あなたの数値目標は、改善を止めていないか?

数値目標を厳しく管理しても、改善は加速しない。

 組織の改善スピードに課題を感じている多くの経営者が抱える悩みです。目標を明確にするために、数値目標を設定した。管理が緩くならないように、数字は日次・週次で細かくチェックしている。数値が未達な場合は、メンバーに改善プランを検討させ、進捗も管理している。それでも改善は進まない。

数値目標管理の弊害

 近年、多くの組織で、部署パフォーマンスや人事評価の基準を明確化するために、数値目標を取り入れることが増えています。基準があいまいになりがちな「プロセス評価」「スキル評価」よりも、結果が自動的に出るため、納得感を得やすいことも人気の要因です。

 私も、25年以上、部下のマネジメントをしてきた経験から、数値評価、結果責任重視の利便性、重要性は理解しています。しかし、DCA型組織の活動を最適化するために、過度に数値評価、結果重視に偏重したマネジメントは、弊害の方が大きいと私は考えています。その理由は、結果重視に偏重した組織では、「失敗」が許容されにくくなるからです。

 DCA型組織の成功にとって、「失敗」は不可欠な要素です。「失敗」は、一般的には否定的な意味で捉えられます。前述の数値管理を行っているマネジメント手法において、高く評価されるのは、日次、週次の数値目標を着実にクリアし続ける社員です。途中のマイルストーンの目標値を外すことは、「失敗」を意味し、「改善プラン」の説明を求められます。つまり、「失敗」をした人は、課題がある社員だと認識されてしまいます。

 失敗は悪。失敗した社員には改善を求める。一方、失敗しない人には何も言わない。数値管理・結果重視の組織によくみられる考え方です。しかし、このような姿勢でマネジメントをしている組織では、DCAは活性化しません。なぜ、PDCAにおいて、失敗が重要なのでしょうか?

チャレンジがなければ改善は生まれない

 PDCAにおいて失敗が重要な理由は、失敗が「チャレンジ」の結果であるからです。チャレンジとは、何らかの仮説や改善プラン対して行うDにあたります。そもそも、DCAで重要なのは、完璧に予想することができない前提で、DCAを繰り返しながら、顧客理解を深めることです。そして、「完璧に予想できない」のであれば、Dは成功が保証されたものではありません。一定のリスクをともないます。そもそも、最初から正解が分かっているものは、改善活動ではありません。それを行っていないのは、単なる怠慢です。改善活動とは、まだ見ぬ領域へのチャレンジであるべきです。結果重視の組織と、失敗奨励型の組織を比較すると、その差は明確です。

 2つのサイクルにおいて、失敗の後の2項目に注目してください。結果責任重視の組織では、失敗に対して「責任追及」をします。失敗は「悪」だからです。どうすれば、その失敗の再発を防止できるのかを説明させます。このような追求を受けた社員にとって、最も簡単な対応は、すでに分かっている失敗しない方法を参考にすることです。つまり前例踏襲です。

 一方、失敗奨励の組織では、失敗とは次の改善活動の検証材料と位置付けられます。チャレンジが失敗か、成功かが重要なのではなく、その結果がなぜそのようになったのかを理解することが重要です。それを理解することで、成功の再現性を高めたり、失敗を糧にした次のチャレンジのアイディアの検討が可能になります。

 デジタルマーケティングのPDCAにおいて「前例踏襲」は最も排除すべき考え方です。組織が「前例踏襲」を善と考え始めると、改善活動は必ず停滞します。

失敗を奨励できる組織カルチャー

 「失敗は成功のもと」という諺がある通り、失敗を糧にして改善を重ねることの重要性は、昔から理解されています。しかし、DCA型組織において重要なのは、失敗を「奨励」するレベルにまで組織にその重要性を浸透させることです。PDCAの精度と回転速度が高い組織ほど、他社が経験したことのない未知の課題に直面します。そもそも、他社が経験した課題を前例踏襲でトレースしているような組織が業界のトップに立ち、そのPDCA活動で競争優位を築くことなどできるはずがありません。前例がない領域を走ることが、トップランナーに課せられた環境です。

 このような状況で、失敗を恐れ、チャレンジをやめてしまったら、改善が止まることは容易に想像がつきます。

 人間だれしも失敗はしたくないものです。出来れば、失敗せずに、順調に進めたいと思います。しかし、それでは改善は止まってしまいます。そのような事態を避けるために必要なのが、「失敗の許容」ではなく「失敗の奨励」なのです。よいチャレンジは、称賛の対象にするくらいの組織風土が必要です。失敗を恐れて何もしないよりは、失敗覚悟でよいチャレンジをすることを強く求める。そのような組織カルチャーをどこまで徹底して作り切れるか。それが、DCA型組織構築にとって重要なポイントの一つです。

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
  • 書店リンク :Amazon楽天ブックス

AI時代に差がつくのは「戦略」ではなく「DCA」である

デジタルマーケターにとって、AIは今に始まった話ではありません。

 2022年11月のChat GPTの登場以降、AIが急速に人々の生活に浸透しています。ビジネスにおいても、それをいかに活用するかが重要なトピックスになっています。

 ただ、デジタルマーケティングを長年している身からすると、AIと仕事をすることは、新しい経験では全くありません。程度の差はあれ、デジタルマーケティングとAIの付き合いは既に20年以上の歴史があるからです。このため、AIを仕事でいかに活用するかを考えるヒントは、デジタルマーケティングの成功法則がそのまま活用できると言えます。AIを使って、いかに改善を続けるか、競合と差をつけるかを、デジタルマーケターは20年以上考え続けてきたからです。

AIによる効率化とコモディティ化

 AIがビジネスに浸透することで起こる問題で、最初に思いつくことは、「効率化」と「コモディティ化」です。まず、分かりやすいのは効率化です。この点は生成AIをユーザーとして使ったことがある人であれば直観的に理解できると思います。これまで何時間もかけて行ってきたことが、数十秒で終わってしまいます。私が一番それを感じるのが、言語の翻訳です。

 効率化は短期的には、仕事が楽になり、メリットと捉えられます。ただ、中長期的に見れば、同じことを行うために必要なリソースが大幅に削減できることを意味します。経営者の立場から言えば、コストが削減出来てメリットになりますが、労働者にとっては、仕事がなくなるという意味でデメリットです。ただ、AIが出来てしまった以上、効率化のメリットを経営者が享受することは避けられません。

 労働者としての防衛策としては、その職種におけるハイスペック人材になるしかありません。例えば、マーケティング業務の7割がAI化されるのであれば、マーケターとして働き続けるには上位30%の人材に自分を鍛えるしかありません。(ちなみに、本書の内容を本気で5年程度実践すれば、マーケティングでいえば上位5%位になれるはずです)。

 一方で、イメージしにくいのは「コモディティ化」です。なぜAIを使うとコモディティ化が起こるのかと言えば、AIとは本質的にデータドリブンだからです。データドリブンが意味するのは、AIに似た質問をすれは、似たような答えが返ってくるということです。つまり、戦略や施策についての同じ質問をAIにしたら、誰がやっても同じ答えが返ってくるのです。戦略とは、他者と違うことを行い、差別化することです。一方、同じ産業に属する企業が抱える課題というのは、大抵似たり寄ったりです。似たり寄ったりの課題解決をAIに聞けば、ほぼ同じような解決策を論理的に回答してくれるはずです。つまり、AIを「普通に」使うと、各社の戦略や施策は似たものになってしまうのです。

AI活用で差を生むもの

 では、AIから他社と異なる戦略的な回答を得るためにはどうすればよいのか?答えは2つです。「同じ質問をしないこと」と「問題を解くためのデータに差をつけること」の2つです。「同じ質問をしないこと」とは、誰でも思いつくような質問ではなく、より具体的で、誰も考えつかないような深い課題まで突き詰めて考えて質問をすることです。「データに差をつける」とは、質問を解くためのデータ(条件)をユニークにすることです。同じ質問でも、それを解くための条件を変化させれば得られる答えは変わるからです。

なぜDCAがAI差別化の源泉なのか?

 次の課題は、ユニークな質問とユニークなデータをいかにして手にするかです。実は、その答えは既に提示しています。PDCAの精度と回転速度を競合よりも向上させることです。正しいPDCAは、DCAを高速で回転させます。DCAの回転で行われることは、Aにおいて特定の条件における「課題=質問」を考える。Dでそれを実行する。Cで「検証データ」を得ることです。つまり、DCAの精度と回転速度が高いことは、そのまま、生み出されるユニークな質問とデータが競合よりも多く得られるということです。優れたデジタルマーケティングのマーケターは、メディアに組み込まれたAIにいかにすぐれた機械学習を行わせるかを考え続けています。どのようなデータを蓄積し、どのような問いを立て、どう実行するか。その結果として、独自の条件設定における検証データを獲得するか。その連続の中で、競合よりも優れたパフォーマンスを得る。PDCAこそ、AIを使って、独自の戦略や施策を考え、実行できるようになるためのカギなのです。

 本書の目的は、優れたマーケティング組織を構築することです。ただ、本書で扱う多くの考え方は、「マーケティング」を他の職種に置き換えても成立します。そして、そのアイディアは、AI時代にマネジメントが実践すべき課題とその解決策になるはずです。なぜなら、ここで取り上げる手法は、私が25年にわたってデジタルマーケティングを通じてAIと格闘し続けてきた成功ロジックの結晶だからです。

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
  • 書店リンク :Amazon楽天ブックス

書籍出版のお知らせ

データドリブン・コンサルティング代表を務める堀内公博初の著書『なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント』(日本実業出版社)が、2026年6月19日に発売が決定しました。

  • タイトル :『なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント』
  • 著者名 :堀内公博
  • 出版社 :日本実業出版社
  • 書店リンク :Amazon楽天ブックス

 本著は、堀内の25年にわたるデジタルマーケティング、デジタルビジネスの最前線で養った、「実行力」がある組織を作るための原理原則を、専門的な事前知識がなくても理解できるよう、分かりやすく解説したものです。

  • 戦略は正しいのに、成果があがらない
  • 組織の実行力を上げる方法が分からない
  • マーケティングの教科書を読んでも、デジタルマーケティングの現場で役立たない

そんな課題を持つ経営者、管理職の皆さんに、必ず役に立つ内容になっております。すでに予約も始まっておりますので、是非お買い求めください。

出版社による書籍紹介

戦略(P)」よりも「実行力(DCA)」を強化せよ

戦略にリソースを投資しているのに成果が出ない……。その原因は「P(戦略)」ではなく「DCA(実行力)」の精度と速度にあった。基本中の基本であるはずのPDCAを効果的に回転させられない企業の共通項を指摘したうえで、どのようにすれば精度高く、高速に回転させられるかを徹底解説。

楽天の超急成長の礎を築いたマーケター初の著書

著者は、楽天が当時社員20人ぐらいだった黎明期に参画し、超急成長の礎を築いたマーケター。約25年での経験をもとに、精度高く、高速でPDCAを回転させる「やり抜く組織」の原理原則を初公開。戦略立案からKPI設定、人材育成まで、成果を出し続けるデジタルマーケティング・マネジメントの本質を解き明かす。

なぜ日本にはプロのマーケティング組織がほとんどないのか?

 日本企業において、マーケターの地位は低い。

 25年以上マーケターとして日本と米国で働いてきて私が最も残念に思っている事実です。多くの日本企業は、マーケティングを重視してきませんでした。あまり多く語られることはありませんが、実はこのマーケティング力の弱さが、バブル崩壊以降日本企業がグローバルで競争力を失った要因だと私は考えています。

マーケティングが不要だった日本企業

 日本でマーケティングが重視されてこなかった理由は、日本企業が得意としてきたビジネスモデルに理由があります。新しい商品・サービスを企業が市場に投入する際の考え方には、大きく分けて2つの考え方があります。一つが「プロダクトアウト」、もうひとつが「マーケットイン」です。プロダクトアウトとは、企業が良いと思う商品を開発し、それを市場に投入する手法です。何を作るかは、企業発のアイディアや、技術をベースに決定します。一方、マーケットインとは、市場調査等を基に、消費者等の顧客が求めるものを把握し、その内容に沿った商品を開発します。現実には両者は混在します。しかし、多くの企業にはどちらかの傾向が強く表れます。

 日本企業が、世界第2の経済大国になるまでに成長できた主要因は、プロダクトアウト型のビジネスモデルで高い競争力も持っていたからです。品質の良いものを、安く、大量に作って、グローバルで大量に売る。自動車にしても、家電にしても、日本が強い競争力を持っていた産業は、ほぼプロダクトアウト型のビジネスモデルでした。

 そのこと自体は、全く悪いことではありません。ただ、マーケティングという文脈で考えると、話は違ってきます。マーケットイン型のビジネスモデルにおいて、新商品開発を主導するのはマーケティングです。なぜなら、新商品のアイディアの起点が「市場調査」だからです。トイレタリー産業のブランドマネージャーが代表例ですが、マーケットイン型のビジネスにおいては、マーケターの市場調査を基に企業は、どのような商品を作るかを決定します。事業がマーケティング・ドリブンで推進されていくのです。

プロダクトアウトの成功体験

 一方、プロダクトアウト型で商品開発を主導するのは、技術部門や商品開発部門です。開発した技術が新たにどのように商品を改善できるか。省エネ化、小型化、低価格化などを、新しい技術で実現する。そのような動機で新商品がつくられます。このプロセスにおけるマーケティングの役割は、商品発売直前から始まる広告宣伝です。新商品開発プロセスの、最後の出口まで登場する場面がほぼありません。

 プロダクトアウト型が強い日本では、マーケティングは、広告宣伝を担う部門だとみなされてきました。マーケティング部門を日本語で「宣伝部門」と訳すのがその象徴です。マーケティングは、「最後に宣伝する部門」として扱われてきました。。商品が売れるかどうかの成否のほとんどは、宣伝活動以前の商品開発プロセスに依存しています。そこにほとんど関わらない宣伝部門は、会社の業績に大きく寄与する部門とみなされてこなかったのです。このように考えれば、日本においてマーケティングの地位が低いことは必然と言えます。

なぜマーケットインに転換できなかったのか?

 しかし、問題は日本経済がプロダクトアウト型で成功しすぎてしまったことで、高品質・低価格という強みを失ったことです。賃金の上昇と円高が進む中で、中国に高品質・低価格の地位を奪われてしまいました。この状況に直面したとき、日本企業はマーケットイン型のビジネスモデルに転換しなければなりませんでした。市場ニーズを正確に把握し、より付加価値の高いものを高単価で販売するモデルに転換しなければなりませんでした。しかし、現状をみると、自動車産業を除き、多くの試みは失敗したと言わざるを得ません。

 私は、その理由は2つあると考えています。ひとつめは、そもそも日本企業にマーケティングが出来る能力がなかったことです。それはプロダクトアウト型ビジネスモデルの説明で理由はご理解いただけると思います。ふたつめの理由は、マーケットインへの転換を迫られたタイミングで、マーケティングのデジタル化が起こったことです。

 マーケティングのデジタル化で起こったことは、マーケティングの圧倒的な複雑化・高度化です。日々進化する技術をキャッチアップしながら、PDCAを回し続ける。このプロセスを通じて深く市場を理解し、よりよいプロダクトに磨き上げていく。この絶え間ないDCAをマーケティング主導で回さなければなりません。しかし、日本企業においては、そのようなことができるプロのマーケターもいなければ、マーケティング主導で商品開発を主導するようなプロセスも、権限もない。一方、もともとマーケットイン型で事業を推進していた欧米企業は、プロのマーケターが、いち早くマーケティングのデジタル化に対応し、さらにマーケットイン能力を高める。この2つの理由が不幸にも組み合わさったことにより、日本企業はグローバルでの競争力を失ってしまったのです。

本当に顧客理解が出来ているのか?

 SNSやYouTube、Netflixなどの動画メディアが若年層の余暇時間の中心的存在に置き換わりました。その環境で、マーケティングは、有名タレントを使ったTVCMを大量投下すれば、認知度が上がり、商品が売れるという幸せな時代ではなくなりました。マーケターは、絶え間ないPDCAに基づき、多様化する消費者と、きめ細かにコミュニケーションしなければなりません。残念ながら、プロフェッショナルなトレーニングを受けていない人材が、広告代理店に丸投げして何とかなるような業務ではありません。そもそも、企業の趨勢を決定するような、ビジネスプロセスのナレッジを、自社に蓄積せずに、外部にアウトソースして、競争優位性を築くことができるハズなどあり得ません。

 日本企業に必要なのは、プロフェッショナルなスキルを持つマーケターで構成された、プロのマーケティング組織です。彼らの戦略的、継続的な活動を通じた深い顧客理解こそが、事業を成長させる源泉です。顧客と向き合い続ける“組織”を持たない企業は、マーケットイン型ビジネスで、継続的な成功を得ることはできないのです。

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
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あなたは本当に「データドリブン」と言えるのか?

Data is GOD!

 ビジネスにとって何が大事かと問われれば、私は迷わずこの言葉を答えます。この言葉との出会いは、アジアのCMOが集まるイベントで、Netflixのアジアマーケティング責任者との会話でした。Netflixの社内で繰り返される言葉だそうです。この言葉を聞いた時、私のビジネスに対するスタンスをこれほどよく表す言葉はないと思いました。

 Data is GOD!とは、「データはあらゆるものより優先される」ことを意味します。特に、一神教中心の西欧社会での「GOD」の意味は絶大です。Data is GODの世界では、あらゆるものよりも、データが最も重要なのです。

デジタル化による「C」の革命

 これをビジネス用語でいうと「データドリブン」になります。データドリブンとは、「事業運営における意思決定をデータ分析結果に 基づいて行うこと」です。PDCAの精度を高めるうえで最も重要なのは、データドリブンであることです。特に、PDCAでデータが重要になるのはC(検証)です。Dの結果得られる顧客行動データを分析し、改善策を考える。その徹底により、PDCAの精度は確実に上がっていきます。

 そもそも、デジタルビジネスの世界で、P<DCAという逆転現象が起きた理由は、Cの重要度が増したことが背景にあります。それは、伝統的マーケティングとデジタルマーケティングを比較してみるとよくわかります。

 伝統的マーケティングの代表的手法のTVCMとデジタル広告を比べてみましょう。Cの観点から2つの手法を比較すると大きな違いがあることが分かります。TVCMの最大の問題点は、何億円も投資して実施したTVCMを実際に誰が何回見たのかを広告主が把握することができないことです。TVの前で誰が見ていたかを知るすべがないため、TVCMの効果検証(C)は、アンケート型のリサーチに頼ることになります。リサーチ時にCM視聴経験や、商品購入意向を質問し、CMを見た記憶がある人とない人で商品購入意向の差分を図り、広告の効果を可視化します。

 一方、デジタル広告は世界が全く異なります。ブラウザやスマートフォン端末単位で、誰が広告をみて、そのうち何人が自社のサイトを訪れ、どのページをみて、商品を購入したかどうかをトラッキングできます。しかもほぼリアルタイムで把握可能です。

 このCで得られるデータ精度の向上は、デジタルマーケティングにおけるCの重要性を伝統的マーケティングとは比較にならないほど上げました。これだけ充実したデータが得られるのであれば、PDCAによる改善活動は、データドリブンで行うのが当然です。

なぜデータが「神」になれないのか?

ここまで、データドリブンの重要性とデジタルマーケティングによる環境変化の話をしてきました。おそらくここまで読みすすんだ多くの方が、ビジネスはデータドリブンであるべきだと考えていると思います。

 ここで、疑問が湧くのは、ではなぜ「データドリブン」というビジネス用語が存在するのかです。ここまでの議論でデータドリブンに同意してくれた読者の方は、全員が明日から実践するはずです。しかし、もしそうであれば、わざわざ「データドリブン」という言葉など生まれるはずがありません。そう考えると、理由は一つしかありません。口では「データは重要」と言いながら、実際にはデータドリブンになれないからです。

 ここではデータドリブンになれないビジネス意思決定を2パターンに分類して説明します。「意思決定者の意向優先パターン」と「関係者の意向優先パターン」です。前者の代表例は「社長が〇〇と言っている」、後者は「大口取引先のバイヤーが〇〇と言っている」です。要は、データ分析結果に基づく論理的な結論より、影響力の大きい誰かの一言が優先されてしまうのです。組織で働いたことがある人であれば、誰しも直面したことがあるはずです。

Data is GOD!の世界では、データはあらゆるものに優先されます。それは、CEOであろうと、取締役会であろうと、大口取引先であろうと例外ではありません。ただ、組織で仕事をすると、それを実践するのは、想像しているよりもはるかに困難です。だから、「データドリブン」という言葉が存在します。

データドリブンはトップダウン

 組織がデータドリブンであるために最も簡単な方法は、経営トップが徹底してデータドリブンであることです。自分の「勘」や「経験」に基づいた発言をしない。徹底的にデータドリブンに意思決定をする。そうすれば、配下の組織は必ずデータドリブンになります。なぜなら、部下はデータドリブンな提案をしないと合意を得られないからです。

 DCA型組織構築においてデータドリブンは、PDCAの精度と高速回転にならぶ成功の絶対条件です。ここで妥協しては、決して競合に勝てるDCA型組織にはなれません。

 マネジメントの立場の読者の方は、まず自分がデータドリブンを徹底できているかを自問してください。重要なのは「例外」をなくすことです。トップが例外を作ると、組織全体で例外が必ず横行します。

 マネジメントでない読者は、難しいかもしれませんが、自社がどうすればデータドリブンになるのか問題点を同じ志を持つ同僚と議論し、データドリブンな範囲を少しずつ広げていきましょう。

 データを「都合よく使う」組織は、データドリブンではありません。Data is GOD! これこそがデータドリブンなのです。

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
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そのPDCAで、競争優位は作れるのか?

ほとんどの企業がPDCAを回しています。


しかし、それで競争優位を築けている企業は、ほとんどありません。PDCAで競争優位を作れる企業とそうでない企業の差はどこにあるのでしょうか?

PDCAをするだけでは差は生まれない

 PDCAを競争優位の源泉にまで高めるためには、精度と回転速度を極限まで高めることが必要です。ただ、ここで問題になるのは、PDCAの精度と回転速度を高める方法が明示されていないことです。このため、ほとんどの企業が、PDCAを、自己流で行っています。目の前の課題を上手くいくように仮説を立て、その仮説を実行する。結果を検証して、改善策を考える。しかし、その程度であれば、誰でもやっています。つまり、PDCAを実施すること自体が、競争優位を築くための要因ではありません

 多くのビジネスパーソンの間違いは、PDCAの精度を高めるために、仮説=戦略で差をつけようとすることです。特に、マーケティングは、その側面が強い分野です。その理由は、マーケティングの教育の影響が大きいと考えています。

戦略にフォーカスする伝統的マーケティング理論

 マーケティングを体系的に学ぼうとする人の多くが手に取るのが、フィリップ・コトラーのマーケティング・マネジメントという教科書です。おそらく、世界中のほとんどのMBAのマーケティングの授業で、教科書として使われています。それほど、コトラーのまとめたマーケティング理論の体系は影響力のあるものです。ここからは、このコトラーのマーケティング理論を「伝統的マーケティング」と呼ぶことにします。

 伝統的マーケティングが、これほど影響力を持っているのは、それが有用だったからです。現実のビジネスの現場でマーケティングをする際のガイドとして、素晴らしく便利なフレームワークでした。

 では、伝統的マーケティングはその理論体系の中で何を議論しているのか。それは、いかに優れた「戦略」を構築するかです。代表的なのは、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)や4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)などです。いずれも伝統的マーケティングの中核的なアイディアですが、それ以外のアイディアもほとんどはマーケティング戦略を精度高く構築するかを議論しています。

 では、伝統的マーケティングの理論は、デジタル化されたマーケティングの世界で有用と言えるのか。その答えは、「役立つ」時もあるという感じです。私は、これからデジタルマーケティングを学び始める人に、コトラーの書籍をお勧めしません。なぜなら、実態と大きくかけ離れているからです。その理由は、ビジネスやマーケティングのデジタル化により、マーケティングを行う環境が劇的に変化したことが背景にあります。

 そもそも、伝統的マーケティングの理論が想定していた主な産業は、トイレタリー商品をはじめとした消費者向けの消費財です。消費財ビジネスで、ヒット商品を作る際に重要なのは、新商品発売時にどれだけ小売店の棚スペースを確保するかです。どんなに素晴らしい商品でも消費者の目に触れる機会がなければ売れないからです。しかし、小売店のバイヤーの立場から見れば、売上実績がある商品を下げ、新商品に棚を割り振ることはリスクです。そんな時、出てくる話が、この商品はどのくらい広告宣伝するのかという話です。自信があるのなら、メーカーもリスクを取って大規模な販売促進支援をしろというロジックです。

 ただ、これはメーカーのマーケティング担当からすると困った話です。新商品には当然実績がありません。つまり、新発売時の1発目のマーケティングというのは、PDCAの1回転目のDにリスクを取って大規模な投資をすることです。

 では、一回目のDの成功確度を上げるためには何をすべきかといえば、それはPの精度を上げることです。これが、伝統的マーケティングがP=戦略構築にフォーカスを絞ってきた理由です。

なぜ、伝統的マーケティングはデジタルで使えないのか?

 しかし、ビジネスのデジタル化は、環境を大きく変化させました。小売店型の商品販売とECを比べると分かりやすいでしょう。ECには、物理的な棚スペースという概念はありません。スペースは理論上無限大です。このため、新商品発売時に、無理に大規模なマーケティング投資をする必要はありません。デジタルビジネスの成功法則は、「小さく産んで、大きく育てる」です。それは、GAFAMと呼ばれるアメリカの巨大IT企業が全てスタートアップから始まったことが証明しています。初期の商品・サービスのアイディアを形にして、まず市場に出してみる。実際の市場での消費者の反応をみて、どんどん改善活動を行い、市場に求められる商品・サービスに磨き上げていく。これが、デジタル時代のビジネスの成功要因です。デジタルビジネスにおいて、P(戦略)とは、最初のアイディアで十分なのです。重要なのは、市場向けにD(実行)を行い、反応をC(検証)し、A(改善)する。つまり、成功のカギはPではなく、DCAにあります。実際には、PよりもDCAに費やされる時間の方が圧倒的に長い。それがデジタルビジネスです。

 そう考えると、デジタルビジネス、デジタルマーケティングにおいて、伝統的マーケティングが有用でない理由は明白です。ほとんどの人はPではなく、DCAをしているのに、Pの正しいやり方を教えられても、適用する場面がほとんどないのです。私が「役立つときもある」と表現したのは、Pのフェーズにおいては有用だが、それ以外には使えないからです。

競争優位はDCAの差で決まる

 では、デジタルマーケティングの研究や書籍や記事が、DCAのやり方を教えてくれるのかと言えば、全くそうではありません。デジタル広告、インフルエンサーマーケティング、SNS活用などなど、流行りの手法のノウハウを説明するものばかりです。分野別のDの解説に留まっています。

 DCAの成功のカギは「精度の向上」と「回転速度の高速化」を極限まで高めることです。その実現には、戦略、オペレーション、データ基盤、組織、人材など、企業全体での組織力の向上が不可欠です。DCAの繰り返しの中で、顧客の声を聞き、改善し、またフィードバックを検証する。この回数を競合よりもどれだけ多くできるかが、競争優位の源泉なのです。

 PDCAとは、単なる掛け声ではありません。PDCAはすればよいのでもありません。重要なのは「精度」と「回転速度」です。競合が月1回のPDCAであれば、週1回まわせる組織は4倍の速度で改善できます。それこそが、良い商品、良いサービスを作る最も確実な方法です。PDCAの「精度」と「回転速度」を低下させる要因は徹底的に排除しなければなりません。それがDCA型組織です。

 組織の力を最大限引き出し、実行力を極限まで上げる。そんな「本物」のPDCAを実現する。あなたの組織で行われているPDCAは胸を張ってそのレベルに到達していると言えるでしょうか?

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
  • 書店リンク :Amazon楽天ブックス

戦略は正しいのに、なぜ成果が実現しないのか?

※2026年6月19日に初の著書「なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?」(日本実業出版社)が発売されます。本書を執筆するために考えた、問題意識やその解決策について、10回程度の記事で、簡単にご紹介します。

 正しい戦略を立てているのに、なぜ成果が出ないのか?

多くの経営者が、この課題に直面しています。そして、その理由を実行力に求める。誰もが一度はそう考えます。しかし、実行力があがらない。オペレーション、組織、人材・・・と原因は様々考えられます。ただ、問題がありすぎてどこから手を付けてよいのかわからない。各機能に対する専門書やガイドはあふれています。しかし、実務で活用できる総合的なフレームワークは殆ど見かけません。

PDCAを極限まで高める組織づくり

私は、これまで25年以上に渡り、事業会社でマーケティングの責任者として、組織を作ったり、再構築したりしてきました。その経験を通じて確信していることは、企業がマーケティングで競争優位性を築くためには、単に最先端のマーケティングの知識を学び、実践するだけではダメだということです。

正しい戦略を作り、

それを落とし込むオペレーションを作る。

意思決定の基準を明確にする。

実行する組織と人材を整備する。

これらのどの一つの要素が欠けても、その業界でTopと胸を張れるマーケティング組織は出来ません。

 組織づくりの過程で、「実行力」を体系化するための一つの核として浮かび上がってきたのが「PDCA」です。多くのビジネスパーソンからすれば、PDCAなどあまりにありふれたビジネス用語です。目新しさはありません。しかし、私はビジネスパーソンとしての原点である楽天で、三木谷さんから「仮説→実行→検証→仕組化(=PDCA)」という概念・手法を叩きこまれました。25年間、自分のビジネス人生は、ひたすらにPDCAを繰り返してきた歴史です。PDCAこそが、組織の実行力の核となる概念であると確信しています。

徹底したDCAによる実行力の差別化

 では、実行力のある企業と、実行力のない企業をPDCAの観点で比較するとどこに違いがあるのか? 戦略が実現できず、成果があがらない企業のPDCAはどこに問題があるのか? 答えは、Pではなく、DCAにあるというのが本書の結論です。

 実行力に問題を抱える組織は、ほぼ例外なくDCAに問題を抱えています。P(戦略)には時間とコストをかけるのに、DCA(実行)は現場任せ。上手くいかなければ、担当者が悪い、部署の能力が足りないと人や組織を変える。それでもうまくいかなければ、戦略が悪かったと作り直す。戦略をひたすら見直し続ける無限ループには嵌っています。

DCAが弱い組織では、いくら戦略を作り変えても、その戦略は実現しません。正しい戦略を実現するためには、戦略を作る数倍、数十倍の力で、実行力を強化しなければなりません。

DCAに強い組織を作る方法は、とてもシンプルです。「PDCAを精度高く、高速回転させる」ことが、全てです。ポイントは「精度高く」と「高速回転」です。

 ただ、これまで多くの企業を見てきましたが、私が納得するレベルで「精度高く」と「高速回転」を実現できている組織は殆どありません。それは、企業の有名/無名、規模の大小など全く関係ありません。私の専門であるマーケティングに関して言えば、残念ながら、PDCAの精度と回転速度が実現している組織は、自分がマネジメントしている会社以外、数えるほどしか見たことがありません。

DCA型マーケティング組織

 理由は、その実現が、一朝一夕にできるものではないからです。戦略・オペレーション・データ基盤・組織、人材育成と組織を構築するあらゆる要素を、一貫性をもって、徹底的に磨き上げなければならないからです。

本書では、実行力が強い組織をDCA型組織とよび、その構築方法を、体系的に整理しました。題材としては、私の専門であるマーケティング、とくに、デジタル化されたマーケティングで説明します。しかし、DX化が進展するビジネス環境においては、マーケティングを、営業、人事、システム開発など、全く別のファンクションに置き換えても、多くの手法は転用可能なはずです。

  • 戦略を何度見直しても成果が出ない経営者
  • 現場の実行力に限界を感じているマーケティング責任者
  • デジタル時代の組織構築に悩む管理職

そのような方に読んでいただければ、必ずお役に立つ内容になっているのではと信じています。本Blogでは、内容の「さわり」を残り9回に分けて、ご紹介します。

  • タイトル :なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか?
  • サブタイトル:事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント
  • 著者 :堀内 公博
  • 出版社 :日本実業出版社
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イノベーションとオペレーショナルエクセレンスの関係とは?

AIにビジネス戦略は考えられるのか?

最近時間があると考えてしまうのは、AIと人間の棲み分け、とりわけ人間に残される仕事とはなんであるのかということである。ちょっと前までは、私のような文系の人間がビジネスの世界で生き残れるとすれば、新しいビジネスを考えるであるとか、新しい戦略を考えるであるとかの知的生産業務であれば人間に残されるのではないかと考えてきたが、最近どうもそれも怪しい感じがしてきた。

例えばChatGPT4に、「友人がこれから独立して、起業をしようとしています。大学卒業後10年間IT業界で仕事をしてきた人です。何かよいスタートアップのビジネスアイディアはあるでしょうか?」というざっくりした質問を投げかけてみたところ、ちょっとしたコンサルティング会社に頼んで出てきたのではないかというくらい整理されたアイディアが返ってきた。何度か質問をして、AIがどうしてその答えを出してきたのかを確認し、こちらの能力とか経験の情報をなんとなく提供するなどやり取りを繰り返すと、提案するアイディアが相当な精度で絞られていき、なんとなくこのアイディアを実行したら本当に起業できてしまうのではないかと思うアイディアに絞り込むことができてしまった。そこまで話をすれば、そのあとは事業計画のプレゼンテーションの構成を考えてくれたり、こちらの考えた事業計画の内容をチェックしてくれたり、より詳細な検討ポイントを教えてくれたりと、かなり有能なコンサルタントに何千万円を払わないと出来なさそうな情報が、一瞬にして返ってくるような感じであった。

もちろん、このChatGPTとの議論はあくまで机上の空論であり、どれだけChatGPTの提案が「それっぽかった」としても、それが本当に実現できるかどうかはやってみなければ分からない。結果として上手くいかないこともあるであろう。では、もしChatGPTの意見が100%の正解ではないとして、それはChatGPTがダメで、やっぱり人間のほうが良いという話しになるのであろうか?私は残念ながらそうはならないと思う。なぜなら、マッキンゼーにしろ、ボストンコンサルティングにしろ、優秀な人間のコンサルティング会社に何千万、何億円のコンサルティング費用を支払って、ビジネスアイディアを考えてもらったとしよう。その結果出てきたアイディアを実行したら、100%成功するのであろうか?私の能力レベルともらっている金額は全く違うとしても、私自身も今はコンサルティングの仕事をしているので、悲しい現実であるが、残念ながらYesとは言えない。そもそも、ビジネスにおいて100%何かを予言することなどほとんど不可能である。また、そもそも、トップコンサルティング会社の優秀な人たちが集まってビジネスモデルを考えて、100%成功するアイディアを作れるのであれば、はっきり言ってその人たちは早々にコンサルタントなどやめてしまって、自分たちで考えついた最も可能性の高いビジネスモデルを自分たちでやってしまった方がよい。仮に今の年収が何億円であるか分からないが、それよりも遥かに大きな収入を確実に得ることができるはずだからである。もちろん、コンサルティングファームをやめて独立・起業する方もそれなりにいて、事実成功している人もいるけれども、全員がそうしているわけでもないことを考えれば、コンサルタントを(長く)している人自身も、自分たちの提案が100%ではないことが分かっていると考えるしか、論理的に説明がつかない。

このように考えれば、ChatGPTの提案が100%正しくないからと言って、ChatGPTには戦略立案のような作業は出来ず、それは人間の仕事として残されると考えるのは正しいとは思えない。上記のディスカッションや、具体的には申し上げられないが、私自身が起業しようと思っているアイディアをChatGPTとディスカッションしたより具体的かつ、詳細な内容を見ると、私の25年のビジネス経験で出会った数千人のビジネスパーソンと比較して、ChatGPT4の現在地はかなり上位のビジネスパーソンと同等程度の戦略構築力を持っていると考えてもおかしくはない気がしている。しかも、仕事を進めるスピード感ははっきり言って人間の数百、数千倍の能力なので、戦略立案、論理構成のような、身体的作業を伴わない論理的思考力に依存した仕事は人間が行う必要がないのではないかという危機感が増すばかりである。

なぜ100%正しい戦略の構築が不可能なのか?

ChatGPTのこのような現状を考えると、人間の行う知的労働の領域はどんどん限定されていく。では、何がAIにできないことなのであろうか?そのヒントも、今紹介した、人間とトップレベルの戦略コンサルタントとChatGPTの比較の話しに隠されている気がする。

まず、そもそも、大変頭の良いはずのトップクラスの戦略コンサルティングファームのコンサルタントや、人間には全く及びもつかない巨大な情報量から厳選して考えられたChatGPTが提案する新しい戦略や事業アイディアが100%成功しないのは何故なのだろうか?もちろん理由はいくつか考えられる。①戦略を検討した時点と、戦略の実行時点でビジネス環境に変化が生じている、②戦略のExecution、Operationの段階で想定した通りの実行能力がそのチームに備わっていない、③そもそも戦略の前提条件として考えていた仮説と現実に乖離があった。私の経験上よくあるパターンはこの3点程度である。二桁以上の新規サービスや新商品開発に関わってきた経験でいうと、現実的には①~③のどれかが起こるというよりは、程度の差こそあれ、①~③が同時に起こるケースがほとんどである。しかも、これは失敗するビジネスに限らず、成功するビジネスであってもStrategy以降の2段階において①~③の事象はほぼ確実に問題点として起こり、計画通りに事業が成功するかどうかは、その乖離の程度がリカバリー可能な範囲にとどまっているかどうかの違いである。

では、この3点についてなぜ事前に対応することが不可能なのであろうか?それぞれ個別に見ていくことにしたい。

①戦略を検討した時点と、戦略の実行時点でビジネス環境に変化が生じている

このケースが発生する理由は、一言でいえば、どんなに優秀な人間でも、AIでも、未来を正確に予測することが不可能だからである。ビジネスとは、究極的には、地球上に70億人の人間がいるとすれば、その70億人一人一人の瞬間毎の行動や意志決定の複合的な結果として環境が変わっていくので、未来永劫すべての情報を集めて、次の瞬間に起こることを予想することなど、不可能に近い。もちろん、この話は極端な未来予測のパラメーター数の話をしているが、現実的に個々の事業が直面する市場環境の未来予測をするために必要なパラメーター数ということで考えても、それが5個や10個ということは現実にはないであろう。どんなに精緻なリサーチであっても、戦略というのは必ず過去のデータの分析から未来を予測するものなので、結果的に100%正確な未来予測ができることなどほぼあり得ない分けである。

②Execution、Operationの段階で想定した通りの実行能力がそのチームに備わっていない

Execution、Operationの実現性を事前に正確に予測するためには、事前に下記の2つの項目について正確な情報を把握・評価できていなければならない。1)Execution、Operationを実行するために必要な詳細なタスク項目の洗い出しとその実現に必要な要件、2)実行に必要となる人的なリソースやその能力の把握とその確保の方法。分かりやすく言えば、何をしなければならず、それを実現できるための人員等を準備しなければいけないということである。しかし、現実的には、戦略立案の時点では、1)、2)を正確に網羅的に把握することが困難であるため、実際にはできると考えていたことの実現が想定通りに進まないということが発生するわけである。

③そもそも戦略の前提条件として考えていた仮説と現実に乖離があった

このケースは、未来予想の誤りというよりは、事前の分析精度の問題である。未来予想と同様に、現実の市場環境が分析時点の状況になっているすべてのパラメーターを理解して分析をすることは、未来予想同様に現実的には不可能であるため、目立たないが重要なパラメータの変化が見落とされているなどによって、過去の評価を誤ってしまうということが発生する。

最後に人間に残される仕事とは?

このように考えると、どんな精度の高い、優れた戦略であっても、その実現性が100%でない理由は、大きく分けると2つの理由に大別することが分かる。一つ目は、過去・現在、未来についての市場環境の理解をすべてのパラメーターを把握したうえで完ぺきに行うことが現実的には不可能であること。二つ目が、もし戦略が市場環境を正確にとらえられたとしてもその実行段階においては、個々の人間の能力と業務のマッチングなど数値化・言語化が困難な事象を事前に把握して、計画に織り込むことが不可能であることである。

この2点については、おそらく私が生きている間のコンピューターの発達レベルでは、おそらく解決しない問題な気がする。前者については単純にすべてのパラメーターを考慮して完ぺきな計算モデルを作ることなど不可能であろうし、後者については元データの数値化・言語化が困難である点で、AIが正確に予想することが困難であるからであろう。

ただ、ChatGPTに戦略を考えてもらう実験を通して感じるのは、この2つの課題への対応が、人間とAIのどちらが得意かという点では評価が分かれると思われる。まず、市場環境理解(前者)の課題についての精度向上のカギは、とにかく可能な限りの情報を収集し、その分析をして予測をすることなので、人間の能力が10-20年で飛躍的に向上することはあり得ないこともあり、将来にわたってAIが行うことのほうが精度向上を見込むことが可能だと思われる。

一方で、後者の人間の能力評価から適材適所の個人の配置のような領域についてはもうしばらくは人間に一日の長があるのではないかと思う(願望も含め)。なぜなら、この領域は実際のタスクを実行する人間個人毎のマネジメントを伴う領域だからである。人間の日々のマネジメントを細部にわたってAIがコントロールするためには、データ化できないエモーショナルな領域も含めて把握する必要があるからである(脳に半導体チップを埋め込んで、脳の電気信号をAIが細くできるみたいな話しになったら別かもしれないが)。もし、この仮説が正しければ、新しいビジネスを作るとか、新しいイノベーションを実現するという話をする場合に、人間がAIに勝る可能性のあるポイントは、StrategyよりもむしろExecution、Operationの領域であるのではないか。

さらにいえば、おそらく、会計や人事労務管理など、データを決まったルールに基づいて正確に処理するようなタスクについては、確実にAIの方が処理能力が高くなり、人為的ミスの可能性も排除しやすいので、Operationといっても人間の介在する余地は小さくなっていくであろう。

このように考えると、将来的に人間が付加価値を出すべき領域というのは、明文化されたルールが設定されておらず(範囲が限定されておらず)、タスクの進捗とそこから生み出される結果が、人間と人間の相互作用によって生み出される領域である可能性が高い。野中郁次郎先生のSECIモデルでいえば、Socialize(共同化)という人間同士が暗黙知同士を議論を通じて共有化していくプロセスとInternalization(内面化)という形式知の組み合わせによりできたマニュアル的なものを体験を通じて個人の暗黙知として蓄積していくプロセスに関わる部分になるであろうと思われる。

暗黙知が生まれる場所とは?

この考えは、実感値としても納得感がある。最初に例示したChatGPTとの戦略ディスカッションを通じて感じたことは、AIから良い情報を引き出し、徹底的に論理的なディスカッション結果を導き出すためには、人間の側にAIに自分の考えを言語で論理的に説明する形式化の能力が必須であるし、その精度が高いほど、AIは納得感のある結果を提示してくれるようになる。一方、SECIモデルで暗黙知として定義される領域は、その形式化が難しいことがそもそもの定義であるため、暗黙知のやり取りをAIと重なうことは著しく困難である。SECIモデルが正しいとすれば、暗黙知が関わる分は必ず人間が行わざるを得ないのである。

では、この暗黙知は何処から産まれるのか、それはおそらくStrategyではない。より現場に近い活動であるほど蓄積されていく可能性が高い。つまりOperationの領域である。ただ、先ほど述べたように、情報を決まったルールにしたがって、正確に処理するタイプのオペレーションはおそらく人間が行うタスクとしては残らない。また、そのような情報の効率的処理という領域においてはAIが高性能化してしまえば、人間の経験値など大きな役に立たない可能性が高い。つまり、暗黙知が創られたり、蓄積されるのはオペレーションといっても、上述した人間同士の相互作用を伴うルール化が難しいオペレーション領域であると言える。

ここまで来て、前回から話題にしているオペレーショナルエクセレンスに話を戻す。AI前のビジネス世界においては、Strategy、Execution、Operationの3領域の事業の差別化要因としての重要性は、Strategy>Execution>Operationという優先順位であると考えられてきたと思う。しかし、今回話してきた実験を通して私が感じるのは、AIの能力が上がる近い将来の優先順位としては、Strategy<Execution<Operationと、全く逆転する可能性が高いと思われる。なぜなら、Operationからの距離が上がるほど、タスククオリティは情報集、情報の論理的理解と整理の比重が高くなり、おそらくこの領域で人間がAIに勝つことなどほぼ不可能だと思われるからである。

もし、企業の差別化要因として、今後ますますOperationの地位が向上するという私の仮説が正しいとすれば、多くの企業において重要なのは、Operationを単なる効率化を追及する無駄な業務と考えるのではなく、日々の考え抜かれたオペレーション精度向上の活動を通じた、暗黙知の集積ポイントであると定義しなおす必要があると思われる。マーケティングの領域の議論であれば、その具体的な方法はこのBlogで一貫してPDCAの高速回転ということで実践方法を提示してきたので、そちらを参考にしていただきたい。

Operationの重要性はこれからの企業活動において益々重要になってくる。企業が同業他社と差別化しようと思う時、差が生まれるのポイントはOperationである。つまり、オペレーショナルエクセレンスで競争優位を気づいた企業こそが、中長期的な競争優位性を保持し続けられるのである。

オペレーショナルエクセレンスとは?

オペレーション精度で差別化を実現する

オペレーショナルエクセレンスというビジネス用語がある。定義を見てみよう

オペレーショナルエクセレンス(Operational Excellence)とは、オペレーション(業務の管理・運用)の効率・向上を目指すことによって、競合他社が真似できない、その企業独自の優位性を保つ状態

アメリカの著名なコンサルタントであるマイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏が1995年に「ナンバーワン企業の法則」で提唱しました。それによると、優良企業の3大指標として以下の3つが示されています。

  • オペレーショナルエクセレンス(業務オペレーションの効率・向上)
  • プロダクトイノベーション(革新的な製品/サービスの創造)
  • カスタマーインティマシー(顧客との親密な関係の構築)

出典:フジトラニュース

分かりやすく言えば、日々のオペレーションの効率をあげることによって、利益をあげていく手法である。提唱者の二人の定義に従えば、優良企業の3大指標には、オペレーショナルエクセレンスとともに、プロダクトイノベーションとカスタマーインティマシーがあげられるそうだが(それ以外にもあるような気がするが)、例え商品で差別化ができていなくても、オペレーションを競合他社に真似できないほど洗練させることによって、マーケットでの差別化を産むことが期待されるとする考え方である。

ビジネス成功の要素-楽天市場の場合

仮に、ビジネス成功の3要素が正しいとして、事業が成功するために必要な3要素の重要度の比重は業種毎にかなり異なるというの私の見解である。

例えば、私の最初のキャリアである楽天のインターネットショッピングモールという職種については、どうであろうか?まずプロダクトイノベーションから見てみよう。インターネットが一般に普及しだして、Windows95の登場で家庭にPCが普及しだした1990年代の後半において、様々な企業がインターネットでのビジネスチャンスを模索していた。その中でもインターネット通販=ECというのは当初から有力なビジネス分野と認識されていた。そのような流れの中で、アメリカではAmazon.comが直販ネット書店という形で起業され急成長を遂げ、ebayがCtoCのECとして同じく話題となっていた。それに対して、日本においては様々な企業がどのような方法が日本に向いているのかと模索し、楽天の創業前にも、大手外資系IT企業が運営するネットショッピングモールがサービスを行うなど、様々なチャレンジが行われていたが、まだこれといって成功しているという事業があったわけではなかった。

そのような状況において楽天はインターネットショッピングモールというビジネスモデルでECの世界にスタートアップとして登場した。前述した通り、インターネットショッピングモールという業態はすでに先行企業があったが、全く成功していると言える状況ではなく、多くの人にそんなもの上手くいかないとさんざん言われたそうである。なぜ、そんな状況で楽天市場が成功したのかというのは詳細に話し出すと長くなるので、ここでは詳述しないが、創業メンバーたちは先行サービスの問題点を徹底的に研究し、当時としてはかなり珍しかった今でいうSaaS型のサービスを提供することで、大きな成功を収めた。

楽天の創業期には、日本におけるSaas型サービスは市場に強力な競合がいなかったため、楽天の創業期の成功要因が何かといえば間違いなくプロダクトイノベーションであったと思う。

しかし、プロダクトイノベーションというのは決定的な弱点がある。それは、企業外から見ても、先行企業がやっていることが把握し易いので、そのプロダクトを模倣しようと思えば模倣できてしまうということである。事実、私の在職中も、多くのチャレンジャー企業が楽天の成功の2番煎じに預かろうと参入してきたが、おそらくある程度成功したのは、当時日本におけるネットの巨大なトラフィックをコントロールすることができたYahooのYahooショッピングくらいであったと思う。

では、なぜ、プロダクトイノベーションで成功した会社が中長期的な競争優位を保てるのであろうか?その理由は、カスタマーインティマシー(顧客との関係性の構築)にあると思う。分かりやすく言えば、先行企業として多くの出店者を集め、そこで買い物をする顧客を先に集めてしまったことで、ショッピングモールに必要な品揃えと消費者のデータベースを先行して構築してしまったために、SaaSのサービスとして同じものを構築できたとしても後発企業にとっては、サービス全体の模倣までできない状況を先行して作ってしまったわけである。

私が立ち上げに関わった楽天ポイントのサービスなどは、まさにこのカスタマーインティマシーを強化するためのツールであったわけであるが、プロダクトイノベーションで構築した優位性を、カスタマーインティマシーでさらに強化するということで、自社の優位性を複合的なものとしていったわけである。

オペレーショナルエクセレンスについては、正直今の規模になった楽天のオペレーション精度、効率性を私は知らないので言及することはできないが、少なくても楽天を見ると、プロダクトイノベーション→カスタマーインティマシーと成功の要素が事業のライフサイクルが変化するに従い変化・強化されて行っていることが分かる。

ビジネス成功の要素-ゲーム産業の場合

では、私が2番目に働いたゲーム業界についてはどうであろうか?私の見立てでは、この業界は圧倒的にプロダクトイノベーションの世界であるといえる。分かりやすく言えば、どれだけマーケティングを駆使してカスタマーインティマシーを高めても、流通コストを下げるためにオペレーションを効率化して他社と差別化をしたとしても、ゲーム業界において面白い・ユーザーに評価されるゲームを作れなければ、事業を成功するチャンスはほぼないと言って間違いない。

この話は、私のようなゲームを作ることができない(そもそもゲーム業界で8年以上働いたが、個人的にはゲームはほぼしない)人間からすると非常に悲しい現実であるが、この考えは間違っていないと思う。よく部下に言っていたのは、「面白いゲームのマーケティングを自分たちが失敗して売れないことはある。しかし、面白くないゲームをマーケティングの力でヒットゲームにすることは残念ながらできない。」ということである。特に、モバイルのFree to Play(=インストールは無料。課金はゲームをPlayする中で行う)型のゲームにおいてはこの特徴が強い。顧客は、インストールは無料なので、ゲームへのエントリーハードルは低く、ある程度話題を作ったり、効率的にマーケティングをすることができれば、ゲームをインストールしてもらうところまでは持っていけないことはない。しかし、ユーザーがゲームをプレイして面白くないと思ってしまった瞬間にゲームから離れてしまう。そして、一旦面白くないと思われてしまったゲームにユーザーを呼び戻すのは、著しくハードルが高くなってしまうからである。

このように、ゲーム業界においてはプロダクトイノベーションは絶対的な必要条件である。しかし、一旦プロダクトイノベーションを実現できると、中長期的にはヒットコンテンツのIP活用してシリーズ化して継続的な売上をあげていくようなカスタマーインティマシーであったり、日本企業であれば日本の成功ノウハウを海外市場にも展開して市場を大きくしていくなどのオペレーショナルエクセレンスなどの要素で、事業を拡大することは可能である。ただ、プロダクトイノベーションが必要条件である以上、他の2要素のみで事業を成功することは不可能なことは間違いない。

その証拠に、日本の多くの大手ゲーム会社というのは、大手のゲーム会社同士が合併してできた会社である。具体的には申し上げないが、社名に〇〇・△△というように、複数のブランドが並記されている会社をよく見かけるであろう。では、なぜ合併せざるを得なかったのかといえば、プロダクトイノベーションを継続して、切れ目なく行うことが難しく、経営を安定させることが非常に難しいからである。プロダクトイノベーションを継続的に行い続けなければいけない産業というのは、正直に申し上げて、経営にどうしても「運」の要素が入り込んでしまうのを避けられないという特徴がある。もちろん、このBlogでも何度も議論しているイノベーションマネジメントなどの理論を活用して継続的にヒットを生む努力は各社行っているとは思うが、内部で働いた経験でいえば、運を排除するのは相当に難しいというのが私の結論である。

ビジネス成功の要素-人材紹介ビジネスの場合

では、最後に私が直近で働いた人材紹介という業種はどうであろうか(人材業では範囲が広すぎるので、ここでは人材紹介に限定する)?この業種ははっきり言ってプロダクトイノベーション的な要素は非常に低いと言わざるを得ない。人材紹介業というのは、転職をしたい求職者Nと採用したい採用法人NのN対Nのマッチングという非常にシンプルなビジネスモデルであり、そのサービスの根本を変えることが難しい。私の前職のトライトという会社もその典型であるが、唯一あるとすれば、取り扱う職種を限定して、専門・特化することで競合環境をコントロールすることくらいである。

私がある業界を見るときに、プロダクトイノベーションの要素が少ない業種の判断材料と考えているのが、小規模事業者が乱立しやすい業種、その産業での成功体験をもとに独立して起業しやすい業種であるかどうかというのを見るようにしている。人材紹介業でいえば、ビズリーチをみるといわゆるヘッドハンターといわれる人がたくさん活動しているのに気が付くと思うが、このような人たちの中には個人で人材紹介業を行っている方が結構多く含まれている。

では、このようなプロダクトイノベーションで差別化ができない業種で成功している企業の差別化要因とは何であろうか?結論は、オペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーの組み合わせである。

人材紹介業は、先ほど述べたようにN対Nのマッチングなので、事業規模を大きくしようと思うと、双方のNをどれだけ多く集めて、マッチングの精度を高めて求職者の側から視れば獲得した求職者の転職率をどれだけあげられるかが勝負であるし、採用企業から視れば獲得した求人枠をどれだけ充足させられるかが焦点になる。

そのように考えれば、多くのNを集めるという点で考えれば、求職者であれ、採用企業であれ、顧客とのリレーションをどれだけ強固に作り、その数を拡大していくかが勝負であるためカスタマーインティマシーを高めるための広義の意味でのマーケティングが必要である。一方で、そのN対Nのマッチングを効率よく、高精度で行うために必要なのが、オペレーショナルエクセレンスになるわけである。

そして、さらに重要なのが、この2つの要素は独立しているのではなく、組み合わせて企業・サービスのバリューチェーンとして全体として最適化されなければイケないということである。具体的には、以前、KPI設定の仕方や、デジタルマーケティングオペレーションの話しの中で議論した内容を振り返ると分かりやすい。そもそも、集客オペレーションという狭義のマーケティングで競合と優位に戦うためには、単に広告のオペレーションスキルをあげるだけでは難しく、顧客獲得後の顧客LTVを改善するための後工程のオペレーション活動の効率が競合企業よりも高いことが必須である。なぜなら、後工程のオペレーション効率が悪い企業は顧客LTVが低くなるため、獲得した顧客一人当たりの価値が低いということになる。それはすなわち、競合よりも顧客一人当たりの獲得単価を低く設定せざるを得ないことを意味するため、中長期的には収益率を維持したまま、競合と戦っていくことができないことを意味するからである。

オペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーを組み合わせる

このように3つの要素を整理して考えると、私自身のキャリアで選んできた仕事がこのようになった理由も分かってくる。最初に新卒で入社した楽天の初期は別にして、楽天でマーケティングを始めて以降のキャリアは、一貫して今述べてオペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーの組み合わせの最適化を行い、バリューチェーン全体の効率をどれだけ改善させられるかをひたすら考えてきたといえる。転職する際の選択の基準は、ある程度マーケティング予算を使える企業であることが自分の得意分野を考えると条件であったのだが、継続的に大規模なデジタル広告予算を使える業種というのは、基本的にはこの2つの要素の組み合わせで事業拡大ができる業種であることが多い。

ゲーム業界については、プロダクトイノベーションの比重が大きいという話をしたので、変に思われる方がいるかもしれないが、企業としての成功の最も重要なカギはもちろんその通りなのであるが、Free to Playのゲームが主流になるにしたがって、プロダクトイノベーションが成功した後は、残りの2要素を精緻に行い、プロダクトライフサイクルを伸ばし、顧客LTVを高めることが必要になるため、この点で私のスキルが活かせる部分があったからである。

私がオペレーショナルエクセレンスの重要性を考えるようになった理由は、直近の人材業界とその前のゲーム業界の比較をする中で理解できたのであるが、企業の戦略の話などを読んでもなかなか出てこない視点であるため、覚えておいてもよい分析手法であると思う。以前、某外資系有名戦略コンサルティング会社のパートナーに人材紹介会社の差別化要因を聞かれて、オペレーション精度を上げるという話をして、戦略とは競合と違うことをすることだと文句を言われたことがあるが、ここまで述べてきた理由により、私はそのコンサルタントのほうが間違っていると思う。戦略コンサルティングと名乗る以上、プロダクトイノベーションやカスタマーインティマシー的な差別化要因を見いだせないと価値が出せないのであろうが、残念ながらそのようなものを見出しにくい産業というのは現実には存在するのである。

矛盾から逃げたら成長しない

矛盾とは何か?

ビジネスの意思決定をする際に立ちふさがる障害が「矛盾」である。矛盾を辞書で調べてみると、次のように定義されている。

矛盾(むじゅん)とは、二つ以上の事柄が一致しない状態、または、一つの事柄が自身の内部で一貫性を欠く状態を指す言葉である。矛盾は、論理学や哲学、数学などの分野で頻繁に用いられる。論理学では、矛盾する命題は同時に真であることができないとされる。これは「矛盾律」または「無矛盾律」と呼ばれ、論理的な推論を行う上で基本的な原則となる。 また、日常生活においても、人々の行動や意見、感情などが一貫性を欠いているときに「矛盾している」と表現されることがある。例えば、言動が一致しない場合や、自身の主張が以前の主張と食い違っている場合などがこれに該当する。このように、矛盾は様々な文脈で用いられ、その意味は文脈によって微妙に異なる。

出典:Weblio

要は、何かの決断をしなければいけないときに、明確な正解が見えず、ABどちらの選択しても、双方にデメリットがあり、一概にどちらが良いかと言えない状況になるケースである。

これと反対の状況というのが「白黒はっきりつける」というABどちらかの選択肢がある時に、論理的に考えてAまたはBのどちらか間違いなく正しいというようなケースである。

大学受験までの勉強というのは基本的には正解がある世界なので、問われる問題に矛盾点がないのが原則である。なぜなら、そうでなければ、客観的に採点が出来ず、公平な入学試験が実施できないからである。このため、ビジネス経験が浅い人の中には、ビジネスで直面する決断の場面において、選択肢のどちらかに正解があるのではないかと考えてしまう傾向が強い。

しかし、そもそもビジネスというのは、決断を迫られる状況における変数が複数あり、その変動が有機的に絡み合っているため、多くの意志決定のフェーズにおいてどちらかが絶対に正しいといえるような正解が明確なシチュエーションは、意外と少ない。つまり、白黒はっきりしないのである。

例えば、AとBの2つの選択肢があり、目標達成のためにAを選択し、結果的に目標達成ができたとする。ではAが正解であろうか?必ずしもそうとは言えない。なぜなら、Bを選択していた時に、Aを選択していた時よりも高いパフォーマンスを出せた可能性が否定できないからである。このようなケースで、Aを選択したことに対する私の評価は「不正解ではない」くらいであろう。

ビジネスには正解のない問題があふれている

この話をするときに私が思い出すのは、楽天時代に私にビジネスのいろはを教えてくれたある恩師の言葉である。彼は、

①ビジネスにおいて白黒はっきりさせられないような矛盾を孕む決断をしなければいけない状況は頻繁に発生すること。

②しかも、そのような状況は、責任ある立場(分かりやすく言えば組織のレイヤーが高くなる)ほど多くなり、しかも同時に解決しなければいけない矛盾の数が増えること。

③このため、ビジネスにおいて責任が重い、重要な決断を下すためには、複数の矛盾を抱える状況で、良い決断が下すための判断力を磨かなければいけないこと。

という3つのポイントをあげて、日々より良い決断を下し続けることが出来なければ、良いマネジメント人材になれないということを教えてくれた。この言葉は、私の心に非常に深く刻み込まれていて、様々な決断を下す際の拠り所となっている。

また、以前見たYoutubeの動画で脳科学者の茂木健一郎さんが言っていた言葉も、この話の流れに一致するものであった。彼は「本当に頭のいい人というのは答えがない問題を考え、正解を見つけられる人」であると言っていて、「正解がある問題に早くたくさん正解できること」が必ずしも頭の良い人の定義ではないという話をされていた。話しの文脈としては、日本の大学受験に依存する学歴による人の評価に意味はないという話題で出てきたのであるが、確かに、その定義であれば良い大学には入れたことが必ずしも頭が良いということに直結しないということになる。日本の大学で、最も偏差値が高いのは東京大学の理科三類といわれる東大医学部である。私の高校・浪人時代の成績を考えても、合格するイメージを持つことすらできないくらい高嶺の花であった。このため、間違っても私自身はそのようなことは言えないが、茂木さんの言葉を借りていえば、「医学」というのは、基本的に既存の研究で正解が分かっている事項を患者の状態に併せて治療方針として適用していくものであるため、前述の定義から考えれば、日本で一番成績が良い=勉強ができる人がワザワザやらなければいけない職業ではないのではないかと仰っていた。もちろん、医学にも未知の病気に対する新しい治療法を研究するという正解のない領域もあるので、この事例説明は、あくまでいち側面の議論であるとご本人も理解されていると思うが、日本で最も勉強ができて、頭が良い可能性が高い人を正解が決まっている臨床医にしてしまうのは、社会にとって損失なのではないかという問題提起なのであろうと思う(もちろん、最終的にどういう決断をするのかは個人の自由だが)。

矛盾を多く孕む問題の意思決定の仕方

と、ここまでで、ビジネスにおいては常に矛盾を孕む決断をしなければいけないこと。そしてその矛盾を同時に複数抱える問題に対する決断をより良く(正解がない以上、正しくではない)出来なければ、レベルの高いマネジメントができないということはなんとなくご理解いただけたかと思う。そのため、そのようなシチュエーションでどのように私たちが決断を下すのが良いのかの解決策を考える必要が出てくる。

もちろん、こちらも正解などないので、ここからの話しは私の実践方法についての、一事例の紹介だと思っていただければと思う。

私が、ビジネス上の意志決定を行う際に心がけているポイントは、整理すると下記の3点になる。

・一か八かの決断をしなければいけない状況をなるべく作らない

・大きな決断を下す前に、その判断に活用できる材料をなるべく多くそろえる

・事前に判断材料とする事例の背後にあるロジックを徹底的に考える

以下、一つずつ見ていくことにしよう。

一か八かの決断をしなければいけない状況をなるべく作らない

まず、一番重要なことは、可能な限り、一度に複数の矛盾を孕むような決断を一気に行わなければいけないようなシチュエーションを作らないようにするということである。もちろん、突発的なトラブルや、未知の問題が急に発生するなどの状況も無くはないが、25年の私のビジネス経験においても、本当にそのようなシチュエーションというのは、数回あるかないかという感じなので、基本的には、ある程度コントロール可能な問題であると思う。

そもそも、複数の矛盾を抱える複雑な問題というのは、その問題に絡む変数・パラメーターが複数存在し、それが複雑に絡み合っているために、ある変数を動かすと他の変数に影響して、予想外の問題を引き起こしてしまうという状況が発生する状況である。

これを上手く解決するためには、なるべく問題を単純化して、一つの施策の実行で一つのパラメータを動かしても、別の変数への影響が少ないように課題をブレイクダウンしていくのが最も素直なやり方である。楽天ではこれを「因数分解」と呼んでいいる。複雑な問題を因数分解することで、問題点の切り分けを行い問題をシンプル化して考えるということである

解決策として、そんなに特別なことではないが、これまでの経験上、やはりこのやり方が最も論理的に正しそうな決断をするのに有効であることは間違いない。

では、この因数分解を実行するために最も重要な要素はなんであろうか?私が最も重要だと思うのは「時間」である。一つの問題を因数分解して、一つ一つの要素を切り分けて考えるためには、当然時間がかかる。先ほど申し上げた、突発的なトラブルなどは、そもそも発生を予測することが難しいため、発生から決断までの時間が限られるため、複雑な問題を因数分解せずに一気に考え、決断しなければいけなくなるわけである。

このことを逆に考えれば、複雑な問題を一気に解決しなければいけない状況にしないために重要なことも自ずと分かってくる。つまり、問題解決の時間を事前にどれだけ長く確保しておけるのかということである。このために重要なのが、自分の関わる事業や企業の中長期的な問題点をどれだけ正確に分析・把握するということである。もしそれが正しくできていれば、あとはそれほど難しいことではなく、把握した問題点を正しく因数分解して、シンプル化された課題を一つ一つ解決していけばよい分けである。私は、これがマネジメントのレイヤーが高いポジション程、中長期視点、俯瞰的な視点で自社のビジネスを見ることが要求される理由であると考えている。自分が責任を持つ事業の中長期的な課題を正しく認識していれば、中長期の時間軸で課題解決の準備ができる。これが、上位マネジメント層の人間が、直近の目標達成にばかり目が行き、来月のことは来月考えればよい、来年のことは来年考えれば良い、3年後のことは3年後に考えればよいというスタンスで仕事をしていると、複雑な問題が突然発生し、その対応策を瞬時に、少ない材料で決断しなければいけないということになる。私は、このような決断を「ギャンブル」と呼んでいるが、常々自分の部下にも伝えているのが、日々の業務を一つ一つ積み上げ自分の業務からこのギャンブル的な要素を極力排除するということであり、また、そのような状況に陥らないように中長期的な視点で問題点の指摘をするように気を付けている。

どんなに優秀な人でも、あらゆることを予想することはできないし、天災や最近のトランプ関税のように(25年5月時点)予想を遥かに超えるビジネス環境の突発的な不確実性の増大など避けようのないものも存在するのは事実である。しかし、先にも述べたが、このような話しに対応するために、財務的な健全性を保つとか、バリューチェーンの分散化などのリスクマネジメントをしておく必要はあるが、完ぺきに回避することは不可能である。しかし、そのようなことは、10年に1回とかのタイミングくらいでしか起きない。私のビジネス人生でいえば、東北の大震災と新型コロナウィルスくらいであろう。

そのように考えれば、そもそも自分の事業や自分の会社が、頻繁にギャンブル的な決断を下さざるを得ない局面に直面しているとすれば、それはそもそも、中長期視点でのマネジメントができていない可能性が非常に高い。そして、申し訳ないが、そもそも中長期視点でのマネジメントをする能力がある人がいない職場において、より複雑で高度な問題点の解決を図れる能力がある人材がいる可能性は少ないと言わざるを得ない。

より良い意志決定をするためには、良い準備をしておくことが何よりも重要である。そのために最も重要な要素は「時間」である。このことを理解しておけば、マネジメントは、自分が動かせるリソースを、短中長期の視点で適切にアロケーションして、バランスをとるのかに、最も知恵を絞らなければいけないということが分かるのではないかと思う。

大きな決断を下す前に、その判断に活用できる材料をなるべく多くそろえる

ここまでで、複雑で、高度な問題に対する決断をするためには、因数分解をして、その問題をよりシンプルな問題へとブレイクダウンして考えることが重要だということがご理解いただけたと思う。そしてそのためには、準備をするための時間を確保するということが重要だという点も分かっていただけているはずである。

複数の矛盾を包含する複雑な問題を解決する上で重要な点は、自分が行った決断で、その問題が持つ各変数がどのように動き、トータルでどのような結果となるのかを、できるだけ正確に予測することである。この正確な予想をするために必要なのが、因数分解の結果シンプル化された課題への対応から得られるデータだ。例えば、Aという課題を因数分解すると、下記のように表せる問題があったとしよう。

A=B×C

B=D×E

C=F/(E+G)

この課題AはB×Cと因数分解することができるため、Aを増やそうと思うとBかCのどちらかを増やすことが必要になる。しかし、BとCを因数分解した式を見てみると、一つの矛盾が生じていることが分かる。Eの変数を見てみよう。BにおいてはEは掛け算の一変数であるため、Eが増加すればBは増加するという関係にある。一方CにおいてはEは分数の分母に含まれる変数であるため、Eの増加はCの減少の効果のある変数ということになる。

つまり、Aの問題の解決策として、例えばEの変数を動かそうとすると、Bにはプラスの効果があるが、Cにはマイナスの効果ががあり、解決策としては矛盾が生じるという結果が予想される。

例えば、Eの変数を動かす施策を行うときに、それ以外のD、F、Gの変数が不変であればEが1以上であればBの増分>Cの減分となるので、Aは増大することになる。このようなケースは一見、矛盾を孕んでいるようだが問題としては比較的シンプルに解決可能である。しかし、ビジネスにおける事象というのは、そのようにシンプルに進むことが少なく、Eの変数を動かしたときに、その影響でD、F、Gの変数が変動してしまうことがある。このため、シンプル化された改善策を行いながら、例えばEをどのように動かすと、それ以外の変数がどのように反応するのかというテストなど、D~Gの4つの変数を少しずつ動かしながら、どの変数をどの程度動かすと、それ以外の変数がどのように動くのかを把握しておく必要がある。その判断材料が十分に揃っていないと、Aの課題を解決する場合に、最終的にどの変数をどのくらい改善し、その結果発生する別の変数のデメリットをコントロールして、全体をプラスにするのかという論理的な判断が出来なくなってしまうのである。

逆に言えば、もし各変数の相互依存の関係が理解できていれば、矛盾する変数のプラスとマイナスを適切にコントロールすることによって、全体を改善の方向に持っていくことができるようになるわけである。

このプロセスを適切に行うためには、当然相当量のABテストを行う必要があり、それには時間がかかることは容易に予想できる。このため、どれだけ「時間」を確保できるかというのが問題になるわけである。

事前に判断材料とする事例の背後にあるロジックを徹底的に考える

ビジネスの環境は、自分たちで当初計画した通りのスピートで想定通り進むとは限らない。天災や、景気予測の変化、競合環境の変化など自社ではコントロールできない要因によって、計画と異なる状況に陥る。

そのような外部環境、外部変数の変化が自社のビジネスにプラスの要因となる場合は、当然大きな問題は発生しない。しかし、マイナスの要因が想定外に発生した場合は、問題になる。今回の文脈において、このような想定外の外部変数の変化で発生するマイナス要因の影響は、前2項で最も重要であると述べてきた「時間」について、想定よりも確保できる量が減ってしまうということで影響を及ぼす。前項の例を再度使えば、D~Gの変数の相互依存関係を適切に理解するために、ABテストを実施する期間が当初1年必要だと考えていたものが、外部環境の悪化で、計画達成のためには半年で改善を実現しなければならず、問題解決の決断を半年前倒する必要が出たとしよう。つまり、決断のための判断材料の収集期間が半減し、その結果意志決定に使える材料が半分になるということである。

このような状況においてマネジメントに求められるのは、当初想定よりも半分の判断材料で、如何にその倍の判断材料があった場合に出す結論に近い結論を導き出せるかの精度である。もちろん、理想を言えば当初想定していたすべての材料が揃っているに越したことはないが、中期経営計画実現のためには、その決断を半年前倒しせざるを得ないというようなケースに追い込まれることは珍しくない。

このような状況に対応するためには、何が必要であろうか?引き続き、前項の例で話を続けると、変数D~Gの相互依存の背景となるロジックを、ABテスト開始当初から注意深く観察し、可能な限り早期に理解できるようにしておくことが重要である。課題Aを解決するための変数D~Gの相互依存関係のテストを行う改善活動が1年間の期間で想定されている場合、そこから得られる情報量というのは私の経験上1年間均等配分で得られるわけではない。多くの場合、テストの初期の数カ月で基本的な動きの法則性のようなものは理解できることが多い。そして、その後の期間においては、変数の組み合わせをより複雑にすることによって、仮説として考える基本法則が正しいかどうか、想定していない依存関係がないかなどをチェックして、理解の精度をあげていく。つまり、結果的に半年後以降のテストで当初の仮説の間違いが発見され、半年間で得られた基本法則と異なる結論を1年後に出している可能性は否定できないが、当初の仮説が正しく、結果的に残り半年の精緻化をしなくても、1年後と同じ結論を半年間で出せる可能性もあるわけである。しかも、私の経験でいえば、その確率はそれほど低いわけではない(感覚的には50%以上の確率はある)。

ただし、実現するためには条件がある。それはマネジメントに責任を持つ人間がABテストの初期段階からプロジェクトの内容を正しく理解し、その結果を詳細に分析し、現場の担当者の報告だけでなく、その裏にあるロジック、法則性まで徹底的に考え抜くことに手抜きをしないということである。経験のあるマネジメントであれば、部下に提示した課題に対して、自己の過去の引き出しの類似事例からある程度の結果の予想はあってしかるべきで、テストの初期段階の進捗をみて、その仮説が正しいかどうかなどはある程度推測できるであろう。部下に対しては、自分の考えや予想をすべて話してしまっては学びが減ってしまうし、成長も遅くなるので言わなかったとしても、自分の頭の中では部下以上に様々なシミュレーションが動いていなければならない。そして、そのようなシミュレーションが動き、自分の想定とのズレが何処で、それがどのようなロジックで発生しているかを考えられれば、経験のあるマネジメント程、部下の報告内容以上に深い情報が自分の中にインプットされる。

以前に、チームのPDCAの精度を決めるのはチームのリーダーの経験値の上限であるという話を書いたが、チームをマネジメントするリーダーにチームで最も豊富な経験があれば、ここで話したように、「1を聞いて10を知る」ではないが、チームの誰よりも状況に対する深い理解ができていなければならないわけである。

お勉強ができるのと、ビジネスの問題解決は別次元の話

自分の学生時代を考えても、私自身はいわゆるお勉強ができる頭脳を持っているタイプでもなかったし、それを補う努力ができる性格でもなかった。このため、学生時代を通じて、明らかに自分より勉強ができる人は周りにたくさんいたし、話をしていて自分より頭の回転が早い人が確実いいるというのも感じていた。

しかし、25年ビジネスをしてきて思うのは、茂木先生の言葉ではないが、ビジネスでの意志決定というのは、必ずしも瞬間的な脳の回転の速さや、歴史の暗記問題のように、数字や、人の名前、歴史的な出来事の暗記量の違いで差が出るものではないというのは自信をもって言える。

ただし、今回説明したように、絶対的な脳の容量と回転スピードに対抗するためには、中長期的視点からのプランニング能力と、そこから逆算した事前の準備、そしてそれを可能にする自分の専門分野における経験値が必要である。この3つが揃っていて初めて、答えが存在しない、コントロールできない複数の変数が絡み合うビジネスの現実世界での、複数の矛盾を孕んだ複雑な問題により良い答えが出せるのである。そして、このどの能力も後天的に手に入れられるものであり、天才的な頭脳を持ち合わせていなくても実現できることだと思うわけである。というか、天才的な頭脳がない私は、そう信じている。