のヒアリングから求人提案の転換率といえば、今月獲得した登録者が登録→ヒアリング→求人提案と流れていくのを見ているので、「今月獲得した登録者」が集計の母集団になる。これは毎月、自分たちが獲得した新規顧客の質を見たいと思っているので、ある意味自然な発想で、逆にそれ以外の集計方法があるとは想像もしていない。一方で、営業部門は、今月の登録者数はマーケと一致しているのであるが、ヒアリングと求人提案を月初から実施された数でカウントしているケースなどがあったりする。つまり母集団の前提が「登録した時期に関係なく」となるため、マーケの前提とは母集団が異なっているのだ。これも、営業からすれば、営業活動を毎月リセットして今月もゼロから頑張りましょうという感じで活動していたりするので、自分たちとしては非常に自然な考え方であったりする。しかし、このような状況になってしまうと、マーケティングと営業が会議をしていて、求人提案転換率が悪いという話をしている時に、同じ言葉を使って、同じ話題をしているように見えて、実際には全く違う話題で話しているなどということになりかねないのである。

データの収集の手間とデータの定義を合わせる手間というのは、ちょっとしたデータ出しで、扱う項目が1つ、2つ程度であればたいして手間に感じないかもしれないが、バリューチェーンの入口から出口まで一貫した分析をしましょうなどという話になるとやったことのない人には想像もつかないくらい膨大なものとなる。データサイエンスの世界では、この作業をクレンジングと言ったりするが、データのクレンジングから始めなければいけないデータの分析のプロジェクトとかであれば、感覚的にはクレンジングまで終われば半分か、ひどい場合には3分の2くらいは完了しているくらいのイメージである。つまり、このような手間にいちいち時間を使わなければいけない組織と、その手間なくデータの分析が開始できる組織で、PDCAが回るスピードに差が出ることは、ある意味当然であると思う。

DWHを作る障害は組織間の壁

ここまでで、DWHの重要性はご理解いただけたと思うが、次に、全社的なDWHを作ろうとしたときに考えておかなければいけないポイントを議論する。私の経験上、DWHを作るとなったときに障害として立ちふさがる多くのケースは、部署間の壁に起因する。良いか悪いかは別にして、多くの組織において、マーケであれ、営業であれ、開発部門であれ、各部門の責任者は自部門のパフォーマンスを理解できるデータは部門責任者である自分が管理して、レポーティングや情報共有のコントロールをしたいという願望を持っていることが多い。特に、部署間の障壁が高く、縦割りな組織で、最悪なことに部門の責任者同士が仲が悪く対立しているというような場合には、この問題は想像以上に大きい。このような利害関係が存在する組織においては、データが一か所に集約され、事業の状況が自動的に視える化してしまうということは大変都合が悪いことになり、誰がそれをやるのかとか、どのように情報開示・共有するのかなど、細々と異論反論が出てくる。

この問題は、ロジカルな問題だけでなく、私が全く興味がない社内政治的な部分もあるため、解決策は企業毎に大きく異なるわけであるが、よくある解決方法くらいは話題を振った以上提示するのは義務だと思うので、3つくらい紹介したい。

一つ目は、トップダウンで合意を取ってしまうことである。私がいたオーナー企業でよく使われる手法である。トップが強力なリーダーシップを持っている会社であれば、このやり方が一番簡単であると思われる。ただ、この手法で重要なのは、トップ自身が、この施策が本当に重要だと考え、プロジェクトを明確にサポートしてくれる状況まで熱をあげられるかである。

二つ目は、経営層のメンバーで合意を取り、Yesと言ったアリバイ作りをする方法である。これもよくあるやり方であるが、公の場でYesと言わせてしまえば、協力しないとは言わせないという訳である。ただ、この手法も、総論賛成、各論反対をする人が出てくるのはあるあるなので、これをやったから安心という訳でもない。

三つ目は、利害関係のない新設の部署を作って、その部署に中立の立場でデータの管理、運用、分析をする体制を構築する方法である。これも利害関係がないという意味では理にかなったやり方である。ただ、この手法の注意点は、新設部署のトップや管掌役員がそれなりにパワーがある人物でないと、社内での発言力が低すぎて、結局どこに話をしに行っても、全敗して何の成果も挙げられないというパターンである。

ということで、3つほど手法は提示したが、自分でいうのもどうかと思うが、この3つのうちどの選択肢を選んだとしても、残念ながらそれなりに苦労することになる。そうならないようにするためには、私の経験上、マーケティングでDWH的な機能が必要なのであれば、とにかくそれが必要な理由を明確にし、現状の問題点をつまびらかにしたうえで、まず社内のキーマンを説得してしまい味方にしてしまったうえで、会社によって上記の3つの方法から最適なものを選択するというプロセスを取るしかないと思う。どの会社でもバリューチェーンの大きな幹があり、そのデータを握っている部署というのは、簡単な現状分析をすれば分かるケースが殆どだと思う。つまり、その幹のデータがDWHに格納されてしまえば、それ以外の枝葉末節が多少抜け落ちていたとしても大きな問題でないことが多い。このため、その幹を握っている部署の責任者の問題解決になるようなメリットを意図的に準備してでも、プロジェクトの味方になってもらう説得、地ならしをしておくというのが、一番よいと思っている。バリューチェーンの幹を担っている部門というのは、大抵の場合、社内でも発言力が強い部門であるケースが多い。このため、この方法のメリットは、その責任者を味方につければ、他の経営メンバーも反対しにくくなるということもおまけでついてくることが多い。

2社目のゲーム会社はある程度基盤があったが、楽天とトライトでマーケティングを始めた当初は、このDWHに近いものは皆無といってもよい状況で、マーケティングの成果を理解するためには、データの一元管理は何としてでも実現しなければいけないタスクであった。幸いにも私の場合は、周りの理解もあり、そこまで苦労しなかったし、トライトのケースではグローバルのメディア企業の営業責任者の人から、数カ月で作ってしまって驚かれるくらいでスピードで構築出来たが、多くの会社で非常に苦労している部分のようだ。だだ、データを集約して、使える状態にするということは、データドリブンマーケティング、デジタルマーケティングの一丁目一番地であり、これがなくては始まらないほど重要なスタート地点である。社内環境によっては、非常に苦労することもあるかもしれないが、必ず実現しなければいけない最重要事項だと考えて取り組むべきだと思っている。

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