責任領域の明確化の弊害とは?

業務のブツ切りが生み出す弊害

データドリブンなマーケティングをする上で、これまでの経験上、障害になりやすいようなマネジメントレベルの考え方や、伝統的なマーケティングとの違いについて、5つのポイントを具体的に説明していきたい。ちなみに、順番は重要度とは関係ないため、ご了承いただきたい。

まず、一つ目のポイントは責任領域、責任分担の明確化についてである。

多くの企業においてよく言われるのは、個人のレベルにおいても、部署間の関係性においても、評価や問題の切り分けなどの視点から、責任分担を明確化して、個人、部署の間の業務の線引きは明確化しておいた方が良いとする考え方である。もちろん、この考え方もある程度重要であることは認めるし、私がマネジメントをする場合も当然意識して組織構造を検討する。

但し、マーケティングのデジタル化をするにあたって、障害になると考えるポイントは、この個人間、部署間の線引きを明確にしすぎてメンバー間、部署間の業務がブツ切りになりすぎるケースが多いこと。その結果自分の部署の領域に他部署の人間が口を出すことを領空侵犯とみなし極端に嫌う人間がおり部署間の建設的な議論がしにくい弊害となることが多いこと。そして、より最悪なケースは同じバリューチェーンでつながっている部署間で見ている数字の定義が微妙に異なるなどして議論すべき土台となるデータという共通言語が多言語化してしまうことなどが上げられる。

人材業界の責任領域切り分け

抽象的に話してもイメージし難いと思うので、私の前職の人材紹介業界を例に取って説明する(守秘義務の関係上、あくまで例で、実際に行った議論とは異なる)

人材紹介というのは、転職したい求職者を募集して、その求職者さんの希望に沿う転職先企業を見つけてマッチングするというビジネスである。私が仕事をしていた企業においてマーケティング部門の主な役割はこの転職したい求職者を主にデジタル広告を活用して募集することであった。求職者のその紹介会社における転職開始の起点はその紹介会社のWebサイトでの登録になるが、そのあとで、キャリアアドバイザーといわれる営業部門の担当者が電話やメールをしてヒアリングをして転職の希望条件を聞き、その希望条件にFitする求人案件を探し求人提案をする、その後求職者の了承を得られた企業があれば面接を実施して、面接に合格すれば転職して新しい企業に入職するというのが一連の流れになる。

ここで、皆さんに考えてもらいたいのは、あなたが営業部門、もしくは、マーケティング部門の責任者だとして、マーケティングと営業部門の線引きはどこに引くべきだと考えるであろうか?

ここで登場するのが、前述した、責任領域・責任分担の明確化問題である。この例で、各部署が活動している領域で線引きをしようと思うと、

  • マーケティング: ~登録
  • 営業: ヒアリング~

とするのがわかりやすい。実態の業務フローとしては、ヒアリング以降は営業部門のキャリアアドバイザーが活動するため、素直に考えれば当然そうなるであろう。事実、私がいた企業でも私の入社当時はその切り分けで役割分担が決まっていた。ではこのケースで、マーケティング部門と営業部門の部署の活動目標となるKGIはそれぞ何になるであろうか?当然マーケティングは登録数の最大化であり、営業は入職者数の最大化=売上の最大化が目標になる。

ここでまた質問。マーケティング部門の「登録数最大化=入職者数最大化」はロジックとして成り立つであろうか?応えはNoである。なぜなら登録者数と入職者数の関係は次の式で成り立つからである。

  • 入職者数 = 登録者数 × 入職転換率

この状況において、登録者数の目標値が達成でき、入職者数の目標値が達成できない場合、両部署においてどのような議論が発生するだろうか?おそらくどの人材紹介業の企業でもそうなると思うが、営業が一番先にいう言葉は、マーケが集めた登録者(求職者)の「質が悪い」というものである。でも考えてほしい、マーケティングと営業は責任分担の明確化のために明確な線引きをしたはずなのに、ヒアリング以降の転換率が悪いことの理由をマーケティングに求めるのは明らかな領空侵犯、責任転嫁である。ということで、多くの企業においてはマーケティング部門と他部署の関係性は悪化していく。

部署間での責任の共有が健全な議論を促進する

では、なぜこのようなことが起きるのかといえば、私から言わせれば、責任分担を明確にしようという発想が実態から著しく乖離していて、それを無理やり切り分けようとしていること自体が間違っているからである。なぜなら、このケースでいえば、入職転換率というパラメータは、マーケティング部門で獲得した求職者の質と営業のキャリアアドバイザーの活動の質という主に2つに因数分解することができ、入職転換率の未達はどちらか、もしくは、両方の悪化が原因で起こった可能性があるからである。

このような状況において、私が提案する解決策は、両部署の責任範囲の線引きは明確にせず、両部署が責任を共有する領域を作り、その部分の良し悪しについて両部署が定期的に議論できる機会を作るということである。例えば、この例でいえば、「求人提案数」を両部署の共通の目標とし、登録から求人提案の転換率は両部門で共通の目標とすると解決するかもしれない。そうすれば、マーケ部門は単純に安く多くの求職者を集めることに特化せず、求人提案転換率も見ながら転換しやすい求職者はどのような人で、登録の単価と転換率がどのようにバランスするのかを考えるようになる。また、営業部門も、例えば求人提案率が前月から悪化していないのに入職転換率が悪いとしたら、マーケの質が悪いのではなく、求人提案以降の転換率が営業オペレーションの問題で悪くなっていないかなど検討できる。つまり、責任が両部署でオーバーラップする部分をあえて作ることで、双方同じ立ち位置で議論できる余地をあえて作ることが可能になり、お互いが他責にするのではなく、双方の状況を理解する努力をしやすくなるという分けである。

もちろん、このようなこの提案に対して、特に自部署の管理をきちんとできている自信のある部署の責任者ほど、責任分担が曖昧になることへの反対意見が出ることが多い。もちろんこれはバランスの問題なのだが、この点については本当に腹を割って話をすべきであるし、この点でマーケティング部門の責任者が議論に負け妥協することは、私のいう「誰が言ったかパターン」でデータドリブンな経営ができない状況になってしまうと言わなければいけなくなるのかもしれない。日本企業の多くは伝統的にマーケよりも営業の方が強い、声が大きい傾向にあるため、なかなか大変かもしれないが、マーケの責任者の頑張りどころである。

実際に前職でどのような結論にしたかは申し上げられないが、この事例をもとに、一度あなたの会社の組織間、特にマーケティング部門と他部署の間の責任領域、責任分担の考え方が、本当にデータドリブンでマーケティングを行える環境にあるかを見直してみてはいかがであろうか?

なお、実際にデータドリブンマーケティングを実施するにあたって、どのような目標設定、KPI設定にすべきかというのは、別の項で詳細に議論するようにする。

データドリブンマーケティングとは?

データドリング以前のマーケティング

データドリブンという考え方とデータドリブンな経営についての注意点については前項で説明したので、そちらを参照いただくとして、ここではデータドリブンなマーケティングの重要性を考えていきたい。

まず、前提条件として、最近マーケティングを始めた若い人にとっては、マーケティングがデータドリブンなことなど当然と思われるかもしれないが、この点でも、はっきりそうだとは言い切れない。

その違いを一番わかりやすく説明する手法として私がよく例に使うのが、インターネットの広告といわるる4マス媒体といわれるテレビ、新聞、ラジオ、雑誌などのオフライン媒体の違いである。私がインターネットビジネスの世界で働き始めたのが1999年だが、そのころマーケティングといえば中心は4マス媒体で、ネット広告というのは、なんか最近新しいインターネットというメディアができて、テレビとかよりもターゲティングができるらしいよくらいの位置づけでしかなかった。2002年に楽天市場のマーケティングを一人で始めた時も、広告の出稿と楽天市場の購入実績をトラッキングするようなツールも普及しておらず、自社のシステム部門に依頼して自分たちで作るしか方法がない状況であった。

つまり、デジタル広告、デジタルマーケティングがトラッキング可能で、マーケティングが当然のようにデータドリブンであるという状況は当然のように思われるが、実はこの20年くらいでマーケティングの世界は大きく変わってきたというのが実態である。逆に言えば、そろそろ50才になるような今の大規模な企業で上位レイヤーにいるような私と同年代のマーケターで、ずっとデジタルマーケティングをデータドリブンでやってきましたという人間は、自分でいうのも変だが、実は希少な存在でなのだと自覚している。

データドリブンマーケティングの成功=高度に洗練されたPDCA

ということで、マーケティングもデータドリブンではない時代もあったのだという前提条件の理解をしたところで、今の環境下でのマーケティングのデータドリブンを考えてみたい。幸いなことに、今のデジタルマーケティングの環境は、データの取得という意味では、非常に恵まれた環境にある。3rd Party Cookieの規制や、個人情報の保護の問題など、最も自由であった時代よりは制限は厳しくなっているとはいえ、それでも自分たちのマーケティング上のアクションに対するリアクションをある程度正確にトラッキングできる環境であることには変わりはない。

デジタルマーケティングの基本中の基本は、このアクションとリアクションのデータを継続的に取得分析して、改善施策を実行するというPDCAを絶え間なく回し、その精度を競合企業よりも高度に洗練させられるかどうかである。これもある種当然のことを言っているのだと思うかもしれないが、ここで重要なのは「競業企業よりも高度に洗練」という部分で、ここを自信を持ってできていると言い切れるマーケティング担当者はどれだけいるだろうか?

これまで様々な事業のマーケティングチームを見てきたが、私の視点でき洗練されたPDCAを回しているといえるマーケティングチームに出会うことは残念ながら非常にまれである。もちろん、マーケティングチーム自体が未熟であるというケースも少なからず存在する。ただし、よく見るとマーケティングチームがデータドリブンに、正しくPDCAを回せる環境が整っていないことが原因であることも少なくない。CMOやマーケティング部長などマーケティングの責任あるポジションの人間の最も重要な責務は、現場がデータドリブンに意思決定をし、PDCAを正しく回す環境をどれだけ整えられるかということであると思う。そのためには経験上気を付けなければいけないポイントがあるので、次項以降で、項目ごとに説明していきたい。ポイントは次の5つであるが、「?」がついているところに気が付いてもらえるとうれしい限りである。

  • 責任領域の明確化?
  • 結果責任重視?
  • 綿密な計画?
  • User Insight?
  • 売上最大化?

データドリブン経営とは?

データドリブン経営の定義

データドリブン(Data Driven)のもともとの定義とは、下記のようにコンピュータサイエンスにおける計算モデルのことであるが、

「計算機科学における計算モデル(抽象的な計算の方法)のひとつである。データ駆動においては、ひとつの計算によって生成されるデータがつぎの計算を起動し、つぎつぎに一連の計算が実行される。」(出展 Wikipedia

これをビジネスの世界に置き換えると、各種データに基づいて意思決定をしていく経営手法であると一般的に理解されている。このデータドリブンなビジネスの手法は、DX化が叫ばれ、多くのビジネスがデジタル化、AI化されていこうとする中で、その重要性は増している状況にあるといえる。

ただ、この定義を聞いて、多くの人は当然のことであり、たいして目新しいものに聞こえないという人も多いのではないだろうか。私の場合、学生中から25年近くデジタルビジネス、ネットビジネスの世界で生きてきたということもあるかもしれないが、少なくともこれまで働いてきた会社や、一緒に仕事をしてきたパートナー企業の中で、データが重要ではないという会社にあったことはなかったと思う。

では、なぜ今更、データ重視の経営というようなある種当然の話がもてはやされるようになってきたのだろう?その理由を考える際に、おそらく失敗に終わる考え方は、データが重要でない理由を考え出すという思考法だろうと思う。私の経験上、よほど特殊なケースでない限りデータが重要ではないということがビジネス上で発生することはほとんどないため、この論法で攻めようとすると、おそらくそれっぽいロジックを組むことは難しいのではないかと思う。少なくても私には、思いつかない。

ただ、別の考え方として、あなたの会社やビジネスにおいて、明文化されていないにしても、データより重視されて意思決定がなされているようなケースが見当たらないかという聞き方をすると、「ああ!」と思いつく例はないだろうか?

データドリブン経営の障害となる典型例

このケースの最も代表的な例が、私も何度も経験したが、「社長/役員の〇〇さんがこういっている」というケースで、これを私は典型的な例として、「誰が正しいパターン」と呼んでいる。組織で仕事をしていると、どうしても組織構造の上位レイヤーにいる人間の意見がとおりがちで、その人物の意思決定の思考回路がデータドリブンであれば問題ないのだが、データよりも経験や感覚が重視されがち(頭が悪いのではないと信じたい)である場合は、結果的にデータドリブンにならず、データという客観的事実を重視して現場が出した結論がひっくり返るということが起き、現場のモチベーションが下がりまくるということが起こりがちである。

もう一つの代表例は、「マーケはOKなんだけど、営業がNGと言っている」とか、「当社はこの方向で行きたいのだが、大口の取引先の〇〇社がうんと言わない」というような「関係者がNGパターン」である。このような例も、残念ながら、それなりの頻度で発生しがちである。社内での力関係で自部署の意見が通らないとか、企業としての交渉力が立場上弱く説得ができないなど、現実にはなくすことは難しいのも事実である。

データドリブン経営の実現はまずマネジメントレイヤーから

ここでは代表的な事例を2つほど紹介したが、そのような視点で自分のおかれている環境を見直してみると、自分の会社が当然のことと思われたデータドリブンな経営ができているのかというのを評価することはできるし、多くの場合、改めてデータドリブンな経営ということが言われている理由が理解できるのではないだろうか?

会社としてデータドリブンは重要だということになり、今日からデータドリブンで行こうと決めたとしても、多くの流行りの経営手法同様に一朝一夕には行かないのも事実である。ただ、私の経験上、自分たちはデータを重視して企業経営を行うという意思を明確にし、それを経営のトップ層が実践すれば、中長期的に会社の下位レイヤー層の仕事の仕方、意思決定の仕方、上司への提案の仕方は必ず変わってくるものである。そのために最も重要なのは、経営のトップ層が根拠の説明もなく「自分はそう思わない」というデータに基づかない意思決定を行わないことを徹底すべきである。もし部下の提案に同意できない場合は、その理由を明確に説明し、もしその説明にデータ的な論拠がない場合は、それをサポートするデータの追加分析を依頼するか、自分の推論・仮説が間違っているというデータの追加分析を部下に指示するなどして、自分の意思決定をデータドリブンなものする努力をすべきである。もちろん、最初の自分の結論が結果的に正しい場合は、時間の無駄に思えるのかもしれない。しかし、自分の会社の経営が論拠のない誰かの感覚の集合体によって行われるのか、ある程度ロジック建てされたデータドリブンな経営がなされているのかのどちらが良いかを考えれば、少なくても私は後者の方がはるかに良いと思う。再現性のある意思決定が一貫して行われることで、中長期的には成長できる会社になるのではないかと考えている。