結果責任重視はコンサバティブな部署を生む?

結果責任重視 VS 失敗の奨励

よくビジネスの人事評価やパフォーマンス評価において、「結果責任、結果重視」と「プロセス重視」のどちらが良いかという二項対立の議論になることがある。もちろん両方とも一長一短であり、ゼロサムでどちらが良いという議論ではないのだが、最近の傾向として、能力主義や説明・評価の分かりやすさ、明確さなどを重視して、多くの会社で結果責任や数値目標が優勢になってきているのではないかと感じている。私自身も、部下のマネジメントをするようになって20年くらいになり、部下の評価をして、チームのモチベーションを上げることの難しさは日々感じているし、この点から数値目標、結果責任重視の方が分かりやすくて、説明もしやすいので、利点が多くあると考えてる。

一方で、長年デジタルマーケティングの世界に関わり、事業会社のCMOの立場で仕事をしてきた中で、結果重視に偏重しすぎることの弊害を最近感じる機会が多くなってきた。以前にデジタルマーケティングの基本中の基本はPDCAを高速回転させ、競合企業よりも高度で洗練されたものに磨き上げていくことであると述べたが、それを実現するために絶対に必要だと信じていることをここで説明する。それは、デジタルマーケティングを成功させるためには、「小さな失敗を、早く、意図を持って行う」ということである。ここで、キーワードは、1)小さな、2)失敗、3)早く、4)意図を持っての4つである。

同じことをしていてもCPAが悪化する

順番が前後するが、まず2)失敗から考えてみたい。一般的な言葉の意味として「失敗」という言葉はネガティブに捉えられるため、失敗を奨励することに違和感を感じる人も多いかもしれない。しかし、私の経験では、上記で上げた他の3つの条件がそろえば、デジタルマーケティングにおいては失敗は奨励されるべきものであるし、失敗を奨励できないチームに中長期的な成功はあり得ないと考えている。

棒グラフ:消化コスト、折れ線グラフ:登録CPA

ここで、例として、ある会社のデジタルマーケティングへの投資額(消化コスト)と登録CPAのグラフを掲示する。このグラフをみて、誰でもすぐに理解できることは、消化コストの増大とほぼ比例する形で登録CPAが上昇しているということである。詳細は別途説明したいと思うが、ここでなぜそのようなことが起こるのか考えてみたい。例えば、この会社のターゲットとする顧客セグメントの総数の成長は年率10%だとする。この業界は、自社とライバル企業で市場を寡占している状況で、双方の企業の年率の成長目標は15%であると仮定する。このような市場で2つの企業が積極的にデジタルマーケティングを通じて顧客獲得をしようとした場合、どのような現象が起こるか考えてみたい。

素直に考えれば、ターゲット顧客の増加ペースよりも企業の成長目標の方が高いため、広告宣伝費が売上予算の増大ペースと同水準の15%の増大だったと仮定すると、ターゲット顧客一人当たりに投下される市場の広告宣伝費は5%分大きくなることを意味し、その分一人あたりの獲得単価である登録CPAは悪化するということになる。この企業が直面した状況は、登録CPAが悪化し続けているため結果的に広告宣伝費の増加スピードは売上予算の増大ペースでは全くおさまらず、広告宣伝費比率が高まり続け、結果的に営業利益率も悪化し続けるという状況になってしまった。

ここで、私がこのデータを提示した意図は、皆さんに、こんな大失敗のケースがあると紹介したかったわけではない。実は、デジタルマーケティングの世界では、これは至極普通に起こっていることであり、自分たちのやり方を常に改善し続け、ブラッシュアップしていけない企業は、この例で上げたような状況に直面するのが当然のことだとご理解いただきたいからである。この点については、デジタルマーケティングの根本的な仕組みを理解しないといけないので、詳細については別途議論することとして、ここでは、本項の主題である「失敗」とこの話がどのように関係するのかを考えてみたい。

過去の成功の維持の先に未来の成功は存在しない

まず、デジタルマーケティングをする上で必ず理解しなければいけないのは、昨日、先月、去年と同じことをしていると、自社や競合企業が市場の拡大スピードより早く成長しようとする限り、顧客の登録CPAは増大し続けるということである。ちなみに、私は成功するビジネスは、競合企業に打ち勝ち、市場の成長スピードよりも早く成長できる事業であると考えているため、市場の成長スピードよりもゆっくり成長していくので良いという会社は今回の議論の対象外とする。

ではどうすればこのような状況を回避できるのであろうか?そこには残念ながら魔法の杖はなく、昨日より今日、先月より今月、去年より今年と自分たちの運用しているデジタルマーケティングの質を常に向上させ、改善し続けることによって、事業を成長させつつ、登録CPAを維持、改善させ続けるしかないのである。つまり、過去の成功を維持することでは未来の成功はあり得ないということである。

そうなると次の問題は、どうやったら改善できるのかである。ここにも残念ながら魔法の杖は存在しない。現状の問題点を探し、原因を理解し、それを解決できるアイディアを考えて、試してみる。この繰り返しをPDCAと呼ぶわけであるが、本当にこれをどこまで辛抱強くやり続けられるかしかないと思っている。そして、このプロセスで絶対に欠かせないことが「失敗」なのである。

新しいアイディアとは、これまで誰もやってたことがない未知のチャレンジである。これに成功することを求めたら、誰も失敗を恐れてチャレンジしなくなり、新しいアイディアは試されず、改善活動は起こらない。と言われれば、そんなの当然のことで、目新しいことなどないと思うかもしれない。でも、この考えを本当に一貫して実行に移せている人はどれだけいるだろうか?自問して考えてみてほしい。もちろん私自信も完璧な人間であるはずもないので、部下に対して、「何故こんな判断をしたのか?」と問い詰めたり、代理店に対してパフォーマンスが落ちたことの説明を強く求め過ぎたこともあるかもしれない。でも、それは改善のためのチャレンジに失敗したことの結果であるかもしれず、ただ結果だけをみて評価してしまっていないであろうか。私の経験上、部下は上司よりも怒られたことを覚えているケースが多いため、上司がそれほど深く意図しないで怒ってしまったことは、上司よりもほとんどの場合長く覚えているもので、一度怒ってしまったことは永遠にやってはいけないことになってしまうケースが多いと理解しておいた方がよいと思っている。

ここまでで、なぜ失敗が重要で、失敗を許容するマネジメントが重要であるかはご理解いただけたであろうか?もし、そうだとして、次に重要なのはマネジメントとして、失敗を許容することと同様に重要な、その失敗をどのようにコントロールするかについて、次から考えてみたい。キーワードは残りの3つのキーワードである。

失敗の規模をコントロールする

一つ目のキーワードは、1)小さなである。いくら失敗を許容するといっても、失敗の大きさは当然コントロールしなければ、マーケティング全体のパフォーマンスを安定して維持できなくなってしまう。このため、チャレンジするにしても、規模を限定することは必須事項である。

幸い、デジタルマーケティングというのは、正しい運用ができているケースでは広告予算は、媒体×アドグループ/キャンペーンなどというように、一つの大きな丼に入っているのではなく、細切れに分かれているので、新しい試みを予算が限定された一部のアドグループ等の小さな単位で実験することが可能な構造になっている。しかも、パフォーマンスの計測もそのアドグループでできることがほとんどであるため、「小さな」を実現できる環境が整っていると理解してもらいたい。(もし、現状のデジタルマーケティングの広告のアカウントがそのような構造になっていないとしたら、それは現場の基本的なデジタルマーケティングのスキルが足りていないので、そこから改善しなければならない。)

また、小さくを現場が安心して実行しやすい環境を整える方法として私が推奨するのが、担当者に割り振られたマーケティングの予算のうち、〇%はテストに使ってもよいという目安をガイドラインとして提示しておくことである。具体的な数値は、企業のおかれている環境や、その時々の会社や部署のパフォーマンスに応じて変わってくるので具体的には申し上げにくいので、試行錯誤しながら考えてもらいたい。

但し、この小さくを重視しつつ、注意点を一つ申し上げる。それは、改善のための失敗には当然Checkという実施結果の検証のプロセスがあるわけだが、その結果の検証がある程度統計的に正しそうな最低限の規模を確保できているかは確認が必要であるということだ。また、最近では多くの広告の最適化にAIが導入されているため、テスト実施結果のために必要な機械学習の学習データ量が足りているかどうかの確認も必ずしなければいけない。

早い失敗がPDCAを加速する

二つ目のキーワードは「早く」である。デジタルビジネスの世界で「早く」はほとんどの場合「善」であると私は考えている。PDCAを回転させ、競合企業に打ち勝つためには、回転速度を可能な限り上げる必要がある。ここで必要なキーワードが「早く」である。

この早くを実現するための秘訣は、実はこれまで議論してきた2つのキーワードである「失敗」の許容と、「小さく」であると考えている。ビジネスの世界で「早く」のポジティブな対義語は「慎重」であると考えている。石橋を叩いて渡るという諺があるが、「慎重」という言葉は、失敗をしないための重要な教訓であると理解されていると思う。でも、ここでのテーマは、失敗しても良いということなので、失敗を避けるために過度に慎重であることは悪い意味であるとして捉えなければいけない。幸い私は両親に恵まれていたのか、家庭において何かに失敗して怒られた記憶がほとんどないのであるが、多くの部下を見てきた経験で、日本社会では失敗することを非常に嫌がる人が多いと感じている。このため慎重さが良いことと過剰に評価されていると思うが、早さの実現のためには、この心理障壁を取り去ってあげることが非常に重要であると思う。

また、小ささもこの心理障壁を下げることには重要であると考えている。一度大きな失敗をさせてしまうと、部下はどうしても失敗したくないと考えてしまうものである。このため、マネジメントの責任は、小ささをコントロールし、部下に大きな失敗をさせないで、失敗し続けられる環境を整えることが非常に重要だと考えている

「いいかげん」な失敗を根絶する

最後のキーワードが「意図を持って」である。実は、1年くらい前まで、この「意図を持って」という言葉は明確に言っていなかったのであるが、入れたほうがより分かりやすいと思ったので、最近セットで話すようにしている。

ここまで、失敗を許容しろと言い続けてきたが、大きさと同時に、もう一つ絶対に許容できない失敗がある。それは、何の仮説もなく、面白そうとか、なんとなくいい感じな気がするとかいう状況で起こった失敗で、私はこれを「いいかげん」な失敗と呼んでいる。何のために失敗を許容するのかということに立ち返れば、それは改善をするためである。このため、許容される失敗は、何らかの問題点や改善可能点があり、それを改善するアイディア・仮説があり、それを証明するために実施したテストの結果起こってしまった失敗である。

このため、意図を持ってという言葉をより具体的に言えば、テストには必ず、課題があり、それを解決する仮説があり、それを検証するためのテストがあり、最終的にテスト結果を検証するというプロセスがあることは必須である。これが一つでもかけているテストを部下が実施したとすれば、それは必ず明確に問題として指摘し、再発防止を一緒に検討しなければならない。そして、この意図を持っての部分において、当然のごとくデータドリブンな経営と繋がってくるわけである。

マーケティングという会社のお金を使うという部署は、そのお金の使い方に常に周りの部署や他の経営陣からの目が光っていると認識すべきであると考えている。特にデジタルマーケティングという分野は若いメンバーが多い可能性が高いため、注意が必要である。若いメンバーに大きな予算を渡すようになると、どうしても1円の大切さを忘れてしまうことがある。会社のお金は1円でも無駄に使ってはいけないということを忘れないためにも、意図のない、無駄な失敗は許容してはいけないと強く意識づけしなければいけない。これができていないと、大声で「失敗を許容する」などと話していると、マーケティングはいい加減なお金の使い方をしているなどと批判され、ガチガチな短期志向の広告運用を実施せざるを得なくなり、最初に紹介したグラフのような状況に陥ってしまうことになりかねないのである。

マネジメントの仕事は何かと問われ、「部下に失敗をさせないように指導、管理すること」と応えたとして疑問に思わない人はそれなりにいるのではないかと思うし、多くの特に中間管理職といわれる人々を見ると、そう思っていなくても結果的にそのように行動してしまっている人は多いのではないかと考えている。しかし、ここまで読んだ方にはお判りいただけると思うが、私はこの応えは間違っていると考えている。私の応えは、「部下が正しい失敗をできるようにコントロールする」ことなのではないかと思う。