マーケティングのゴールを設定する

マーケティングとは?狭義と広義のマーケティング

マーケティングとは?と聞かれて即答することはなかなか難しい。決まっていそうでいて、人によって捉え方は様々だからだ。こういう時は、結構悪口を言ってしまった気がするが、コトラー先生に助けてもらうことにしよう。

ここで、私のマーケティングの定義を述べておこう。マーケティング・マネジメントとは、標的市場を選択し、優れた顧客価値の創造、伝達、提供を通じて、顧客を獲得、維持、育成する技術である。

もう少し詳しくいうと、次のようになる。「マーケティングとは、充足されていないニーズや欲求を突きとめ、その重要性と潜在的な収益性を明確化・評価し、組織が最も貢献できる標的市場を選択したうえで、当該市場に最適な製品、サービス、プログラムを決定し、組織の全成員に顧客志向、顧客奉仕の姿勢を求めるビジネス上の機能である

出典:フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティング・コンセプト

この定義を見ると分かるが、コトラーのいうマーケティングとは、本来的には市場調査から商品・サービスの開発まで含む概念であり、その意味で前項で例に出した消費財メーカーのブランドマネージャーはこの定義によるマーケティングを行っていることになる。

一方で、最近はあまり少なくなってきたかもしれないが、マーケティングを担当する組織を日本の企業では「宣伝部」のようなネーミングで社内的に位置付けられていることが、私が仕事をし始めた25年くらい前は多かった。この場合のマーケティング=宣伝の守備範囲というのは、このコトラーの定義における「優れた顧客価値の伝達と、顧客の獲得、維持、育成」の部分に限定された言い方になっていることが多い。より具体的に言うと、顧客の獲得がいわゆる広告を使った宣伝活動であり、維持・育成がCRMといわれる領域である。

ここからは、前者のコトラーのマーケティングの定義に従ったマーケティングを「広義のマーケティング」、後者の宣伝部的なマーケティングを「狭義のマーケティング」と呼ぶことにする。

ゴール設定は広義のマーケティングの視点で!

マーケティングのゴール設定という項において、なぜマーケティングの定義の話から入ったかといえば、マーケティングのゴールを設定する時に、マーケティングの定義が大きなかかわりを持つからである。

マーケティングの2大潮流の項でも議論した通り、私がキャリアを積んできたデジタルマーケティングがメインの手法となる事業においては、ダイレクト型ビジネスになることが多く、商品の企画・開発プロセスよりも、商品・サービスの発売後の運用フェーズが長くなるため、実際の業務の内容からすると表面的には「狭義のマーケティング」に使っている時間が業務時間の多くを占める状況になる。特に、私のようなCMOの立場ではなく、現場のミドルマネジメント層や現場担当者のレベルになると、多くの場合広義のマーケティングをしているという感覚を持つことは難しい状況になることが多い。

そのような状況になると、マーケティングの部署をマネジメントする時に部署のゴール設定をしましょうとなるとどうしても狭義のマーケティングの視点から考えてしまいがちな傾向になる。

以前も使った人材紹介業の業務フローを用いて、具体的に適切なゴール設定のあるべき姿を考えてみたいと思う。

人材紹介のビジネスではシンプル化すると求職者がサービスに登録してから、実際に転職をして売上として認識される入職という状態になるまでに、登録→ヒアリング→求人提案→面接→入職の5つのステップがある。

では、5ステップのうち、マーケティングの最終目標、ゴールは何であろうか?マーケと営業の役割分担の話を読んだ方は思い出しながら考えてもらいたい。まず、狭義のマーケティングの立場から考えてみよう。素直に、自分たちの仕事が顧客の獲得、維持、育成であると考えると、おそらく「登録の最大化」というのがゴール設定になるだろう(ちょっと維持・育成の部分が考え方によっては微妙だが)。

広義のマーケティングの立場に立つとどうであろうか?組織の全成員に顧客志向、顧客奉仕の姿勢を求めるビジネス上の機能である考えると、まさか顧客の登録までがマーケティングのゴールですという回答にはならないと思う。

私はマーケティングの仕事を20年以上してきたわけだが、もしその仕事の目的か「登録の最大化」のようなビジネスのごく一部のような仕事だと考えていたら、おそらく飽きてしまって5年も持たなかったと思う。私は、この議論においては、圧倒的にコトラーを支持し、広義のマーケティングの定義に立って、自分の仕事の定義をし、ゴール設定を考えるべきだし、考えたいと思う。

日本企業において、マーケティングの地位が著しく低い原因は、おそらく、会社の経営層においても、現場のマーケターにおいても、多くの人が狭義のマーケティングの定義で自分たちの仕事を考え、日々業務を行ってしまっていることに大きな原因がある気がする。

マーケティングのゴールと売上・利益の連動性を高める

ということで、広義のマーケティングの立場でゴールの設定を考えることにしよう。とは言いつつも、コトラー先生の「組織の全成員に顧客志向、顧客奉仕の姿勢を求めるビジネス上の機能」とは大上段過ぎて、はっきり言って途方に暮れると思うので、実務家としてもう少しかみ砕いて、ゴールの設定における私なりの実践の方法を紹介したい。

ポイントは2つだと思う。まず一つ目は、やはり営利企業であるので自分たちの活動を必ず売上・利益の最大化と結びつけることが重要である。何をそんなあたりまえのことを偉そうにと思うかもしれないが、実はこれを実践できていないマーケティングの部署が世の中にはあまりにも多い。上述の人材紹介会社の例の登録の最大化という狭義の目標はその分かりやすい例である。以前述べたことの繰り返しになるが、人材紹介ビジネスは入職者の年収に手数料率をかけて売上として計上することが一般的だが、手数料率が一定だとすると、基本的には売上・利益増を実現するためには、入職者数増を実現できればよい。では、登録者増が入職者数増に自動的になるだろうか?答えはNoである。入職者数を決める方程式は、

  • 入職者数 = 登録者数 × 入職転換率

である。入職転換率は登録から入職への転換率とする。

つまり、入職転換率の良し悪しによって、登録者数の増が必ずしも入職者数増=売上利益増になるわけではないのだ。マーケティング部門がどうしても狭義のマーケティングのゴール設定にとらわれてしまうと、知らず知らずのうちに、事業の売上・利益の増大と連動しない活動になってしまうことがあるので、注意が必要である。

もう一つ、典型的な例を上げる。特にこれはリテール型ビジネスの広告宣伝活動で起こりがちなケースだ。リテール型ビジネスのマーケティング的な最大の問題点は、広告宣伝活動の投資の結果が、リテールでの商品売上とどのように連動するのか明確に把握することが難しいことだ。その際によく使われる指標がブランド認知度という指標である。最近は、もう少しレベルの高い分析手法も少しずつ開発されつつあるが、リサーチの追加コストが大きかったりするため、依然としてそれなりに重要な指標としてブランド認知度が目標になっているケースは多く見受けられる。しかし、私の経験上、この指標が商品・サービスの売上拡大と連動して評価できるケースは相当に低いと思う。非常に認知率が低い商品・サービスにおいて、短期間に一気に認知を上げるというようなケースで連動性が出ることはあるが、特に長期的に売り続けている商品や、ダイレクト型ビジネスで、それなりに認知されているサービスなどにおいて、マーケティングの投下コストの評価をする指標としてはほぼ意味がない。こういう投資を続けていると、マーケティングの部署はどんどん会社に貢献できていない部署だとみなされ、評価も発言力も下がっていく。

もちろん事業形態によって、マーケティング活動と売上・利益との連動性を把握することが難しいこともあるだろう。それでも私は、マーケティング部門の地位と評価をたかめるためには、自分たちの活動が会社の事業拡大に貢献しているということを、本気になって証明する努力は続けるべきであると思う。

マーケティング部門が消費者・顧客の利益代弁者となる

二つ目のポイントは、マーケティング部門は一貫して消費者・顧客の社内での利益代弁者となるということだ。このポイントも、そんなの当然だろうという声が聞こえてきそうであるが、あなたの会社、事業は、徹底的に、消費者・顧客目線で意思決定がなされているだろうか?

また例を挙げよう。人材紹介のビジネスは基本的には求人の掲載料など求人者から事前に費用をもらうことは例外的なエグゼクティブサーチ系の業者を除いては稀で、求職者が入職する際に年収に応じた成果報酬型の手数料をもらうことが一般的である。

このビジネスモデルにおいて、求職者の利益と自社の利益は常に一致するであろうか?前職がそうだと思われると困るので、あくまで一般論であると考えてもらえればと思うが、必ずしもそうではないケースは発生しうるのである。具体的なシチュエーションを想定してみよう。自分が人材紹介会社のキャリアアドバイザーだとしよう。月末最終週で、あと一名内定受諾してもらえれば今月の売上が達成しそうなところまでやってきた。今四半期は営業がうまくいかず、直近の2カ月は売上目標未達で、上司の課長から厳しく改善を求められている。そんなところに、あるボジションを何としても早急に埋めたいと強く依頼を受けているクライアントの該当ポジションにスキル・経験がぴったりの求職者が相談に来た。給与条件もクライアントの想定の範囲内である。ただ、この求職者は現職に大きな不満があるわけではなく、次のキャリアアップのために良い転職先があればという中長期視点で相談をしてきている。また、求職者がワークライフバランス重視のライフスタイルなのに対して、クライアント企業は昇給などのチャンスは多い代わりに残業も多めの企業である。ただ、このスキル、経験を持つ求職者は非常に稀である。

さあ、あなたがこのキャリアアドバイザーであったとして、どうするだろうか?この転職先が残業が多いことをきちんと説明できるであろうか?急いでもいない求職者に何とかこの一週間で内定受諾まで進めるように急かさないであろうか?正直、私がこのキャリアアドバイザーの立場であったら、そんな理想的なベキ論を貫き通せる自信はないし、私のそのような意見に同意してくれる読者の方もいるだろう。私は寧ろそのような方が人間の自然な判断なのではないかと思う(私の経験上、経験豊富なキャリアアドバイザーで、売上成績も上位レベルにあるような人材がここで思いとどまれたとしたら、その人が2カ月連続で売上目標を落とすというようなことは、よほど理不尽な目標でない限りないことが殆どだと思う。そのようなキャリアアドバイザーは求職者と中長期視点で付き合えるため、求職者のストックを多く抱えて、求職者目線での業務スタンスと売上が連動していることが多い)。

つまり、人材紹介業においては、今月等の短期的な目線では求職者の意に沿わない転職を(悪いと思いながらも)勧めてしまうという動機は残念ながら否定できない。しかし、中長期的な目線では、そのような手法が横行すると、そのサービスの顧客満足度や口コミなどの評判は下がり、売上・利益が低下していく可能性は否定できない。このため、会社の中長期の成長の視点に立てば、顧客の利益を最大化することを、短期の売上よりも優先すべきケースはあり得るわけだ。

ここまでで、日々の営業活動の中で、顧客の利益と自社の利益が必ずしも一致しないことがあり、それが中長期の成長を阻害するケースがあることにある程度同意していただけたと思う。そのうえで、私の挙げた、マーケティング部門は顧客の利益代弁者となる具体的な方法の検討に入ろう。今回挙げたキャリアアドバイザーの具体例で、引き続き考えたい。では、マーケティング部門が顧客の利益を代弁するとして、このキャリアアドバイザーと求職者の話をずっと横で聞いたり、キャリアアドバイザーと求職者のコミュニケーションの録音をすべてチェックし、求職者の利益に反するような営業活動が行われていないかなど確認すべきであろうか?私の答えは断じてNoである。そもそも、それがマーケティングの仕事だとも思えないし、マーケ部門が営業の責任者に無断でそんなことをしたとしたら重大な越権行為になり、そもそも営業とマーケ部門の信頼関係が崩れてしまう。では、この問題はどのように対応すべきであろうか?

例えば、こんなアイディアはどうであろう。もちろんゼロにすることは出来ないとは思うが、もし営業内でこのようなケースが頻発した場合に悪化するようなKPIを何らか定義し、継続的に観察することで、求職者視点で営業手法が改善の方向に向かっているか補足する方法を検討してはどうだろうか?具体的には、自社のサービスを通じて転職をした方に入職後3カ月でアンケートを取ってサービスの利用満足度をとることは可能かもしれない。または、もっとストレートな確認方法としては、自社サービス経由の転職者の早期退職率を確認するというのも良いかもしれない。具体的にどの指標を使うかは事業毎に異なるため自社にあったものを営業部門とコミュニケーションしながら考えてほしいと思うが、是非マーケティング部門の責任者は他部門の責任者と、このような顧客の利益代弁者としての立ち位置でコミュニケーションを図る方法を検討してみることを提案したい。

ちなみに、人材紹介業の場合、内定者の辞退は入職が発生しないので売上ゼロ、早期退職は入社から退職の期間に応じて3-6カ月程度は一部の手数料を返金することになるため、今回の具体例に挙げたようなシチュエーションに起因するような早期退職率の悪化は、マーケと営業双方の視点で中長期的には利害関係が一致したため、前職においてはコミュニケーションがしやすかったし、結果的に大幅な改善を実現することが出来た。営業という部門は、どうしても足元の売上を追いかけがちで、短期志向になる傾向が強いと考えている。そして、私自身はそれを完全に悪だとは捉えていない。足元の売上を必死で負わない営業部門の会社が高い業績を挙げられるとは正直思えないからである。ただ、今回の例のように、中期的な目線に立てば、必ずしも短期のプラスが中期のマイナスになるというようなケースも出てくると思う。そのような時には、是非顧客視点からマーケティングが役割を果たして、会社の中長期的な利益の拡大と顧客利益の拡大の両方を実現できるようにトライしてもらいたい。ここでポイントは、マーケティング部門の利益でなく、顧客の利益拡大という点である。私の経験した多くの会社では、マーケよりも営業の方が声も、人数も大きいので、マーケ部門の利益の話は殆ど聞いてもらえないからである。

今回は私が有用だと思っている2つのポイントを取り上げたが、他にも良い方法があるかもしれない。企業の売上・利益を最大化し、中長期的な顧客利益の代弁者になり、成果を上げ続けることが出来れば、マーケティング部門の地位は社内で必ず上がるはずである。マーケティング部門は決して顧客獲得をするだけの組織ではないし、それだけでは結構早い段階で行き詰ることが多い。是非、今の自部署のゴール設定が狭義のマーケティングの範囲にとどまってしまっていないか確認してみて欲しい。