なぜFull Funnelへの投資が必要?

デジタル広告はBottom Funnelに相性が良いマーケ手法

前回、Full Funnel Marketingの概念について説明をしたので、その考え方についてはご理解をいただけたと思う。今回は、デジタルマーケティングに軸足を置いた場合、Full Funnel Marketingをどのように捉えたらよいのかということについて考えてみたいと思う。

そもそも、デジタルマーケティングに軸足を置いたときと、そうでないときにFull Funnel Marketingの考え方が変わるのであろうか?本質的な意味では変わらないという意見もあるかもしれないが、実務上は非常に大きな違いがあるというのが私の意見である。問題は、デジタルマーケティングにおけるパフォーマンスマーケティングの比重の大きさに起因する。

そもそも、これまで議論してきたパフォーマンスマーケティングの手法というのは、Full Funnelのどの部分に該当するのであろうか?もちろん3レイヤーのそれぞれの層に少しずつ効いているといえなくはないが、間違いなく主眼においているのはBottom Funnelである。その一番の証拠がパフォーマンスマーケティングを行うときに企業が設定する成果認識をするポイントである。殆どの企業はパフォーマンスマーケティングの成果認識を商品購買や、会員登録、アプリインストールのようにBottom Funnelに該当する項目に設定している。そして、広告メディアのAIは認知度でもなく、商品理解度でもなく、Bottom FunnelのKPIを最大化するために広告配信を最適化する。

インターネットの普及に伴うデジタル広告のマーケティング視点での最大の変化は私はマーケティング施策の効果のトラッキング精度が劇的に向上したことであると私は思っているが、実はこの部分と最も相性がよいのがBottomo Funnelである。マーケティング施策実施において、Bottom Funnelの成果認識ポイントの結果を相当正確にトラッキングすることができるようになったため、マーケターは自分が行っている施策のROIを算出することができるようになった。この結果起こったことは、多くの企業でROIがある一定以上のパフォーマンスを維持できるのであれば、パフォーマンスマーケティングの広告費は理論上いくら増やしても売上利益は拡大するという相関関係を計算しやすくなった。そのロジックを理解した企業において、マーケティング費用が大幅にパフォーマンスマーケティング=Bottom Funnel施策に偏っていくという現象が起こってきた。私が関わってきた3つの会社においても、初期段階においてはそのような傾向が強かった。

Bottomの予算を減らしてUpper&Middleに予算シフトする難しさ

この現象は、実は、Upper&Middle Funnelへのマーケティング投資を拡大することのハードルを高くするという課題を同時に生むことになった。コネクテッドTVの普及により少しずつ状況は変化しているが、おそらく数年前までのUpper&Middle Funnelを大規模に行う代表的な媒体はTVCMであったが、TVCMをはじめとする旧来のオフライン広告ではそもそも施策の効果のトラッキングが出来ない。ユーザーの購入金額やLTVを計算することが可能なためROIの算出が可能なBottom Funnel施策に対して、Upper&Middle Funnel施策は、例えば認知施策であれば、認知率のリサーチ結果くらいであればサンプルリサーチをすれば出せるが、例え認知度が分かったとしても、その認知率の向上が売上増にどの程度反映されるのかが分からないというケースが大半である。

この状況になると、マーケティング予算の上限が決まっている中で、ROIが明確で、しかもポジティブなBottomo Funnelの広告予算を減らして、ROIが不明確か、計算が出来ないUpper&Middle Funnelに広告費を投下する決断をするための合理的なロジックが組めなくなる。結果として、理論上、Full Funnel Marketingの必要性は理解しつつも、Upper&Middle Funnelへの投資は拡大することが難しくなっていくのである。

実は、私自身がこれまで関わった3社の企業すべてにおいて、この課題に直面している。理由は、上述のとおりではあるのだが、この状況をさらに困難なものとする理由がある。パフォーマンスマーケティングという分野は実際に何をしているのかまでは分からなくても、CEOやCFOといった事業の数字をきちんと読める経営陣には非常に理解もしやすく、投資意思判断がしやすい性質を持っている。ロジックがシンプルで、成果認識の精度も非常に高いからである。このため、パフォーマンスマーケティングの投資規模が拡大し、長期間にわたって投資を続けていると、マーケティング部門以外の経営陣の間にも、デジタルマーケティングというのは非常にROIが正確に把握できるコントロールがしやすい分野であるというイメージが強く刷り込まれるようになってしまう。そこに、Upper&Middle Funnelの施策を持っていくと、これまで刷り込まれたクリアなロジックから、正しいかどうか分からないリサーチ結果で成果認識をして、ROIもよくわからないような施策の投資意思判断を求める形になる。そうなると、「これをやる意味が本当にあるのか?パフォーマンスマーケティングにこの金額を使った方が利益が上がるのではないか?」という話になってしまう。こうなってしまうと、Full Funnel Marketingを実施するハードルは非常に高くなる。特にそれなりの規模でパフォーマンスマーケティングを行って成功している企業になると、Upper&Middle Funnel施策に投下しなければいけないコストはいきなり数千万~数億円と規模が大きくならざるを得ないケースも多いため、ハードルは益々高くなるのである。

一方で、伝統的マーケティングの世界では、ある意味Full Funnel Marketingという概念は、おそらく必要性の議論もされることがないくらい当然のことであると思う。少なくとも私の少ないパッケージソフトのマーケティングの経験においてはそうであった。また、Upper&Middle Funnelの費用対効果が不明確な問題は、実はBottom Funnelにおいても同様であることが多いので、Bottom Funnelに予算を集中投下しようという議論も必ずしも起こらない。逆に、デジタルマーケティングにどっぷり漬かりすぎている私のような人間からすれば、どこにいくら費用投下するかを判断する根拠が殆どないため、非常に気持ち悪かったりするのであるが。

Full Funnel Marketingで中長期のマーケティング環境を改善する

いずれにしても、デジタルマーケティング、特に、パフォーマンスマーケティングを中心にマーケティングをデザインし成功してきた企業にとって、Full Funnel Marketingを本格的に実施するハードルは非常に高い。では、難しいからといって諦めてしまっても良いのだろうか?もちろん各社が置かれている状況において答えは違うが、中長期的に成長を維持しようという話になると、ほぼNoと言ってしまってもよいと思う。

この議論をするために、再度デジタル広告、パフォーマンスマーケティングにおける需要と供給のパランスに基づく価格決定の仕組の話を思い出してもらいたい。パフォーマンスマーケティングにおいては、自社と競合他社を含めたユーザー獲得の需要とそれに伴う広告予算の総額と、ターゲット顧客の数(つまり顧客の共有量)のバランスで顧客の獲得単価が決定されるということはこれまで述べてきたとおりである。

以前に議論した、正月に蟹を売るという話でも、売上を上げたい水産加工品の製造企業は予算を増やしていくが、関連しそうなリスティング広告の拡大余地がなくなり、ターゲットユーザーにアクセスしきってしまった状況でさらに売上拡大のために広告予算を増やせは、顧客獲得単価は上昇していくという話をした。

しかし、この状況を打破出来る可能性のある手法が実は2つくらい思いつくのである。

一つ目の方法は商品・サービスの需要自体を拡大するという事である。正月の蟹の例でいえば、それまで正月三が日におせち料理以外のものを食べるという発想がなかった人々に、「いくら品数が多いとはいえ3日間同じものを食べるのは嫌でしょう?だったら、折角正月に家族みんなで集まったのなら、暖かいカニ鍋などいかがでしょう?」みたいな広告をうって正月に蟹を食べるという需要を拡大するのである。もしこの施策が成功すると、例えば、「蟹 通販」みたいなキーワードの検索数自体が増大する。つまり商品の需要増=顧客の供給増になるわけである。

二つ目の方法は、蟹の需要拡大の施策を実施するときに、「蟹を買うなら〇〇水産」のようなコピーを必ず挿入し、「〇〇水産」という社名検索をしてもらい、自社のサイトに直接買いに来るユーザーの数を増やすことである。この施策は蟹の需要を増やし、「蟹 通販」のようなキーワードの検索量の増加を増やすよりも当然協力である。理由は簡単で、自社の社名を直接検索してもらえれば、競合に顧客を取られる心配が少ないからである。このような社名やサービス名での検索は「指名検索」とよばれ、非常に効果の高いリスティング広告のジャンルとしても確立している。

それ以外にも、自社の社名の認知が高まると、例えば、検索結果画面の最上部に競合の△△水産が表示され、2番目に自社の〇〇水産と低い順位で表示されていたとしても、知名度の高い自社の広告をユーザーがクリックしてくれるかもしれない。

この需要創出や、自社の認知度の向上のマーケティングというのがUpper&Middle Funnelの施策ということになるわけである。正直なところ、Bottom Funnelだけで事業成長を安定して出来ている企業には、短期的には必要な施策ではない。しかし、中長期的にそれが正しいのかといえば、よほど中長期的に競合が弱体化していき、自社が独り勝ちしてシェアを伸ばし続けられるというおいしい状況の市場でなければ、Bottom Funnel一辺倒では市場が飽和するか、過当競争となり、いつかはFull Funnel Marketingをやらなければならなくなるのである。

楽天のプロ野球参入をFull Funnel Marketing視点で考える

参考に、楽天時代の私の経験をFull Funnel Marketingの観点から述べてみたい。私が2002年に楽天市場でマーケティングを始めたころ、楽天市場で買う買わない以前に、「ECって危ない気がする。そもそもインターネットでクレジットカード情報を登録して危なくないのか?」のような意見が根強く残っており、「安心、安全」のようなキーワードを積極的にアピールせざるを得なかった。これまで市場になかった新規性の高いサービスの場合、そもそも、自社のブランドの認知度を上げることと同時に、その時点で世の中に存在しない需要自体を業界のリーダー企業が創出しなければいけない場合があり、これを全くしていないのに、Bottom Funnelにばかりコストを投下し続けても、そもそも市場への顧客の供給量が増えていかずに、事業が成長しないケースなどもよく見られるパターンである。2002年当時はそれでも何のマーケティングもしていなかったので、リスティング広告の予算もしばらくは拡大できていたし問題はなかった記憶である。

しかし、始めは楽天だけがやっていたリスティング広告も、次第に競合企業などが参加し始め、広告単価も当然高くなっていた。いま振り返れば、Full Funnel Marketingの視点でいえば、新しい市場のリーダー的なポジションにいる会社として高成長を維持するために、自社で市場を開拓しなければいけない時期に差し掛かっていたのかも知れない。

楽天の場合は、そんな状況であった2004年にプロ野球に参入するという事件が起こる。覚えていらっしゃる方は当時を思い返していただきたいが、ちょっと普通の1ベンチャー企業ではあり得ないくらいのTV等での露出があり、とにかく「楽天」というブランド名の認知度が数カ月の間に飛躍的に向上するということがあった。感覚的には、認知度20%とかの企業が一気に80-90%くらいまで上がった感覚であった。

当時の私はグループ全体のブランド管理の責任者の仕事をし始めたタイミングでもあったため、その爆発的に広がったブランド認知をどのように事業成長に活かすかを考える立場にあったが、実は結構難しい話だった。

当時の楽天ブランドの状況というのは、突然Upper Funnel施策が上手くいき、ブランドの認知度が飛躍的に増大していた。しかし、それまでBottom Funnel中心のマーケティング施策をしていたため、UpperとBottomをつなぐためのMiddle Funnelの施策がすっぽり抜け落ちているような状況であった。ただ、ではMiddleをやりましょうといっても、Upperの球団創設に結構なお金を使っており、それが自社の業績にどのように反映されるのかもよくわからないなかで、さらに費用対効果のよくわからないMiddleに大きな予算をかけるのが正しいようには思えなかったし、あれだけ広がったUpper Funnelに見合う適切なMiddleの規模もよくわからなかった。問題点は分かってはいたが、ちょっと普通ではあり得ないことが全く想定していない1-2カ月の間に起こってしまったので、準備もしていなかった。

結局は、少しづつ地方でTVCMをやってみたり、いろいろテストをしてデータを取るなどして正解を見つける期間が数年に渡ってかかった記憶がある。始めて大規模に楽天市場でTVCMをしたのは、半額セールを売りにした「楽天スーパーセール」のCM施策であったような記憶である。楽天を離れて13年くらいたつので、今のことは知らないが、私としては問題点が分かっていながら、なかなか正解が見つからない非常にチャレンジングな期間であった記憶がある。

Full Funnel Marketingというのは、TVCMをやれば良いのであれば、実施自体はたいして難しい事ではない。しかし、自社の状況に合わせて、正しい戦略で、正しい施策をデザインし、その答え合わせをして次につなげるというPDCAサイクルを作るのは非常に難しい。とくにデジタルマーケティングを真面目にやっている会社であればあるほど、そのBottom Funnelの精度の高さとUpper&Middle Funnelの精度のGAPに苦しむことになる。

ではどうすれば上手くいくのか?私なりの考えは、次回以降に議論しよう。

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