日々の人材育成(OJT)

人事部等で、そのような仕事をされている方には大変申し訳ないのだが、私は人材育成の話をすると、すぐに人材育成プログラムを作って研修の機会を増やしましょうとか、勉強会をやりましょうとかいう発想に疑問を感じてしまう。

なぜ、そのように思うのかといえば、研修が1年で数日だとして、1年に週5日間50週で250日近く働いている業務時間のうち、数日間で学べることと、250日間で学べる事のうち、数時間の学びの方がもし大きいとすれば、それ以外の200数十日の価値というのは一体何なのだろうか?勉強会が週に1-2時間だとして、週40時間の残りの時間の価値より、その1-2時間の勉強会の方が学びが大きいとすれば、日々の業務の時間とは何なのだろうか?もし、それで人がビジネスパーソンとして成長出来るのであればMBAを取った人など皆とてつもないスキルをもった人材になってしまう(が、多くの超高学歴の人を見てきたが、はっきり言って必ずしも仕事ができる人ばかりではない。。。)。

私は、人材の育成というのは、研修や勉強会で行うものではなく、日々の業務の中で身に着けられるものだと思う。そのベースがあったうえでの研修や勉強会、外部のセミナーなどで新しい情報や知識を得てくることは意味があると思うが、その前提がないところに、そのような情報や知識を大量にインプットしても、それほど意味があるとも思えない。

では、日々の業務の中で、何をすれば、人材を成長し、スキルを伸ばし、素晴らしいマーケターへと成長させることが出来るのであろうか?私が日々気を付けて、実践している方法を紹介したいと思う。

  • 簡単に答えを教えない
  • 責任を持たせる
  • 報告の背景にある考え、理由を説明させる
  • 報告内容に新たな視点を加えてフィードバックする

主に、この4点くらいだと思う。ちなみに、私は、これらのことを実施するために、定例報告を中心とした会議を活用していることを最初に付け加えておく。私にとって定例的な会議というのは、自分の部下が日々何を考え、何を課題とし、その課題を解決するためにどのような施策を行い、その結果がどのようになったのかを把握する場であると考えている。別にKPIの達成率が良いか悪いかの確認をしたいわけではない。そんなものは会議をしないでも、資料を見れば把握出来てしまう。

私にとって、重要なのは、自分の部下が日々どのレベルの深さでPDCAを回し、その結果とその背景、原因の分析をしているのかを知ることである。それが分かれば、自分の部下の成長レベルが理解できるし、自分自身にとっても新たな知識や経験を蓄積することが出来る。

よく定例会議の場で、同じような報告を聞きながら内職をしている偉い人を見かけるが、そんないい加減な会議をするのであれば、そんな会議はやめてしまえばいいと思う。報告者にとっても報告される側にとっても、会議は真剣勝負の場でなければならない。という前提で、この4つの実践を目指す会議の場を想像しながら、以下の説明を読んでもらえると、よりイメージがしやすいかもしれない。

簡単に答えを教えない

まず、一番重要なことは、部下が何か困っていたり、課題にぶつかっているときに、安易に答えを教えないということである。ここまでで何度も述べているが、マーケティングとは、「誰に、何を、何時伝えるか?」を考え、その精度を上げるために、繰り返しPDCAを回し続けることである。それを出来る力をマーケティングの基礎体力と呼んでいるが、この基礎体力の根源は知識ではなく、それを実践するための考える力である。つまり、優れたマーケターを育成するということは、知識をたくさん教えて、覚えさせることではないのである。

という前提に立てば、部下が悩んでいること、ぶち当たっている壁に、その解決法、克服法の特効薬を教えることが人材育成の役に立つであろうか?残念ながら、それは人材育成の方法ではなく、仕事の成果を早くだす方法である。これは優秀な人ほど陥りやすい罠だが、人材育成の時に業務成果を優先して、自分がやった方が早いことはなるべく自分でやり、スキルがない人でも出来ることを育成対象者にやらして、業務成果の最大化を図ろうとする。もしくは、多少スキルが必要なことはやり方を細かく指示して、失敗しないようにしてから仕事を渡す。もちろん、業務成果の「短期的な」最大化に取っては、それは正解なのかもしれない。しかし、このような状況で育成対象の人材に考える力がつくであろうか?私は非常に可能性は低いと思う。なぜなら、このようなやり方は、なるべく考えずに言われた通りにタスクを実行する方向に誘導しているからである。それでもよい仕事もあるのかもしれない。しかし、繰り返すが、マーケティングに必要な基礎体力は自分で考える力であって、言われた通りに、マシンのように正確に仕事をこなすことではない。

もちろん、営利企業である以上、事業成果を出し利益を生み出すことは重要なことである。そのために、短期的な事業成果の最大化を図る努力も重要だと思う。しかし、中長期的な事業成果を犠牲にし、短期的な成果に特化することは正しいとは思わない。人材育成とは長期的な投資であるので、ある程度短期的な成果は犠牲となるのは覚悟しなければならない。もしそれが嫌なのであれば、十分なスキルのある経験者だけで社員を固めればよい。しかし、そのような恵まれた企業など世の中そうはたくさんないのではないか?

よく答えを教えることは簡単だというが、それはその通りである。それなのに、なぜ企業の人材育成でそれがなかなか実践しにくいのかといえば、短期成果とのトレードオフになっているからだ。短期成果と人材育成のバランスをどのようにして取るのかを考えるのは、残念ながらある程度経験がいると思う。しかし、このトレードオフを理解し、試行錯誤しながら、自分なり、自分のチームなり、自分の会社なりの正解を見つけてもらえればと思う。

責任を持たせる

「簡単に答えを教えない」こととほぼ同義に近いのであるが、部下に責任を持たせることも、考える切っ掛けとして重要なのではないかと思っている。会社で仕事をしていて、一番気楽で、リスクが少ない働き方は、上司や先輩に言われた通りに仕事をするという方法である。なぜなら、言われた通りに行った業務であれば、失敗しても自分の責任にはならない。それは明らかに指示をした側の責任である。この安心感に浸ってしまうと、人間なかなか抜け出せなくなる。しかも、上司が優秀で、言われた通りにやって、成果が出てしまったりすると、上司と一緒に出世出来てしまったりする。さらに、たちが悪い人だと、自分では何も考えていないのに、自分を優秀なビジネスパーソンだと勘違いしていたりもする。こうして上司の顔色ばかり伺いながら、部下には厳しいという、典型的なYes Man型の中間管理職が生まれるわけである。

会社内での出世とか、世の中的な評価という意味でいえば、それで立派なビジネスパーソンは生まれるのかもしれないが、残念ながらそれでは優秀なマーケターは育たない。それではどうすれば良いのか?簡単な話である。命令しなければ良いのである。自分の判断は自分で考えて決断させる。つまり、自分でやることには自分で責任を取らせるようにすればよいのだ。

企業で働いていて、上司の命令に背くことを奨励するのは難しい。会社の指揮命令系統が崩れてしまうからだ。もちろん、部下の立場からしても、上司の命令に背くことはリスクが高いので、大抵の人はそのようなリスクは犯せない。そうすると、部下に自分でやることの責任と自覚を持たせ、必死で自分で考える環境を作るためには、命令をしないという事しか基本的にはないのだと思っている。

では、上司の役割とは何なのであろうか?それは、大きな失敗や過剰なリスクを追わせないために部下の課題の解決の適切な方向づけや、業務範囲や投下コストなどをコントロールしていくことなのだと思っている。当然リスク承知で好き放題やらせてしまっては、会社の業績のコントロールが出来なくなってしまう。必要なのは各自の能力にあわせて適切なリスクレベルになるようにコントロールしながら、適切な方向性のヒントを提示しながら、最終的には自分で決めさせるように誘導して行くべきなのだ。

報告の背景にある考え、理由を説明させる

自分で考えた施策を責任を持って実行する環境は整った。ではいよいよ日々の活動の中で人材を育成していくことにしよう。それが最も効率的に行える場は報告の場であると思う。それは上司とのWeeklyの定例でもよいし、育成担当者との毎日の朝礼でも良いし、そこまで定期的でなくても、隣同士でちょっといいですかというカジュアルな報告であっても形態ななんでも構わない。重要なのは、その内容である。

直面する課題や目標に対してどうすれば上手く行くのか仮説をたて、実行する。その結果を検証し、なぜ上手くいったのか、なぜ上手くいかなかったのかの分析を行い、それを受けて次にどのような施策をするのかを提案する。この一連のプロセスを行ってPDCAの1サイクルが終わるわけであるが、報告においては、このすべての要素を毎回きちんと、分かりやすく説明させる癖付けを徹底して行わなければならない。

特に、仮説が上手くいかなかったケースにおいては、なぜ想定通りに行かなかったのかは比較的に時間をかけて検討することが多いが、じつは人間成功した理由について深く考えるということをあまりしない傾向が強いと思っている。なぜなら、失敗すると、その理由を追及され、それに対して回答、言い訳をしなければいけなくなるケースが多いが、成功すると「良かったね」で終わってしまったり、理由を説明するにしても「その理由は本当なのか?」と詰問されるというケースは殆どないからである。

しかし、私はもちろん失敗から学ぶことも当然重要であるが、それと同程度かそれ以上に重要なのは、成功した施策についてその理由を可能な限り把握し、その成功事例を「正しく」拡大再生産することが、ビジネスの成長スピードを左右すると考えている。重要なのは、この「正しく」という言葉で、その成功施策がどのような環境で、どのような条件が揃うと機能するのかを分かっていないと、上手くいかないケースに無理やり適用して上手くいかないということが起こったりするからである。

多くのマーケターを見てきたが、深く考える力というのは一定以上の地頭の良さが備わっていれば、訓練により養われると思っている。ただ、一人の人間が、いくら環境を整えてもらったとしても、では日々の業務の中でどれだけ深く考えているのかを、外形として把握することはなかなか難しい。このため、各人がどれだけ深く志向し、分析を詳細に行っているのかをアウトプットさせる場を強制的に作ることは必須である。報告というのは、結果の良し悪しに一喜一憂する場所ではない。結果の良し悪しが発生した背景と理由を正しく説明する場所である。報告の場をどれだけクオリティの高い場所にするのかによって、そのチームの人材の育成のスピードは大きく変わってくるのである。

報告内容に新たな視点を加えてフィードバックする

日々のPDCAの活動についての報告を行うというところまで何とか精度高くできるようになったとしよう。最後の仕上げは、教える側のフィードバックである。人材育成において、上司や先輩社員が教えられる立場の人材にとって何のためにいるのかといえば、当然教えるためである。もちろん、教えるためには、教えられる人よりも知識や経験、より深い思考を持ち、それを適切なときに提示し、教えられる人の成長を後押し出来なければならない。教えられる人間が必死で考えてきた報告に対して「分かった」の一言で、何が良いのか、何が悪いのか、どこをより深堀すべきなのかなど、正しいフィードバックを行うことによって、報告を作るプロセスでの思考がより深みのある、価値の高いものに昇華していく。このため、報告を受ける立場の人間にとって、報告に対して付加価値の高いフィードバックを加えることは、重要な責任であると私は考えている。

当然、それは簡単な事ではない。例えばWeeklyの打ち合わせでの報告を10分で受けるとすれば、報告を受ける人間は報告者が40時間分必死で考えてきた内容を10分で正しく理解し、その40時間の思考で思いつかなかったり、見逃したりしている点、見えていない将来の展開などと考えフィードバックしなければいけないわけである。よほど頭の回転が早く、優秀な人であれば別なのかもしれないが、少なくても私程度の頭の回転では、集中して部下の報告に向き合わないと、よいフィードバックをすることが出来ない。特に何年も一緒に仕事をして、十分にスキルの高い部下との会議などでは、彼らの思考を越えるフィードバックをするのは本当に大変である。

でも、部下や後輩に深く考えることを課す以上、それに対して正しいフィードバックをすることは必須である。なぜなら、そのプロセスがないと、正しい方向に考えられているかどうかのディレクションが当人には分からないからである。

4つの条件をクリアする簡単な会議での実践法

ここまで日々の人材育成における4つのきおつけるべきポイントを紹介してきたが、最後に私が普段実践している会議の実践方法を皆さんに紹介して、日々の人材育成のパートを締めくくりたい。私は自身が出席する自部署の打ち合わせにおいて、報告者一人に対して最低1回は何らかのフィードバックをすることを自分への義務として課している。もちろん、時間の都合などで難しい場合もあるが、原則そうするように心がけている。なぜなら、そうすることが、自分がその打ち合わせに出席している付加価値であると考えているからである。上述の趣旨を考えれば、報告の場というのは、報告する側と報告される側の真剣勝負の場でなければならない。報告者がその期間に行ってきた施策について鋭い分析をし報告する。それに対して、報告者が思いつかないような新たな視点を加えてフィードバックする。その繰り返されるプロセスが、自分のチームのメンバーが成長する最も重要な機会である。そして、その質が高ければ高いほど、次回の報告までのプロセスの質が高くなるわけである。

真剣勝負であると考えるのであれば、とても内職などしていられない。頭をフル回転して、報告を聞かなければならない。そのような気持ちで、部下や後輩の報告をあなたは聞いているであろうか?是非一度見直してみることをお勧めしたい。

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