会社の意思決定の仕組みを理解する

コンプライアンスやガバナンスって至極当然な話

最近、コンプライアンスとかコーポレートガバナンスとかいう言葉がよく言われるし、上場企業だとこれらを理解するための社員研修を行うために、ハッキリ言って全く面白いとも思えないオンライン研修ビデオの視聴をさせられたりすることが多い。

私の場合、2023年に所属していた企業をIPOしなければいけなかったので、退屈な研修素材をさんざん視聴しなければならず、辟易した。

以前、性善説と性悪説のマネジメントの話をしたので、そちらも合わせて読んでいただければと思うが、コーポレートガバナンスの話が、現状のように一段も二段も厳しくなった背景は、2000年代前半のエンロンの経営破綻を引き起こした不正経理問題からであると思う(エンロン破綻)。この事件は、アメリカ有数の大企業が、債務を大規模に簿外債務化し、それを、監査する監査法人や、法的正当性を担保するはずであった顧問法律事務所もこの粉飾決算やその後の証拠隠滅を行うことに加担していたという、どう考えてもあり得ない話の連鎖のような事件であった。

株式を上場して、パブリックな会社になるということは、その会社が対外的に公表する財務諸表を始めとする開示情報が正しいことが大前提としてマーケットが成り立っている。しかし、中には悪い人間がいて、少しでも自社のパフォーマンスを良く見せようとして、財務内容をごまかしたり、良く見せようとする人がいるかもしれないので、公認会計士という公的な資格(日本では国家資格)をもった人間が会計帳簿を監査し、問題ないというお墨付きを与えるという事で、2段階のチェック機能まで備えて、この情報の正確性、真実性を担保するという仕組みである。

エンロンの事件の場合は、そもそもこのダブルチェック役の監査法人・会計事務所がきちんと機能しなかったということで、財務報告プロセスなどを厳格化するSOX法が2002年に制定され、その日本版も後日制定され、今に至っている。

もちろん、エンロンの事件のような問題は言語道断だし、あってはならないことである。このため、SOX法のような法律が出来ることも仕方ないと思う。でも、いつもコーポレートガバナンスや、ハラスメントなどの講習コンテンツを見て思うのであるが、何でワザワザ、こんな当然な話のお勉強を時間を取ってさせられなければいけないのだろうということである。私から言わせれば、エンロン事件のような話は、日常生活において「人を殺してはいけません」くらい当然すぎる話を守らなかったくらいのレベルの話に思えてならない。私は法学部ではないので、法律には余り興味も関心もないので、刑法など一行も読んだことがないが、世の中で殺人事件が起こるたびに、皆で刑法の講習会をしましょうとなるであろうか?そんな話は、少なくても大人な世界では聞いたことがない。

意思決定の基本原則=ROIの最大化

では、なぜ、このような教育・研修の機会を設けなければいけないのであろうか?私は、これまで数百人の部下のマネジメントをしてきたが、その理由は私にとっては至極当然に思えてならない、会社において意思決定がなされる仕組というのを理解出来ていない人が、現実には非常に多くいるからなのである。

ここでする話は、理解している人には何の新鮮味もない話であるので、読み飛ばしてもらって全く問題ない。しかし、これまで会社で上司に意思決定のプロセスにおいて怒られたり、文句を言われた末に、納得感がないという経験をしたことがある方は、一度読んでいただければと思う。貴方に問題があるのか、文句を言った上司が悪いのかの白黒がハッキリするであろう。

まず、会社全体の業績をコントロールするためには、会社の支出とそれに対するリターンを管理することが大前提である。これを管理する指標をROI(Return on Investment)という。計算式は、

ROI=収益/投資額

となる。

物凄い普通のことを言っていると思われるかもしれないが、企業の基本的な意思決定の基準はROIをどうやって最大化するかを基本としていると思う。ESG経営とか、SDGsとかSustainabilityとか流行りのビジネスワードがあるが、結局はROIをどれだけ最大化出来るかが大原則であり、ROIを計算する時間軸が少し(?)長くなるという話だと私は理解している。

会社員をしていると、組織の規模が大きくなればなるほど社内調整であるとか、社内政治であるとか、誰かの面子であるとか、誰かへのゴマすりであるとか、様々な要因でROIの最大化を阻害する事象が発生するかもしれないが、ハッキリ言ってそれは会社の経営としてはネガティブな要素である。株式会社というのは、株主に出資をしてもらいその資本を効率的に使って(負債も含め)、収益を生み出すというのがミッションである。

ちなみに、理論経済学では、合理的経済人仮説という、すべての人は経済的に合理的に行動する、つまり、経済的効用=収益が最大になるように合理的に行動することを前提としてあらゆる経済モデルを作っているが、上述のような会社内での非合理的な意思決定等により、ROI最大化に向けた行動が阻害されることを取引コストと呼び、市場が需要と供給の自動的な調整により価格と供給量が決定されるという市場モデルが上手くいかなくなる事例の代表例と考えられている(市場の失敗)。

ということで、会社という営利組織の意思決定のベースが収益の最大化であることはご理解いただけたと思う。

そもそもガバナンスのルールが必要な理由

では、ROIを最大化するためにはどうすれば良いのであろうか?当然、この問いに一言で答えられる回答など存在しないし、そんな答えが分かったら、私はこんな文章など書かずにその方法を使って、もっとお金を稼ぐ別の仕事をしているはずである。

今回は、ROI最大化の方法ではなく、ROI最大化を組織が目指すための管理方法の基本概念についての私なりの考え方を議論できればと思っている。

もし、会社にあらゆる社員よりも優秀で、かつ、業務の効率が抜群に高く、社内で起こるあらゆる意思決定事項に対して、迅速かつ正確に判断できる経営者がいれば、会社には意思決定のプロセスとか仕組は必要ない。唯一の決まりごとは、そのCEOに判断を仰ぐ調整をすれば良いだけである。

しかし、この方法には2つの問題がある。ひとつは、どんなに優秀な経営者であっても、会社の規模が大きくなると、自分一人では会社の意思決定事項のすべてを判断するのはリソースの限界値を越えてしまうことである。寝ずに仕事をしたとしても、人間には等しく一日24時間しか与えられないので、会社が成長すれば、何時かは個人のキャパシティを越えてしまうのである。

 二つ目の問題は、CEO個人が株を100%保有する個人企業であればよいが、上場企業のように広く投資家から資本を集めるような会社であった場合、どんなに優秀なCEOであったとしても、一人の個人にあらゆる判断を依存してしまうことは、チェック機能が全く働く余地がないため、リスクが高すぎるし、ひどい場合には、エンロンの話ではないが、不正などが起こりそうになった場合に、それが発覚しにくかったり、社員がCEOの顔色を伺って、問題が起こった後も隠蔽され続けるというようなリスクを抱えてしまうということである。

この2つを主な理由から、会社という組織は、ROIを最大化するための意思決定の仕組みを作らざるを得なくなる。ポイントは「権限委譲」と「意思決定プロセスの整備」である。

権限委譲のメリット/デメリットを理解する

まず、権限委譲から考えてみよう。

そもそも、なぜ権限移譲が必要なのかといえば、先ほどのスーパーCEOの話でも議論したが、会社の規模が大きくなると、そもそも一人のCEOがあらゆることを決めることが物理的に難しくなってくるからである。このため、権限委譲をするのであるが、そのメリットとは何であろうか?

  • CEOと相対的に比較すると現場に近いレイヤーで意思決定されるのでスピードが早くなる
  • 同様に現場に近いレイヤーで意思決定されるため、現場の状況を理解した上での意思決定がなされる可能性が高い
  • 現場に近いマネジメントの人材が意思決定をするため、事業に関する専門性の高い人材が意思決定をする可能性が高い

というのが主なメリットであろう。分かりやすく言うと、現場に近い、専門性の高い人が意思決定をするため、スピード、市場環境、専門知識の3つの側面で有利な判断が出来る可能性がある。

このように考えると、権限委譲は出来る限りした方がよいということになってしまう。しかし、現実の会社組織においては、程度の差はあれ、限界まで権限の委譲をしましょうということにはなかなかならない。ということは、デメリットについても考えてみるべきであろう。

権限委譲のデメリットとはこんな感じである

  • 権限委譲を進めれば進めるほど、意思決定者の数が多くなり、管理することが難しくなる
  • 意思決定者の人数が増えると、現実的には、意思決定者の判断のクオリティを担保することが難しくなる
  • 意思決定が細分化されすぎると、個別最適は実現するが、全体最適の実現度が下がるリスクがある

こちらも分かりやすく言えば、意思決定が細分化されると、意思決定クオリティや全体最適の実現のような管理をして、会社全体のROIを高めていくためのマネジメント・管理が難しくなってくるということである。

このため、会社という組織は、会社の規模や、戦っている市場環境、社員の能力など様々な要素のバランスを考えて、権限委譲の方法を決めることになる。

もう少し掘り下げると、例えば会社の規模の話でいえば、当然会社の規模が大きくなれば、権限委譲の程度は高くしなければいけない。そうしなければ当然意思決定のスピードが落ちるからである。

では、どの程度意思決定のスピードを落としてよいかと聞かれれば、それは戦っている市場環境に依存する。例えば、新規事業のように成功法則が確立されていなかったり、顧客の市場ニーズの変化が激しく、市場の変化にスピーディーに対応する必要がある市場で事業を行っているのであれば、権限委譲の範囲を大きくして意思決定スピードを上げなくてはいけないということになる。競合企業よりも意思決定のスピードが遅くなれば、それだけ収益を最大化する機会損失が大きくなるからである。

もし、スピードが重要だという結論になったら、それでは際限なく現場に権限委譲すれば正解なのであろうか?これもYesとは一概に言えない。それは、その会社が抱える社員の経験やスキルなど意思決定に必要な能力を備えている社員の人数、割合に依存するからである。極端なはなし、現場の社員が、(将来有望かもしれないが)新卒ホヤホヤの社員ばかりであるとしたら、適切な経験がない人に意思決定の権限を渡してしまうことになる。結果的に優秀な人材もいるかもしれないが、一般的に言って、このような状況では、権限委譲の程度は低くせざるを得ない。何らかの意思決定をする際には、一般的に言って、「対象事象に関する専門知識やスキル」、「その事業や機能が置かれた市場や会社内での立場、位置づけ」、「その会社のリスク許容度など企業文化」の3点くらいを考慮して行うのが一般的である。おそらく新卒の社員は、この3つのいずれも正しく理解している可能性が低いと言わざるを得ない。そのような人たちに権限を委譲した場合は、おそらく個々人は正しいと思って、良かれと思って意思決定をしたとしても、個々の判断に統一性がなくなり、企業としてROIを最大化する事業のコントロール性が低くなってしまうわけである。

このように、権限の委譲というのは、そのメリット、デメリットを考慮して、その会社に最適なあるべき姿を見つけなければいけないのである。それぞれの企業のマネジメントは、この点を真剣に考えながら、どこまで何の権限を委譲して、個別の意思決定のクオリティと全体最適のバランス、事業の市場対応へのスピード感などをどのようにコントロールするのかを決定するわけである。

職務権限規程と決裁システム

そして、その結果出来上がるのが「意思決定プロセスの整備」である。会社によって呼び方は異なると思うが、これらを定めたものを「職務権限規程」とよび、それを運営するためのシステムが「決裁システム/稟議システム」である。

特に重要なのは前者である。会社において、誰が何を決められるかというルールは、この「職務権限規程」によって決められている。私の経験上、この「職務権限規程」というのは会社にとって相当優先度の高いルールであり、殆どの会社においては重要な職務権限規程の変更は、CEOではなく、取締役会の承認事項である。つまり、職務権限規程のルールというのはCEOの判断より上位に位置するということになる。

そして、そのルールの運用を定型化したものが決裁システムである。基本的には、決裁システムは、そのワークフロー通りに決裁書を回せば、職務権限規程通りに意思決定がなされた証跡になるように作られている(作られていなければならない)。

成果が出れば手続きは二の次は間違い

ここまで来ると、会社でなぜ職務権限の規定が定められ、それを運用するための決裁システムが存在する理由とその重要性が理解出来ると思う。

しかし、私のこれまでの経験上、会社員として働いている多くの人たちが、これらの仕組みを面倒な手続きだという位にしか考えていない。そして、面倒な手続きだという位にしか考えていないため、これらのルールが何故決められているのかを理解しようともしていない人が多すぎるように感じるのである。

今回の話を理解すれば、よく上司に稟議を出し忘れましたとか言って、申し訳なさそうに月初に請求書を持ってくる部下がどれだけ危険な行為をしているか分かっていただけるのではないか?プロジェクトが間に合いそうになかったという言い訳をして、上司の決裁権限を越える発注案件を取引先にメールで承認してしまった後で稟議を回してくる部下の犯してしまった問題の危険性が理解できるのではないか?

この二つは、私がこれまで何度も経験した手続き不備の「あるある」であるが、このような失敗をしてしまう人は悪いとは思ってはいるが、大抵の場合問題の大きさを理解していない。私の予想は、手続きの不備位にしか思っていない気がする。なぜなら、そういう人はだいたい2回、3回と同じ失敗を繰り返すからである。そして、多くの場合、手続きの不備があっても、そのプロジェクトや投資が上手くいけば、結果オーライで、そちらの方が重要である/評価されると考えているようにも思えることも少なくない。

しかし、その考え方は大きな間違いである。職務権限規程に沿わない意思決定は、重大な越権行為である。自分で決める資格のない事項を、正当な意思決定権限者の承認なく意思決定してしまっているのである。そして、真面目にマネジメントが考えられている会社であれば、職務権限規程の内容というのは、自社が置かれている様々な状況を勘案して、その会社のROI最適化をできる可能性が高いと思われるものとして定められているはずだからである。

もちろん、どことは申し上げないが、権限委譲と市場で置かれている状況に著しいGAPがあり、社内手続きに時間がかかりすぎて機会損失が大きい職務権限規程を持つ会社を経験したこともある。でも、それはその会社のマネジメントが決めたことであるので、それが実態に合っていないからといって、現場が破ってよいという事にはならない。それにより会社の業績が上がらないリスクは会社のマネジメントが負えばよいことである。ただし、私の経験上、こういう言い訳をする人に限って、大抵の場合、時間がかかるとわかっている社内手続きのタスクを軽視して後回ししがちである。時間がかかるのが分かっているのであれば、もっと早めに準備しておけば問題ないのにである。

よく、上昇志向が高く、早くマネージャーとか課長とかに昇進したいと目標設定などでアピールして、自己のKPI達成度合いなどを一所懸命上げようとするが、手続き系が全くダメな人がいたりする。本人はKPIを達成しさえすれば評価されると思っているが、マネジメントをするということは全くそういう事ではない。少なくても私は、今回説明したような会社の意思決定の仕組みを理解出来ていない人に怖くて権限を渡すことなど出来ない。これはKPIのパフォーマンスが良いかどうか以前の問題だからである。

職務権限は、権限と責任セットで評価が大原則

ここまで、理解できると、職務権限規程というのは、自分を守ってくれる武器にもなりうる。自分の職務権限の範囲をきちんと理解していれば、その範囲で行った意思決定に対しては、組織図においてはどんなに偉い上司であっても異議を唱える権限はない。なぜなら取締役会で承認された権限の範囲内で行った正当な行為であれば、文句を言われる理由がないからである。たまに、職務権限の範囲内で行った部下の意思決定に対して、事前の確認がなかったとプロセスについて部下に文句を言っている上司がいたりするが、これは私から言わせれば上司の方が間違っている。職務権限の範囲を超えて過剰の管理をすることは、会社のマネジメントで決めた、会社全体のあるべき姿を変えて、過剰な管理をしているからである。

ただ、もちろん、職務権限の範囲内であるからといって、その人物は何をしても良いわけではない。なぜ、会社という組織が権限委譲を行っているのかを最初に戻って振り返ってもらいたい。そう、ROIを最大化するために行っているわけである。このため、意思決定者は職務権限の範囲内であればプロセスについて文句を言われることからは解放されるが、同時に、結果(投資対効果)については厳格に責任を負わなければならない。上司に相談・報告なく、自分の判断で行った投資が想定通りにいかず、この点を上司から指摘され、陰で自分の職務権限の範囲内であったと愚痴を言っている人などは、これまた自分の権限と責任の意味をはき違えている。権限の委譲というのは、その職責の人材に対して、このくらいの規模の意思決定は出来るべき、出来なければいけないという会社からの期待値によって決定されているわけなので、自己で意思決定できる権利があるということは、同時にその結果の責任も自分で負うということは間違えずに理解しなければいけない。

今回は、マーケティングとは正反対の全く面白くないかもしれない、会社の手続きが何故存在しているのかという話をした。しかし、会社の手続きというのは、基本的にはその会社がどのような会社でありたいのかという思想の反映であると私は思っているので、結構重要な話だと思っている。もちろん、会社の考えが間違っていることも多く存在する。正直に言えば、私のようなオーナー企業での経験が長いと、そう思うことも少なくなかった。しかし、職務権限というのは、会社の株主総会に次ぐ意思決定機関である取締役会で決定された簡単には変えられない事項であるため、ある程度その範囲内で上手くやる方法を考えなければいけない。会社が間違っているからといって決して破ってよいルールではないのである。なぜなら、このプロセスを正しくオペレーションすることが、自己に課されたKPIを達成するのと同等レベルで重要な評価項目なのであるから。

マーケターは私も含めて手続きが嫌いな人が多い。正直私もどちらかといえば好きではない。でも、同時に100人以上の組織をマネジメントしようとおもうと、間違いなくルールは必要である。それがないと安心して部下に仕事を任せられない。マーケティングのマネジメントになりたいと思っている人は、会社の手続きを余り馬鹿にしない方がよいと思う。そうしないと、マーケティングは出来ても、マネジメントが出来る人材と認識されないので、マーケティングのマネージャーにはなることができないので。

知識とスキルの違い

優秀な若者の悩み

先日、私が非常に優秀だと思っている若者と話していた時の話が面白かったので、少しその話題を書いてみたいと思う。その若者は、ある特定の業種向けのマーケティングのサービスを提供して高い成果を出した実績があり、そのころの仕事ぶりをパートナー企業の立場で見ていた私としては、非常に優秀な人材であると感じて、継続的にコミュニケーションをしているのだが、彼がとある案件で私と仕事をしているときに、自分には能力が足りないと痛感した、非常に悔しい思いをしたという話をしていた。

私は彼と仕事をしていて全くそのような劣等感を感じているとは想像もしていなかったのであるが、よく話を聞いてみると、背景はこんな感じであった。彼は、これまで関わってきた業種向けの案件であれば、いろいろなアイディアが浮かんだり、顧客の問題についてのソリューションを思いついたりすることが出来るのであるが、それが異なる業種の案件になると、打ち合わせをしていても私の思いつくアイディアであるとか、ソリューションに感心するだけで、全然スピードとアイディアの量についていけないというのである。

普段から、彼と接していて、人とは違う発想力や、物事の本質を考える力、デジタルマーケティング的な考え方など、十分な力があると私は感じていたので、彼がそのように感じていることに結構驚いたというのが正直な感想であった。

この話を聞いたとき、私が十分に能力があると評価している人材が何でそのような悩みを持つ状況になったのだろうということを考えたのだが、その整理の仕方は、もしかしたら多くの人の役に立つのではないかとおもったので、その辺の話をここから書きたいと思う。

業務を実行する能力を2つの要素に分解する

仕事のパフォーマンスを出そうと思ったときに、ある個人が特定のタスクを実現できる能力があるかどうかを左右するのは、大きく分けると2つの要素に分解出来ると考えられる。

ひとつは、例えばマーケティングであれば、私がマーケティングの基礎体力と呼んでいるあるファンクションのタスクを実行するために必要な基本的なスキルである。そして、もう一つが特定の業種に対する情報であるとか、タスクを実行するために利用するツールの使い方などに代表される知識である。私は幸いにも、楽天在籍当時、マーケティングのグループ統括部署の責任者のような事業会社にいながら非常に多くの業種、サービスのマーケティングをする機会を得ることが出来たため、この2つの違いを30歳前後の若い時期に認識出来たので、無意識のレベルで使い分けられるくらい、当然のことだと思っていた。しかし、この話の切っ掛けを作ってくれた若者の話を聞いて、この2つを分離をすることって、相当優秀な人材であっても上手くできていないことが結構あるのだと思うようになったわけである。

このスキルと知識の違いについて、もう少し分かりやすく実感していただけるように、私が良く使う例で説明してみよう。

ある大手総合広告代理店のトップストラテジープランナー(ストプラ)がいるとしよう。その人物はその代理店でこれまで多くのクライアントのマーケティングキャンペーンの案件を成功させてきた実績を持っている。そのクライアントの業種は、消費財メーカーもあれば、大手食品メーカーもあり、自動車会社もありと多種多様である。ここで質問!この人物は、これまで成功したマーケティングキャンペーンの対象になった案件に対して、その業界で長く働いてきた例えば事業会社のマーケティング担当者より対象の業界について詳しい知識を持っていたであろうか?

私は、自信をもって答えは「No」であると思う。もし、この答えが「Yes」であったのであれば、この人物は尋常ではない脳みそのスペックを持っていると思う。大手総合代理店のトップレベルのストプラであれば、普通の人より遥かに優秀な人である可能性は高いが、私がこれまでつきあってきた人たちとの経験から考えると、この質問に対して「Yes」といえるほど常軌を逸した脳みその持ち主には出会った記憶がない。

では、このストプラの人物がこれまでの成果をあげられた理由は何なのであろうか?それは、クライアント企業の業種についての知識がクライアント以上に多いからではなく、クライアント企業のマーケティングの状況や課題を理解し、それを裏付けるリサーチ能力やデータ分析能力に優れ、そこから得られた情報を基に課題の原因となっている解決すべき問題点の本質を理解し、その解決策を考えるという一連のプロセスを他の人よりも上手に出来るということである可能性が高いとわたしは考えている。

ここで重要なのは、私が例示した一つ一つのプロセスにおいて必要なことは、クライアント企業の業種についてのストックされた知識ではなく、様々な方法を通じて収集した情報を読み解き、そこから解決策を導き出すスキルである。つまり、知識については、情報収集スキル、リサーチスキルが備わっていれば、プロジェクトの中で入手できるため、事前に持っている必要はないということになる。

この話を私がよくするのは、マーケティングをするときに、ターゲット顧客の気持ちが1人称で分かる必要があるのかどうかという議論をするときなのであるが、私はこの議論の答えは、「必ずしも必要ない。但し、理解できていけないわけではない。」だと思っている。もし、そうでなければ、ほぼゲームに興味もなく、自社で発売するゲームをほぼユーザーとしてプレイしたことのない自分が、ゲーム会社のマーケティングの責任者を5年以上務めてそれなりの成果が出せるわけがない。つまり、私自身を肯定するためにも、この議論の答えはこうでなければならないのだ。

自分の脳のストックを知識とスキルに整理し直す

という前提で、最初の若者の悩みに戻って見よう。この人物は、ある特定業種のマーケティングにおいて、自分でクリエイティブな手法を編み出し、大きな成果を出した。私はその成果をみて、非常に独創的で、問題の本質を考えてサービスを構築していたと評価していた。しかし、彼は、その業種で彼自身が培ってきたデジタルマーケティングの方法論とその業種の特殊性を一体化して自分の脳の引き出しの中にストックしてしまっている。このため、他の業種向けにサービスを提供しようと思って、打ち合わせに参加した際に、それまで培ってきたマーケティングスキルを取り出して、転用することが出来ないのだ。

では、知識とスキルの分離はどのようにすれば出来るのであろうか?私は一言でいうと訓練の量であると思っている。つまり、自分の中にストックされている情報が特定の業種者特定の業種や特定のマーケティングファンクションに適用可能な知識であるのか、マーケティングに汎用的に活用出来るスキルであるのかを、仕分けする機会を増やしていくという事である。

これは、三木谷さんから受けた大きな影響のひとつであるが、以前三木谷さんはご自身の強み、他の人より優れたポイントはある事象(事業)で起こったことをそれ以外の事象に横展開する能力だと思うと話されていた。そして、実際、私が在職当時の楽天において三木谷さんが出席しているMTGで話されていた内容というのは、正にその実践であった。例えば、「楽天市場のマーケティング施策でこのような成功事例があった。楽天トラベルも同じ考え方でマーケティングをしているのだから、この部分をトラベル向けにカスタマイズしてやってみたらどうだろう?」というような議論が多く交わされていた。私は、この思考方法を多くの打ち合わせの場に同席することで、おそらく自然と吸収していたのだと思うが、楽天グループのすべてのサービスを統括するという役割において、同じようなスタンスで様々な事業のマーケティング活動を見つめ、たの事業への転用を考えるという癖がついていった。これをすると、日々目の前で起こっているマーケティング活動とその結果を見ながら、このポイントはどの事業、似たような事業でも活用できる汎用的なスキルで、これはこの業種特有の知識であるという情報の仕分けが日常的に行われるようになったわけである。

誰にでも出来る実践方法

というのが、この知識とスキルの分離をするための方法論なのであるが、このような話をすると、お前は楽天のように何十もサービスを抱えている企業のマーケティング統括部門のような恵まれた環境にいるからそれができるのだと文句を言われそうなので、そのような環境にいなくても、同じようなことが出来る方法論をご紹介しよう。

といっても、これもこれまで話したことのないような全く新しい手法ではない。以前、人材育成のパートの楽しく働くで我々ば日々マーケティング・広告に囲まれまくって生きているという話をし、その中で例えば心に響いた広告、記憶に残っている広告について、なぜそれが自分に届いているのかを考えてみることがマーケティングを自分事化して考える方法であるという話をした。正に、このプロセスが、自分のマーケティングの情報を自分の仕事として関わっている業種やファンクション以外に転用する機会である。私も2社目以降の就職先は基本は単一業種に近い企業で働いてきたので分かるのであるが、ずっとひとつの業種やもっと極端に言えばひとつの商品のマーケティングをしていると、自分のマーケティングの情報が知識なのかスキルなのかが分離しにくくなってしまう。そうすると、そもそも自分の頭の整理も出来ないし、外部のアイディアを自分の事業のマーケティング活動に転用するということがやりにくくなってしまう。このようなことにならないようにするためには、まずは例え単一の業種やファンクションしか現時点では担っていないとしても、自分の持っている情報の知識とスキルの切り分けをすることが有効になるわけである。そのためには、自分の脳みそにストックされている情報を、普段とは異なる環境でアウトプットしてみる機会は意識的に作らないといけない。

私は、ハッキリ言ってマーケティングオタクみたいなところがあるので、意識しなくても直ぐにそのように考える性分になので、日常的に行いまくっているのであるが、自分の思考を例えば毎晩振り返って、そのようなことが自然に発生していないということが自覚できているのであれば、ずっと考えている必要はないが、例えば朝出勤する電車の中でなんとなくSNSのタイムラインを見る代わりに10分間この24時間を振り返って、心に残った広告について考えてみるなどしてみてはどうであろう。ちなみに、私は一時期、電車の中でスマートフォンを見るのを原則やめるということを数年続けていたことがあるが、自分へのインプットを増やす、特に自分に過度にパーソナライズされていないインプットを増やすという意味では、これも有用な方法である。スマートフォンを始めとしたデジタル空間は、現状ドンドンAIによるパーソナライズが進んでしまっているので、Inputされる情報の多様性がどんどん狭くなってしまっていると思う。自分へのInput情報の多様性を増やす努力は、意図的に行ってみると、脳の刺激にもなるし、ここで私が紹介した、普段の業務情報の他のシチュエーションでのアウトプット機会の創出にも繋がるわけである。

今回の話の切っ掛けを作ってくれた若者をみて改めて思ったのは、知識とスキルの分離は、その人の能力の高さにはそれ程依存しないと思う。訓練する機会が正しく提供されるかどうかの違いである。ある特定の業種のある特定のファンクションで専門性を高めることにももちろん高い価値はあると思っている。そんなキャリアを歩んでいる人が今回の話が少しでも気になったということであれば、ここで紹介した方法論を参考にして、実践をしてみてほしい。自分の悩んでいることの答えが、実は予想外の所で見つかったりするかもしれない。

退職率が低い職場を作る方法

年間の退職率2-3%を実現する

多くの会社で優秀な社員をどうやって自社にとどめておくのかというのは大きな課題である。以前に人材育成の話で、放っておいても育つような社員は20-30分の1程度の確率でしか出現しないという話をしたが、人材育成の仕組みが整っていない企業においては、この20-30分の1の確率でしか出現しないレアキャラにやめられたりすると組織全体のパフォーマンスが極端に低下するというような事態が発生しかねないからだ。

ただ、私個人の経験でいうと30代前半のまだ私自身が今と比べて大分子供であった時に若干の例外があるかもしれないが、マーケターという範囲でいえば余り自身の部署で抜けらられて困るような社員に退職されて困ったという経験はそれほど多くない(もちろんないとは言わないが)。以前にも書いたが、おそらく私がマネジメントしていたマーケティングの部署の退職率はおそらく年間で2-3%程度(100人の部署で2-3人やめる程度)が平均だと思う(例外は最近のエンジニアで、こちらのマーケティングに限定している)。

では、自社、自部署の退職数を減らすために必要なことは何であろうか?小まめなコミュニケーションであろうか?高い給与であろうか?残業の少なさであろうか?よい福利厚生であろうか?もちろん、いま例に挙げた条件は当然良いに越したことはない。業界の水準と比較して、これらの条件が著しく良くできるという場合は、もちろん退職率を下げることは出来るであろう。但し、これらを実現するためには、多くの場合会社としては当然コストを払わなければいけないので、本業の利益水準が対競合比で著しく高いことが条件となる。その条件が整わない状況で社員に大盤振る舞いで還元ばかりしていては、残念ながら退職率は下がっても会社が永続的に存在し得なくなってしまう。

このため、今回の議論では、社員の退職というテーマで考えるが、前提とするのは会社として直接キャッシュアウトが発生しないような、現場のマネジメントのレベルでコントロール出来る事項に絞って話をしたいと思う。

部下にいつでも転職出来るスキルを身に着けさせる

まず、私が部下に対していつも考えている基本スタンスについてお話したい。私は、これを自部署のMTGなどで公言していたのだが、自分の責任は、自分と一緒に仕事をしてくれた人が自分の会社以外に転職しようと思ったときに、苦労せずに転職できるように成長してもらうことであると考えている。そのために、育成環境を整え、成長する機会も提供するというのが部下を預かるポジションにいる人間の責任であると考えている。このように書くと寧ろ転職を推進していると誤解してほしくないが、そもそも、働きながら自分の成長も感じられず、スキルの習得も出来ないような職場で仕事をすることが魅力的ではないと考えているので、どこに出ても恥ずかしくないような、胸を張って自分が行った仕事を語ることが出来るような経験ができる部署にしたいと思っていることが、背景にあるとご理解いただきたい。

では、人がドンドン成長し、スキルを身に着けられる職場で退職率が高いのかといえば、前述のとおりそうではないと考えている。では、転職出来るスキルを身に着けた人材が転職せずにとどまり続けられる組織とはどのような組織なのであろうか?それは、単純でさらに継続して成長することができる組織であると思う。別にお金がすべてだとも思っていないが、ジョブ型雇用や能力重視の評価制度(なんか当然の話にしか思えないが)が重要視されてくる今後の日本の企業社会において自分の評価を上げて、給与をあげていくためには、自分のスキルと能力の上限を上げ続けるしか方法はないと思っている。そのように考えると、雇用される側に取って一番リスクが高い職場というのは、自分の成長が止まってしまう職場である。逆に言えば、自分がより成長することが出来る職場であれば、それを放棄して転職してしまうことは、結構大きなリスクであると私は考えているし、実際にそこまでドライには考えていなくても、転職を考える際に、似たようなことをおぼろげに考えている人は多いのではないかと思う。

社員の能力向上は会社が提供できる最高の付加価値

私は、自部署のメンバーを成長させる人材育成とは、部署のメンバーに対する最も重要な付加価値の提供であると考えている。そのためには、自部署の活動自体を常にバージョンアップさせ、昨日より今日、先月より今月、去年より今年がより高い次元のマーケティング活動をしている必要がある。去年と同じことをしていては、その部署自体が成長していることにならないし、その部署自体が成長しなければその部署で働いている人材にとっても成長の機会がないからである。逆に言えば、自分の部署の活動が常に改善、レベルアップし続けられている限り、チームのメンバーには常に成長の機会が提供され続けられるわけである。

私は、自分の部署のマネジメントにとって、これほど好都合な正の循環はないと思っている。自分の部署の活動が洗練されるほど部下のモチベーションが高まり、会社の業績も改善するのだ。

ぶっちゃけ言うと、この辺の話は結果論で、自分の部署の退職率が低いという事実から、なぜそれが実現できたのだろうというのを振り返った末の、自分なりの後付けの理由である。私自身は、単なるマーケティングオタクみたいな側面が強いため、やったことのない新しいマーケティングの考え方や、新しいツール、新しいメディアなどを常に取り入れて、PDCAを回し続けているだけである。その理由も、もちろん結果的に会社の業績を改善することを視野に入れてはいるが、本音で言えば、単純に好奇心と楽しみみたいな側面の方が大きい。ただ、結果だけ見ると、私自身の動機がどこにあるのかは重要ではなく、そのように変わったCMOがマネジメントしているマーケティング部門というのは、マーケターが働く場を作るという意味では良いサイクルが回る状況であったのだと持っている。

退職率を低くするためには、自分の組織を働く場として魅力のある場所にしなければならない。たまに、採用ブランディングみたいな話をすると、採用部門の人たちは自分たちの会社がどのように良い会社なのかを一生懸命議論しているのに遭遇する。もちろん、それ自体は正しいことだし、真剣にやっていることなので否定は全くしない。しかし、その結論をみて、感じることは「それってこの会社固有の特徴なの?」という内容であることが非常に多いという事実だ。それでは良い人も採用出来ないし、良い人を採用出来たとしても定着しない。

やはり重要なのは、その組織が働く場として本質的に付加価値がある職場なのかというもっと重要視されなければいけない。私は、それは自分の専門分野における、自身のスキルの成長であると思っている。だって、皆高く評価されたいはずなのだから。

信頼とマネジメント

職場の信頼感は働く場として不可欠な条件

このBlogのように、マーケティングのデータの話、ロジックの話を延々と述べているので、こういうことを言うと驚かれるかもしれないが、私が働く場に最も重要だと思っていることは「信頼感」である。以前、性善説と性悪説の話をしたが、私は自分も性善説でマネジメントされたいし、自分の組織もそのようにマネジメントしたいので、その基盤となる「信頼感」のない組織では幾らそれ以外の条件が良かったとしても、仕事をすることはできない。

では、ビジネスにおいて、信頼感を醸成するためには何をしなければいけないのであろうか?ひたすらいい人を演じれば良いのであろうか?私は決してそうではないと思う。客観的な評価は自分では分からないが、私自身はごく一部の人を除いで、一緒に仕事をしてきた人たちとは良い信頼関係を持って仕事をしてきたつもりでいる。非常にマイペースな人間なので、周りからの評価に鈍感すぎて、信頼されていないことを感じていないだけなのかもしれないが。私自身が周りからある程度信頼を得られているとして、自分でいう話でもない気がするが、私自身は全くいわゆる「いい人」ではないと思う。自分の意見は結構頑固に曲げないし、時間にはルーズだし、小まめな気遣いを出来るような人間でもない。物凄く短気だし、言いたいことは結構ストレートに言わないと気が済まないタイプである。と悪いところを公表してもうれしくもなんともないが、まあ、普通にそれなりに困った感じの人間である。でも、それなりに仕事場では信頼感を持たれて四半世紀働けてきたと思っている。

職場で信頼を得るための3つのポイント

では、信頼感とはどのように築かれるのであろうか?私は単純に3つのポイントが守られるかどうかではないかと思う。

①任された仕事でパフォーマンスを出す、②上手くいかなかったときに責任を明確に示す、③嘘をつかない・ルールを守る。物凄く単純であるが、じつはこの3点をやり通すことができれば、職場での信頼関係というのは基本的には築かれるのだと思っている。

①任された仕事でパフォーマンスを出す

職場での評価の大原則は、業務におけるパフォーマンスである。決してパーソナリティが優先されることはない。よくミドルマネジメントの人間と話していてメンバーの評価で「〇〇さんはすごくいい人」という評価が結構最初の方で出てきたら、私はパフォーマンスやスキルで褒められる部分が少ないのねと思ってしまう。職場での人物評価で最優先されるべきは間違いなく業務におけるパフォーマンスとそれを実現するためのスキルである。

また、パフォーマンスを上げる利点はそれ以外にも存在する。職場においてパフォーマンスを上げている人材は多くの場合細かく管理・干渉されずに仕事をすることが出来る場合が多い。このような状態になると、周囲からの信頼感を感じることでできるようになりやすい。逆にパフォーマンスをあげていない人材については、上司は放置しておくわけにはいかないので、事細かに管理・監督しなければいけなくなる。そのような状態になると、双方に取ってお互いの信頼感を感じることが難しくなる。

このように考えれば、職場における信頼感の大前提はパフォーマンスを上げることであると分かる。もちろんそれを実現するためには、当人はパフォーマンスを上げられるように日々の業務にまい進し、業務のクオリティを上げるためのスキルの習得に励まなければいけない。一方、上司・先輩の立場にある人間は、部下・後輩の信頼感を上げるために、正しく管理・監督し、人材育成の努力を注がなければならない。

②上手くいかなかったときに明確に責任を示す

職場での基本はパフォーマンスをあげることであるのは大前提であるが、すべてが上手くいくわけではない。当然失敗すること、想定外にパフォーマンスが低くなってしまうこともある。寧ろ、いつも想定通り上手くいくという人は、飛びぬけて優秀な人でない限り、上手くいきそうな仕事しか任されないか、請け負わないかのどちらかなのではないかと疑ってしまう。私は、ビジネスというのはチャレンジしないと大きな成果は得られないと思っているので、上手くいきそうなことだけ選んでいる人はそもそも成長しないと思っている。

という前提で考えると、パフォーマンスを上げられる人というのは、失敗とは言わないまでも、上手くいかないということは寧ろワンセットで発生するものだと思っている。もちろんデジタルマーケティングの基本のひとつに「小さな失敗を早く、意図を持って」と言っているので、失敗の大きさをコントロールして、「大失敗」ではなく「想定通り上手くいかない」くらいに収めることは当然必要であるが。

ということで、ある程度思った通りに行かないことは多々ある前提で、日々のパフォーマンスで築き上げた信頼感を維持するために重要なのは、その状況におけるスタンスである。結論から言えば「逃げずに責任を明確に示す」ことが求められると思う。昔ながらのお堅い日本企業で人事評価が減点法みたいな時代遅れな組織がどのくらいあるのか分からないが、現代の全うな会社であれば、正しい小さな失敗は評価されるべきことで、非難されることであってはならないと思うので、上手くいかなかったときは明確に自分の責任で上手くいかなかったことを表明してしまうことが非常に重要だと思っている。

もちろん、そのためには、単に謝るだけでなく、なぜうまくいかなかったのかは客観的に分析し、次回より改善したパフォーマンスをすることは前提であるが。

なぜ、このようなある種当然の話をするのかといえば、私が見てきた中で、それなりの割合の人間が、責任を明確にせず、環境や部下のパフォーマンスに失敗の原因を求めようとする人がいるからである。もちろん、それが原因であることもあるのかもしれないが、そもそもその業務を請け負った時点で、責任者は環境や部下のパフォーマンスも考慮に入れてマネジメントしなければいけない。それなのに、自分の想定不足を棚に上げて、自分で責任を取ろうとしない人が結構いる。私はこういうたぐいの人物は基本的には信頼できないと思っている。

いろいろな人を見ていて、この種の失敗をしてしまう人で多いと感じてしまうのは、怒られることに対して、拒否反応なのか、恐怖感が強い人である気がする。それが、子供のころの教育環境なのか、社会人としての原体験(おもに新卒1社目の会社の経験)によるのかはよくわからないが。

また、このような態度を組織内の人間に生まないように心理的な安心感を醸成するためには、上司・先輩の側にも注意すべき点がある。私の考える悪いパターンは2つある。一つ目の悪いパターンは必要以上に詰め寄るタイプのコミュニケーションである。最近はパワハラとか言われてしまうことも多いので大分減ってきてはいるのかもしれないが、詰め寄ることによって危機感をあおるタイプのマネジメントを多用しすぎると、マネジメントされる側はとにかくその状況を逃れようと「言い訳」をするようになる。言い訳というのは、基本的には自分が原因ではなく、周りに原因を求めるという行為なので、やり過ぎると結局組織全体に責任逃れをする体質を作ってしまう危険性があることを認識すべきである。私はなるべく相手が「申し訳ありません」等の謝罪の言葉を2回程度述べたらそれ以上は深く追求せずに、何が問題であったのかを一緒に考えるモードに切り替えるように心がけている。謝罪の言葉の数で反省の度合いを測ろうとしているのか、優位に立った優越感に浸りたいのかは不明だが、何度も謝罪させるタイプのコミュニケーションは、怒っている側の快感のためか、心理的安心感を破壊するための行為以外の何物でもないと思う。

二つ目の悪いパターンは、相手が何らかの失敗をしたときに、その時は何も不満の表明もしない代わりに、陰で「アイツは駄目だ」みたいな発言を親しい人間にだけ表明するようなタイプのコミュニケーションである。大体このタイプのマネジメントをする人間は部下や後輩に小まめに改善指導をせずに、いきなり最後通牒のようなコミュニケーションをする。もちろん、それは評価された本人にとってもたまったものではないが、当然そういうコミュニケーションの仕方は周りも見ているので、組織全体に自己の責任を明確化する安心感が減退していくことになる。

職場の信頼感というのは、信頼感を失った人間の側ばかりに原因を求めがちだが、私自身は組織をマネジメントする側の手法の方に問題があることの方が多い気がしている。少なくても、私がマネジメントしてきた組織で、この10年間くらいは無意味な言い訳をするような部下に直面した記憶はあまりない。

③嘘をつかない、ルールを守る

ここまでくると余りに当然の話な気がするが、現実問題としては残念ながら、この人間として超基本的な事なのではないかと思うようなことが出来ずに信頼感を失っていく人間が、結構な割合で存在する。

おそらく、前述した怒られることへの拒否反応か恐怖感が極度に強い人に多い気がするが、言い訳が度を越しすぎて「嘘」になってしまう人が、たくさんとは言わないが、ある一定数存在するということは分かっている。

この手の人物で最もたちが悪いのは、嘘をつき続けているうちに、実は一番その嘘に洗脳されて、自分では本当のことを言っていると勘違いしてしまっている節がある人である。

一番重要なことは、②で述べたように、人をこのような状況に追い込まないように自分の組織をマネジメントする方法を工夫すべきであるが、それでも、嘘をついたり、基本的なルールを守らない人間は厳正に処分することで、全うな人間で組織が構成されるように明確化しなければいけない。

私は大学時代に理論経済学を専攻していたのだが、私が全く馴染めなかった大前提が「合理的経済人」という理論経済学の仮説である。簡単に言うと、人間は自己の利益を最大化するために合理的な判断をするものという前提だ。この前提があるから、理論経済学というのは数式のモデルで議論することが可能である。最近はやりの行動経済学と、この合理的経済人の仮説は正しくないよねという前提に立っている(このため私は親近感がある)。実はこれが、私が大学院に行くときに経済学から商学に変わった最大の理由なのだが、人が集まる組織というのは、このように合理的に正しいとは思えない判断をして、信頼感を損ねてしまう人が多いのが凄く残念な気がしている。でも、それは、そうすることが合理的に思えてしまう環境を作ってしまった側にもそれなりに原因があるような気がする。まあ、それなりにいい歳になってしまっている人で、染み付いてしまっている人は難しいかもしれないが、可能な限り信頼感で人間関係が構築されている組織で仕事をしたいものである。

(番外編)多角的競争優位性の確立

スタートアップ企業特有の競争戦略は存在するのか?

このBlogでいろいろ書いていると、昔のことをちょこちょこ思い出すことがある。今回のタイトルの「多角的優位性の確立」という言葉は、何を隠そう私の大学院時代の修士論文のタイトルである。最近、いろいろ考えていると、楽天で学生社員として働きながら書いたことも、あながち間違っていないような気もしてきたので、今日は25年前にある大学院生が考えた話を今の私の経験によるUpdateも少し追加しながらダイジェストで議論したい。

まず、論文の主要テーマは、「スタートアップ企業、ベンチャー企業特有の競争戦略というものがあるのか?、あるとすれば、それはジェネラルな競争戦略とどのように違うのか?」というものであった。この点を調べるために、まず問題となるのが何を調べれば、正しくこのお題を検討することが出来るのかという事であった。そこで、私は研究するテーマ、業界、企業の選択をするために、次のような条件を設定した。

  • 成功したスタートアップ企業であること
  • その企業が活動する業界には、対象会社以外にもスタートアップ、中小企業が複数存在していること
  • その企業が活動する業界には、対象企業参入前にすでに成功している規模の大きな企業が存在していること
  • 複数のスタートアップ、中小企業の中で、対象企業が唯一の成功企業であること

この4つくらいの条件をクリアできていれば、成功しているスタートアップと成功していないスタートアップ、中小企業、さらにはすでに成功している大規模企業を比較することで、成功するスタートアップの戦略の特徴が理解できるのではないかと考えた。逆に言えば、この4つの条件が揃わないと、比較対象がないという意味で私の問題意識を解決する結論は入手できないと思われた。前に、新規事業やスタートアップが成功するかどうかの最も重要なことは「タイミング」と「組み合わせ」であるという議論をした。これは、本当に真実だと思っているが、特にタイミングが良いかどうかだけであれば、正直言ってマイケル・ポーターのダイヤモンドフレームワークのような業界分析の既存の分析ツールが存在するのでそれで十分だし、そもそも戦略ではないような気がした。

日本の映画配給産業を例にスタートアップの戦略論を考える

ということで、いろいろな業界を調べた結果、GAGAという会社を見つけた。ちなみに、GAGAについては、論文を書いて以降に私の知識は全くアップデートされていないので、2000年以降の同社の状況については全く知らないし、これから述べることも、当時得られた各種文献情報をもとに私が勝手に解釈しただけの話なので、内部の情報を持っている方が全く異なる理解をされるかもしれないが、その点は昔話ということでご容赦いただきたい。

GAGAという会社は、映画を買い付けてきて、映画館で上映したり、DVDで販売したり、レンタルしたりして収益を得る映画配給業という業界の企業である。この業界は、東宝、東映、松竹のような日系大手、ディスニー、Foxのような外資系メジャー大手、そして小規模な中小、ベンチャー企業という3つの企業タイプにより構成されている業界であった。

そして、この中小、ベンチャー企業の中から、日系の大手企業の規模までほぼ唯一成長しつつあったのがGAGAというベンチャー企業であった。という分けで、GAGAという会社は、事前に設定した研究対象の4つの条件をクリアすることが出来る良い素材と思えたのである。

1990年前後の映画産業の市場環境とは?

背景知識がない方のために、当時の映画業界の市場環境を少し共有する。もともと映画業界というのは、映画製作会社が映画を作り、配給会社が流通させ収益を得るというビジネスモデルである。ただ、流通の部分に時代とともに少しずつ変化があり、当初は映画というのは映画館で観客が入場料を支払って鑑賞するものであった。このため配給会社は、映画館にフィルムを売り・貸し、映画館の入場料収入から収益を得るというビジネスモデルであった。それ以外の副次的な収入というのは、テレビで映画放映をするときにテレビ局から得られる利用料や飛行機の中で上映する(昔の飛行機は座席ごとのスクリーンでなく、プロジェクターでスクリーンに上映していた)時の利用料を得る程度であった。

しかし、1980年代に入ると、家庭用ビデオが普及しだし、映画というコンテンツの流通先の多様化が起こるという環境の変化が発生した。消費者としては、この変化は単に映画館でしか見られなかった映画が、自宅のテレビの画面で見られるという程度の変化である。しかし、映画の配給会社にとっては、これは大変大きな変化であった。それまでの映画館というのは、それなりの規模の施設である程度多くの人数に一度に同じ映画を見てもらわなければならないという制約があった。このため、ひとつの街で1回の上映に数人とかしか観客が集まらないような映画は収益性が合わないので、マニアックな映画というのは上映先を見つけるのが困難であった。しかし、家庭で映画を見たいときに見られるビデオ市場は、ニッチな映画が収益を得る方法を提供することが出来るようになったのである。

GAGAという会社は実はこの市場変化にいち早く対応して成長のチャンスをつかんだ会社であった。具体的には、ニッチ過ぎてとても日本の映画館で上映出来そうもない海外のニッチなホラー映画などを積極的に買い付けてきて、日本でビデオで流通させることで収益を得ることで、初期の事業成長を実現した。

ただし、インターネットの普及期に似たようなアイディアの会社が多数出現するのと同様、ビデオの出現のタイミングで、似たようなビジネス展開をする小規模な映画配給会社は存在したため、その意味で、ビデオ市場の出現は、GAGAにとって私の言う「タイミング」としての切っ掛けにはなったが、それが数多ある中小映画配給会社の中から唯一大手に肩を並べるまでに成長した理由にはならない。

そんなビデオ市場の発展によるニッチ映画市場の収益化のビジネスチャンスの出現は、映画の制作側に市場変化をもたらす。ビデオ出現以前は、商業的に映画を成功させるためには、ある程度の規模で映画館での上映を実現するしかなかったので、全国規模の映画館とのリレーションをを構築している日米の大手制作会社とその子会社である配給会社しか、成功することが難しいという構造であった。しかし、ビデオによる流通市場側の変化で、新たな投資回収機会を得たことで、独立系の制作スタジオがメジャースタジオには作れないようなアグレッシブなコンセプトの映画を作るチャンスが創出されたのである。この変化は、系列の配給会社での配給が制作時点から決まっていたというそれ以前の制作-配給の一体モデルから、制作と配給の分離という市場の変化を引き起こした。

これにより、当初は小規模な独立系のニッチ向けの映画しか取り扱えなかった小規模な配給会社が、大きなヒットを狙える映画の配給を狙えるビジネスチャンスが発生したわけである。GAGAはこの流れの中で最初に、大規模にヒット映画の配給に成功した企業であった。具体的には、ジム・キャリー主演の「マスク」とブラット・ピット主演の「セブン」という映画である。おそらく私と同年代以上の方であれば、タイトルを聞いただけでピンとくる方も多い作品であろう。

市場環境変化で得たチャンスを再現性のあるオペレーションに昇華させる

もちろん、GAGAがこの2つの作品を日本に買い付けられた要因は、ビデオ市場向けに独立系の制作会社のB級ホラー映画を地道に買い付けながら、海外の制作会社とネットワークを構築し、良い作品と出会えるチャンスを少しずつ積み上げていたことは大きいと思う。しかし、ゲーム会社で8年働いた感想として、ヒット型のコンテンツビジネスというのは、1、2本ヒットさせることは実は運が良ければ実現可能である。メジャーな企業の目利きで漏れたがヒットする可能性のある作品を上手くつかめれば、ヒットをさせることは出来る。但し、これは相当に運の要素が強い。つまり再現性が低いのである。コンテンツ型ビジネスのヒットというのは基本的には一過性のものなので、企業として継続的に成長を続けるためには、ヒットコンテンツを継続的に市場に提供し続けられる必要がある。

GAGA以外の多くの小規模配給会社は、この継続的なヒットコンテンツの配給ということを実現出来なかった。つまり、競争戦略という側面で見て重要なのは、何故GAGAだけが、継続的なヒットコンテンツの創出と持続的な事業成長というのをある程度実現できたのかということである。私は、この点を分析・理解することを通じて、成功しない中小のライバル企業と違いを出し、既存の大手企業に対抗することが出来る事業戦略を構築するヒントを得ようと考えたわけである。

そんなことを考えながらGAGAの様々な資料を読んでいて、面白いと思ったのが、映画のモニターシステム(正確な名前は忘れました)という仕組みである。コンテンツビジネスが継続的に事業成長することが難しい原因のひとつとして、再現性の低さに言及した。では、なぜ再現性が低いのかといえば、多くの場合、コンテンツの良し悪しを評価する際の判断を、目利き力のある少数の個人に依存しているケースが非常に多いからである。このような状況になると、そもそもその個人がいなくなるとファンクションとしての力が多くく減退してしまうし、その人が残っていたとしても、ひとつの企業としての成長の最大のドライバーを個人の目利き力という得体のしれないものに依存してしまうというのは、非常にリスクが高いと言わざるを得ない。大抵の小規模な配給会社というのは、名物社長とか名物社員みたいな人が一人いて、その人が買い付ける作品を選び、その良さを説明し、売り方まで決めていたというケースが多い。しかし、結果として、継続的にヒットコンテンツを配給し続け、企業規模を拡大することは出来いなかったわけである。

しかし、GAGAという会社はこのプロセスを客観性を持たせて、再現性のあるプロセスにすることを試みた。それがモニターシステムである。

概略はこんな感じである。まず、自社が買い付けてきた未公開映画のモニター視聴する組織を作る。そして、新しい映画を買い付けるたびにまずこのモニター組織に映画を視聴してもらい、そのアンケート結果を分析する。どのようなターゲットに、どのような作品がどのように評価されるのかというデータを蓄積していくのである。

 このデータは、大きく分けて2つの方法で利用される。

まず1つ目の利用方法は作品の買い付けである。ヒットするコンテンツとヒットしないコンテンツのデータが体系的に蓄積されているため、その時々のマーケットがどのような作品を求めており、どのような特徴の作品であればヒットする可能性が高いのかというのを、客観的に判断できる材料とするのである。もちろん、最終的には買い付け担当者の目利きに依存する部分はあるが、完全に個人に依存するよりはリスクコントロールがしやすく、また、ヒットコンテンツを生み出せる可能性も上げられるというわけである。

2つ目のデータ活用は、マーケティングである。今は知らないが、当時の映画の宣伝方法というのは、超大雑把にいうと2つの手法に大別された。ひとつは、有名出演俳優などをテレビなどで露出して話題を作って、認知度を高めていく方法である。予算があれば、これにTVCMなども組み合わせて話題性を最大化していくことを狙い、一気に観客を獲得するという手法である。

もう一つの方法は、視聴会を消費者、メディアの双方に繰り返し、良い評判を徐々に拡散させていき、口コミ等でこの作品は面白いと話題を広げていくという手法である。

では、それぞれの手法というのはどのような条件がそろうと有効であろうか?まず、露出を可能な限り最大化する手法は、話題性がある俳優が出演しているか、大規模な広告宣伝予算があるかのどちらかは最低限の条件として必要である。当然、このような条件が揃う作品はメジャーな配給会社が持っている可能性が高い。

これに対して、視聴会を繰り返すタイプの手法はどうであろうか?凄く当然の事であるが、作品のクオリティが高いことが絶対条件である。もちろん万人が面白いということは難しいかもしれないが、特定のターゲットには非常に評判が高いことは最低条件である。なぜなら、つまらない作品の視聴会を繰り返して広がる評判は、顧客を呼ぶための良い評判ではなく、顧客を遠ざける悪い評判だからである。

そして、GAGAのモニターシステムのデータは、それぞれの作品に対してどのようなマーケティング手法を適用すべきかを考える重要な基礎データになるわけである。例えば、モニター視聴者のアンケート結果が非常に高いものであれば視聴会を中心にマーケティング展開をしようとか、高い評価と話題性のある出演者を両立できているのであればハイブリッドで行こうとか、残念ながら話題性はあるが作品評価が芳しくない場合は視聴会は控えてとにかく話題性で押しまくろうとかいう場感じである(残念ならが両方ない場合は手の施しようがないので、最低限の予算で宣伝しようとかになるかもしれない)。

内部にいたわけではないので、現実にこの仕組みがどれだけ精度高く回っていたかは知るよしもないが、客観的に見るとこのGAGAのモニターシステムを核とした買い付けから宣伝活動にまで及ぶ一貫した仕組は私には再現性が低いコンテンツビジネスをある程度安定して事業運営するための他の会社にはない事業上の差別化の要因になっていると感じた。

少なくても、当時私が集めた文献を読む限り、各配給会社で個人ベースで同じような思想で買い付け、マーケティングをしている担当者はいたかもしれないが、経営レベルでこのような話をしている会社はGAGA以外には見当たらなかったからである。

複数の強みを作り有機的に組み合わせる

私は、ビデオ市場立ち上げ期の海外映画買い付けモデルという新しい収益獲得方法、新興独立系映画制作スタジオとのネットワーク、モニターシステムというGAGAの一連の成功要因を組み合わせた仕組を論文内で「多角的競争優位性」という言葉で説明をした。別の言葉で表現すればビジネスモデルである。良く事業を立ち上げるとき、核となるアイディアは良いが、それが事業として実現しないということはよくある。それは、アイディア一発で、Executionのレベルが低く、事業として長期的に運営できる形にまで組みあがらないことで、上手くいかないケースである。事業というのは、アイディア一発では継続的に運営できない。そのアイディアを継続的に運営するために、バリューチェーンを綿密にデザインし、その一つ一つに他社がまねできない優位性・差別化要因を仕込むことで、長期的に成功するモデルとなるわけである。

このBlogを書くまで、学生の時に書いた論文のことを思い出すこともあまりなかったが、あの時考えたアイディアは、自分の25年のビジネス人生を振り返って、事業を構築する際の成功法則への理解と殆ど相違ないということに結構驚いている。でも、今考えても結構正しいことを考えていたのではないかと思う。

今まで、楽天と、ゲームと、人材の話題だけで自分の考えを述べてきたので、ちょっと昔の映画業界の話も、若い人には面白いのではないかと思って書いてみた。いま書いていて、映画業界におけるビデオという市場の変化は、後のNetflix等のコンテンツのサブスク配信と同じかそれ以上に大きかったのではないかと思う。でも、そのチャンスをつかめた企業というのは実は多くはなかった。学生であった私が、外部から手に入れられる情報だけで考えた内容なので、正しいのかどうかは分からない。ただ、新規事業を考える際の参考程度にはなるのではないだろうか?

ウォーターフォールとアジャイル

新規事業のプロジェクトマネジメント手法を考える

私はシステム開発のプロフェッショナルではないので、専門的な話は、その界隈の専門書を読んでいただくのが良いと思うが、ウォーターフォールとアジャイルというシステム開発の代表的な2つの手法の考え方は、新規事業開発のプロジェクトマネジメントにおいても十分に有益な考え方だと思うので、この2つのプロジェクトマネジメントの手法を用いて新規事業開発プロジェクトのマネジメントの在り方について考えてみたい。

詳細は、上記でリンクを張ったページが分かりやすく、かつ、詳細に説明されているのでそちらを読んでいただいた方がよいと思うが、2つの開発手法を時間がない方のために、超簡単に説明する。この2つの手法は、プロジェクトの開発プロセスの回し方の違いである。通常のシステム開発というのは、要件定義→外部仕様設計→内部仕様設計→コーディング→テスト→デバック→ローンチのようなプロセスで進む。伝統的なシステム開発マネジメント手法であるウォーターフォール型開発では、この要件定義からローンチまでのプロセスをひとつずつ順番に終わらせてから次の工程に進むというやり方をとる。一方アジャイル開発というのは、ひとつのサービスの開発項目を細切れに分けて、要件定義~ローンチのプロセスを細分化して、短期間で一連のプロセスを何度も何度も回しながらひとつのシステムを完成させていくという手法である。

では、なぜこのような2つの手法が生まれてきたのであろうか?それを理解するためには、先に存在していたウォーターフォールの良い点/悪い点を理解することが一番の手助けになるであろう。

まず、ウォーターフォールの良い点は、①プロジェクトの管理がシンプルでコントロールしやすい、②コーディングを始める前に外部/内部仕様を詳細に設計して不整合が起きないように詰めるため、実装段階の不整合が起きにくいという2点が代表的な所だと思われる。このため、金融系のシステムのように、大規模で、不具合が出ると致命的なお堅いビジネスのシステムにはウォーターフォール型の手法が採用されることが多い。また、開発メンバーのスキル習熟度が低い場合などは、ウォーターフォール型の方がチームのマネジメントがしやすいというメリットがあるため、そのような理由でこの手法が用いられることも多い。

では、悪い側面にはどのようなものがあるのでろうか?最も代表的なポイントは、一度決めてしまった仕様の変更をするのが難しい事である。特に大規模なシステムの場合、一度決めた設計を前提としてコーディングの各パートにタスクを分割して、完成したパーツを組み合わせるため、その設計を変更すると調整作業に膨大な時間がかかってしまう可能性が高くなってしまう。2つ目のデメリットは、もちろん両方理想的に管理が出来る前提であるが、ウォーターフォールは、仕様変更など起こらないように一つ一つのプロセスを綿密に行う必要があるため、全体のプロジェクト期間が長くなりがちであるという事である。

アジャイル開発という手法は、後から出てきた開発手法なので、当然ウォーターフォールの欠点を解決するために登場した。まず、仕様変更はあるという前提で、要件定義~ローンチまでのプロセスを何度も繰り返して、当初の想定と異なる要望が出てきてもある程度柔軟に対応出来るようにしている。また、一つ一つの開発サイクルを小規模にすることによって、システムが完成したものからサービスとして部分的にローンチするなどの柔軟性も確保することが可能になる。

必ずしも新しいアジャイルが正解なわけでもない

感の良い読者の方であれば、この説明を読んでピンとくると思うが、当然アジャイル開発の手法の方が、非常にインターネット系のサービスを開発するにはFitしそうな感じがする。私が大好きな、「小さな実験を、早く、意図を持って」を実施するのにうってつけの考え方であるからである。

このため、システム開発の現場で、若いエンジニアにプロジェクトをウォーターフォールでやろうと提案すると、特にWeb業界では酷く古臭いような印象を持たれがちである。しかし、アジャイルにも悪い側面が裏返しとして当然あるわけなので、アジャイルが新しいから絶対的に良いのではなく、状況によって良し悪しというのは変わるはずである。そして、私が新規事業のパートでこの2つの開発手法について持ち出した理由は、この考え方は新規事業開発のプロジェクトマネジメントの手法としても非常に有効であると考えるからである。

ちなみに、ここからの説明は、体系的な分類に基づいた一般論であって、個々のプロジェクトというのはそれ程分類通りにくっきり線引き出来るわけではないので、具体的に考えるときは、双方の手法の良し悪しを深く検討したうえで、正しい手法を選択していただければと思う。

2つの開発手法の最大の違いは、一連の開発プロセスの後戻りがしやすいかどうかの違いである。では、どちらの手法を用いてプロジェクト管理をするかどうか決定する要因は、前半工程で作るべきものの完成形をどこまできっちり設計出来るかどうかというのが最も重要なポイントであると言える。

こういうことをいうと、「そもそも完成させたいものが分かっていないのにものを作ることなんてできるわけはないだろう」という意見が聞こえそうである。また、別の方角からは、「そもそも新規事業なんだから最初からどうやったら上手くいくのか何分かるわけはないだろう。それがわかるなら苦労しない。」という声も聞こえてきそうである。

では、どちらが正しいのであろうか?これも答えは新規事業の内容によるということになる。

新規事業のタイプ別に適切なマネジメント手法を考える

ここで、新規事業の話をしたときの最初の議論を思い出してもらいたい。

新規性と既存事業との関連性で4象限に分けたチャートである。まだ読んでいない方は、こちらこちらをまず読んでいただきたい。この4象限のうち実際に発生するケースが多いのは②、③なので、この2つを例にここからの議論は進めたい。

私が勝手に想像した2つの天の声の議論のポイントは、作り始めの前半工程の段階で、作りたいものを確定させられるかどうかに、様々な意見、状況があることを表している。その違いがどこから生まれるのかと言えば、答えはシンプルで、作りたいものに高い新規性があるか否かの違いである。少し具体例で考えてみよう。

周辺事業創造をモバイルゲームの事例で

②周辺事業創造型の事例で以前紹介した事業は老舗ゲーム会社におけるモバイルゲーム事業であった。この事業で最も重要なプロジェクトの成否のポイントは、顧客に受け入れられる面白いモバイルゲームを作るということである。しかしモバイルゲームという市場が存在しない、もしくは、大規模に成功していない段階で、この面白いゲームがどのようなものであるのか考え、説明出来るかといわれれば、ほぼ間違いなく無理である。もし、そんなことが出来る人がいるとしても、その人は神か、百歩譲っても天才なので、少なくとも私のような普通の人間には事例として参考にならない。なぜなら、私がこれから神か天才に生まれ変わるという手法には、再現性が全くないからである。

では、作りたいものの正解が分からないからといって、そのような新規事業は取り組んではいけないのであろうか?私はそうは思わない。2010年当時の状況というのは、携帯電話の普及が9割以上と一巡し、これからスマートフォンと4G通信が普及しようというモバイル市場の成長期である。しかも、スマートフォンのコンピューターとしての処理速度もどんどん強力になり、通信速度も4Gで高速になることが見込まれている状況である。しかも、携帯電話は殆どの人が常に身近に持っている。このようなこれまでにない携帯電話というコンピューターにゲームを載せてみたら新しい市場が出来るのではないかと考えることは、荒唐無稽なアイディアであろうか?もちろん、PCや、家庭用ゲーム機にくらべ貧弱なマシンパワーと光ファイバーより貧弱な無線回線の通信速度から、コアなゲームファンの中にはチープなアイディアだと思った人もいたであろう。しかし、新しいビジネスというのは大抵そんなものである。ある程度ロジカルに考えられる人であれば、何時かはわからないし、どのくらいの規模になるかも分からないが、モバイルゲーム市場が将来ひとつの市場として立ち上がるだろうと考えることは、ごく自然な事であると思う。

このように考えれば、新規性の高い新規事業というのは、事業を始めた段階で最終系が見えないということは、普通にあり得るのだということがお判りいただけるのではないだろうか?このようなケースでは、プロジェクトはアジャイル的な方式にならざるを得ない。上記のモバイルゲームの新規事業プロジェクトでは、当初小規模な予算で、小規模なモバイルゲームのアイディアをいくつも開発をして市場テストを繰り返す中で、正解を見つけ出すというプロセスを繰り返していた。正に思想としてはアジャイル型プロジェクト管理である。

周辺事業拡大を楽天カードの事例で

では、ここで上げたモバイルゲーム事業の立上げのように、新規事業というのは常に正解の見えない暗中模索みたいなものばかりなのかといえばそうではない。③周辺事業拡大の事例として紹介したのは楽天カードの事例であった。2008年当時、クレジットカードという事業自体はハッキリ言って全く新しくもなんともない事業であった。大人であれば多くの人は財布に1枚程度は入っていたと思われる。楽天カードはクレジットカードという事業に成功のポイントがあったわけではなく、楽天ポイントを高い還元率でユーザーに提供するという付帯サービスの差別化と、その差別化されたサービスを楽天市場の巨大なユーザーベースにCRMマーケティングで低単価で顧客獲得をするというアイディアで大成功したサービスである。

では、貴方がこの楽天カードの立上げ責任者だとして、この迄述べたアイディアを実現するために、ある程度初期の段階で完成したいサービスを想像し、設計に落とし込むことは出来るであろうか?ハッキリ言って、これをYesと答えられないのであれば、その人は残念ながら新規事業の開発に向いていないと思う。クレジットカードのように出来上がったサービスの付加価値部分だけカスタマイズするサービスデザインであれば、既存競合企業のサービスを研究して、どこを一緒にして、どこを変えるかを決めれば、ある程度詳細な設計にまでおとしこむことは出来なければいけない。

つまり、周辺事業拡大のように、事業の新規性が低く、参考になるサービスが世の中に存在する場合は、サービスの設計を事前に決めることはそれ程困難な作業ではないのだ。

このような場合は、ウォーターフォール型のように、事前に少数のチームで事業推進プランの詳細を固めて、その詳細まで詰めた段階で一気に人員等のリソースを投入して、一気に事業を構築、オペレーションへの落とし込みまでしてしまう方が、おそらく効率的に事業が立ち上がるのだ。

新規事業のタイプを理解して適切なプロジェクトマネジメント手法の採用を!

ビジネスというのは、それぞれの置かれた状況において、その問題を解決するのに最適な手法を選ぶべきもので、手法の新旧でどちらが良い悪いという絶対値的な争いをする類のものではない。新規事業の開発のプロジェクト管理においても、それは同様である。

新規事業の開発のプロジェクト管理において、最も重要な判断ポイントはその事業の新規性の程度である。その意味でも、私が紹介した4象限のどこに自分のプロジェクトが分類できるのかを理解しておくことは非常に重要である。

新規事業開発の体制とメンバー

新規事業立ち上げの組織を考える

今回は、新規事業を立ち上げる際の体制の構築について考える。組織体制、人材についても正解はコレという鉄板の法則はなく、メンバーの特徴の組み合わせでひとつのチームを作り上げていかなければいけない。このため、ここではこうやったら上手くいくという法則よりは、私が新しい事業を立ち上げる際に人材面、組織面で気を付けている点を2点ほど紹介して、不必要な失敗をしないための参考にしてもら得ればと思う。それは以下の2点である

  • 小さく産んで大きく育てる
  • 対象事業経験者の採用は慎重に

小さく産んで大きく育てる

まず新規事業の開発において重要だと考えているのは、可能な限り少数精鋭のメンバーから開始するということである。特に重要なのは、中途半端な状態でオペレーションメンバーを増やすことは避けるべきであるということである。

理由は以下の3点である。

  1. 人件費の下方硬直性
  2. Strategy&Executionへの集中
  3. 業務効率の維持

1. 人件費の下方硬直性

日本に限らず一度採用した人材、チームに参加した人員を、何らかの理由でチームから外すというのは、いろいろな意味でネガティブな要素、側面が強い意思決定である。このため、一度チームに加えた人員は中期的にはヘッドカウント分の人件費としてプロジェクトの固定費として計上され続ける前提で考えるべきである。

もちろん、労働法制上、日本よりは、私が唯一海外駐在経験をしたアメリカのカリフォルニア州の方が人材のレイオフなどに対する要件が緩いなどの意見はあるかもしれないが、法律が許しているとしても、実際に人員の削減をした後のチームの士気、モチベーションへの影響などを考えると、気軽に発動してよいカードであるはずもない。

一方で前回述べたように、新規事業開発において事業責任者が気を付けなければいけない最重要ポイントのひとつはコストのコントロールである。事業の売上が計画通りいっていない、もしくは、事業が立ち上がっておらず計画通りに売り上げられるか全く不明確な状況においては、コスト面での柔軟性は極力確保しておきたいので、中期的に確定してしまう固定費はなるべく抱え込みたくないというのが私の意見である。

もちろん、新サービスのシステム開発を自社リソースで行う場合などは、その開発工数はその計画の精度が高いことを前提に(これもなかなか難しいのが現実だが)例外である。しかし、ビジネスサイドの初動段階においては、必要リソースギリギリか、少しリソース不足程度の状況を維持してプロジェクトを進める方がよいと考えている。

不確実性が高い新規事業の推進はワークライフバランスの多少の犠牲はしょうがない?

こういうことをいうと、昭和のオジサンと受け取られてしまうが、新規事業の立上げを行うチームに参加したいという人材には、もちろん労働法制の許される範囲内という前提で、一次的に残業をしてでも事業を成功させたいという業務スタンスは要求したいと個人的には考えている。そもそも、新規事業というのは、何をどうすれば上手くいくのか分からない状態でビジネスをすることが大前提であるので、業務を計画通り、時間通りに行えることを前提とした働き方をすることには無理があると思っている。ワークライフバランスを徹底的に確保したいという人材を中心に新規事業を立ち上げたいという考え方は個人的には賛同出来ないし、もし、そのようなコーポレートカルチャーの企業が新規事業を立ち上げたいと考えるのであれば、人件費に相当に余裕を持たせた初期事業計画にするか、オペレーションに至るまでの期間を通常よりも長くとっておくなどの備えが必要である。私の経験では、残念ながらそのような事業計画を認めてもらえるような優しい会社で仕事をした経験が正直ないが。

2. Strategy&Execution人材への集中

何度か申し上げているように、事業開発はStrategy→Execution→Operationの3つのステップで進んでいくが、最終段階のOperationというのは、Execution段階で確立された成功法則、成功スキームを拡大再生産していくPhaseであると認識している。新規事業の開発というのは、ExecutionのPhaseをやり切れるかが成否を分ける最大のポイントであるというのが私の意見である。

そして、これは厳しい現実であるが、このExecutionをできる人材は残念ながら限られている。Executionというのは、Strategyで考えた仮説を実証実験しながら、仮説通りな点、そうでない点を洗い出し、仮説通りに上手くいかない場合にその問題解決の方法を自分で考えて実行しなければいけない。私の経験上、この一連のプロセスを放っておいても自走して出来る人材というのは非常に少ない。もちろん一人で完璧に自走しなくても良いが、簡単なガイド、ディレクションを与えるだけで、後は自走して走りぬいてくれる能力は可能な限りExecutionに関わるメンバーには期待したい。

Execution Phaseの人材確保の注意点

そのような理解を前提にExecution Phaseまでの人員を確保しようと思うと、次の2つの問題に直面することが多い。一つ目は、Executionをやり切れる能力のあるメンバーだけを集めようと思うと十分な人員数が確保できない。二つ目は、十分な人材を確保できないために多少妥協した人選のメンバーをチームに加えることで事業責任者も含めたExecution能力がある人材のリソースをその能力が十分でない人材のサポートに割かざるを得ない状況になることである。

私は、新規事業を立ち上げようと思ったときにExecution能力が十分なメンバーを必要なだけ確保できるという贅沢な会社で働いた経験がないので、そのようなうらやましい職場があるのかどうかは知らないが、経験上、現実的にはこの二つの問題点は同時に起こることが殆どである。

私の経験が一般的であると仮定した場合、ExecutionのPhaseで人員数を増やすという決断をするということなどのような状況を生み出すのかを考えてみたい。それは一言で言えば、「必要なExecution能力が足りていない人材の比率を高くする」という事である。これはここまでの議論をご理解いただけている方には、問題であることが直ぐに分かるであろう。Execution能力の高い人のリソースがExecutionに注がれるのではなく、人員のサポートに注がれてしまうのだ。普通に考えて、良い状況ではないであろう。

この問題を解決する方法は、Execution能力が高い人にチームをマネジメントする能力が高く備わっており、自身でExecutionする代わりに他のメンバーのリソースをフルに活用して、チームとしてのExecution力を高めるということが考えられる。しかし、これまでいろいろな部下や同僚を見てきた結論として、Execution力が高い人か必ずしも人材マネジメント力があるかというと、可能性として50:50位の確率な気がしている。経験がたりないだけというケースもあるが、Execution能力の高い人材には、個人能力の高さでパフォーマンスするというタイプの人材も結構な確率でいて、必ずしもチームマネジメントが得意でないということも多いのだ。

このように考えると、私がExecutionの段階においては少数精鋭のチームの方がパフォーマンスすると言っている理由がご理解いただけると思う。Execution Phaseにおいて考えるべきは、どのような組織がExecutionの業務を最大化出来るのかという事なのである。

3. 業務効率の維持

Execution人材の考え方で触れた内容とも被るが、新規事業で人員数を増やすタイミングはExecution→Operationに移行するタイミングである。Executionの役割は成功法則の確立であり、Operationの役割は成功法則の拡大再生産である。一般的には、オペレーションが労働集約的な事業であればあるほど、Operationに移行した段階で人員数を拡大させる必要があり、それが出来ないと事業が拡大しないという状況になる。

私が直近で勤務していた人材紹介ビジネスというのは典型的な労働集約的なビジネスであり、一人一人の求職者に相対するキャリアアドバザーといわれる営業人員は現時点では人間が対応せざるを得ない。このため、売上を増やそうと思うと論理的には2つの方法しか考えられない。ひとつは単純にキャリアアドバイザーの人員数を増やすという方法である。人員数を増やして、一人当たりで対応できる求職者の数が一定であるとすれば人員数の増分だけ売上が増えるということになる。もう一つの方法は、キャリアアドバイザー一人当たりで対応出来る求職者の数を増やすという方法である。もしこれが実現すれば、人員数増というコスト拡大をすることなく売上を増やすことが出来るようになるため、売上も利益率も改善するということになる。

オペレーション効率の改善を人材紹介ビジネスを例に話した理由は、この具体例の中に人員拡大するときに注意しなければいけない重要な前提条件が隠されているからである。人員を増やしてオペレーションを拡大するケースで重要な前提条件は「一人当たりで対応出来る求職者の数が一定であれば」というポイントである。キャリアアドバイザーの対応求職者数を増やすケースの前提条件は「キャリアドバイザーの業務効率化の余地が残されている」ということである。

いずれの場合においても、オペレーション拡大において重要なのは、オペレーション業務の成功法則が把握され、それが標準化されたうえで現場に落とし込まれている状態である。前者であればオペレーション業務が標準化されており、人数を増やしても全体の業務効率を落とすことなく一人当たりの業務効率・生産性が落ちないことが必要だし、後者であれば、標準化されたオペレーションが把握されており、それを改善するソリューションが理解、浸透させられるようになっていて初めて、業務の効率化を計画立てて行えるということになる。

業務オペレーションが確立していない段階での人員増は効率悪化の原因

この視点を逆説的に捉えれば、Execution段階で成功法則が発見され、それがオペレーションとして標準化されて浸透していない状況で人員を増やすとほぼ確実に事業の業務効率というのは悪化するという事である。このため、オペレーションの標準化が実施されつつあることが確認出来るまでは、基本的にプロジェクトチームの人員数は増やすべきではないというのが私の基本スタンスである。

もちろん、人材紹介業のように労働集約型ビジネスであるほど人員数増を計画より遅らせれば、事業拡大ペースが計画よりもスローダウンすることになる。しかし、利益に目を向ければ業務効率が悪い状態で無理やり拡大するよりも遥かに健全な状態を維持できるはずである。もし利益サイドの状況を健全に維持できていれば、オペレーション拡大の準備が整った段階でビハインドした分もキャッチアップするために人員増ペースを上げればよいし、事前にそのような準備をしておけばよいということになる。

対象事業経験者の採用は慎重に

個人的には、外資系の企業にそのような発想が多い気がするが、特に新規性の低いビジネスを新規事業として立ち上げる周辺事業拡大型の新規事業であると、既存の競合からその事業のノウハウを持つ人材を引き抜いてくれば上手くいくと短絡的に考える人が結構な割合で存在する。

もちろん、その業界特有の商慣習であるとか、事業特性を理解することは、新しい事業を立ち上げるうえで有用な情報であることも多いので、同一事業の経験者がチームにいることのメリットも十分に理解できる。ただ、個人的には、そのような「知識」については、人材採用が唯一の解決策の選択肢であるとは思っていないので、そのようなメリットを得るために、拙速に競合等から人材を引き抜いて、チームを構成するという考え方には必ずしも賛同しない。

対象事業経験者採用の注意点3点

第1の理由は、いくら同じ業種の事業であったとしても、出来上がった事業をオペレーションすることと、事業を立上げるためにStrategyを作り、それをExecutionする事とは必要なスキルの種類が全く異なるからである。先に述べた通り、Executionスキルのある人材というのは非常に希少性が高いため、競合事業の経験者の採用に固執してオペレーションタイプの人材をつかむことのないようにしなければならない。

第2の理由は、同じ事業に関わっていたからといって、同一事業を先行者として拡大していくことと、後発者としてキャッチアップしていくことでは、戦略やオペレーションに大きな違いがあるはずだからである。例えば、楽天市場のようなECモールビジネスやモバイルアプリゲーム、人材紹介業など、これまで経験してきた企業の主要事業については、退職当時は相当コアなロジックまで理解していた自信があるが、私がその時点で別の会社で同じビジネスを立ち上げてくれと言われたら、よほど既存事業とのシナジーであるとか、勝ち筋が見えるロジックがない限り断っていると思う。

なぜなら、私のいた会社はその業界ではNo.1-2のポジションにいるような会社であったため、既存企業の強みであるとか、模倣することの難しさなどを身に染みて理解しているからである(もちろん、在職当時はそのような状態に持っていくことが自分に課された責務なので、そうなるように努力していたということもあるが)。このように考えれば、私は業界の成功企業での経験を活かして、後発企業へ転職するという決断はよほど既存の成功企業に実は問題があるという場合を除いては、上手くいかないか、現職企業のコアな成功ロジックを理解できていないかのどちらかであると考えている。このため、同じ事業を後発で立ち上げるということでポジションを提示されて、転職してくるような人材については、採用段階でよほど正しくスクリーニングしないとリスクが高いと個人的には思っている。

第3の理由は、もし既存競合の経験者が厳しいスクリーニングを乗り越えて採用できたとすると、入社後どうしてもその人物の意見に組織全体が引っ張られがちになってしまう可能性が高いことである。もちろんのその人材が超優秀で、全幅の信頼がおけるのであれば、問題ないのであるが、事業理解は非常に高いが、そこまでの人材でない場合、非常に組織のマネジメントが難しくなるという弊害が生じることになる。

思いつく主な理由はこんな感じであるが、個人的には新規事業のExecution Phaseまでは業界知識のようなナレッジを重視するのではなく、Executionというスキルで人員をスクリーニングすることの方が成功する確率が高まると考えている。特定のナレッジについては採用という形ではなく、コンサル、業務委託などのテンポラリーに採用出来る人材に委託するほうが、中長期的なリスクのコントロールがしやすい。

Execution効率最大化を実現する組織作りを!

新規事業開発の組織作りというのは、既存事業からどれだけ良い人を引っ張ってこられるかみたいなところが勝負になることが多いが、現実的には直近の売上利益と将来の不確実性の高い売上利益との相対比較となるとどうしても新規事業側の分が悪くなる。このため、人数を優先して体制を作ろうとしてしまうと、人数は予定通りいるが、メンバーのサポートにリソースが取られてパフォーマンスしないという状況に陥ることが多いと思う。そうなってしまうと、コストと推進力のバランスが崩れてしまうので、結果的にPLを痛めてしまうリスクがどうしても高くなってしまう。

そのような状況にならないように、私としては自分や、信頼できるNo.2的な立場の人間でサポートできる範囲の少数精鋭のメンバーで勇気をもって進めてみることをお勧めする。ExecutionとOperationは別のものであることを正しく認識して、適切なプロジェクト推進体制を構築していただくのが、新規事業成功への近道であると思う。

事業計画の作り方

新規事業の計画は「絵にかいた餅」の領域は抜け出せない

立ち上げる事業の分類を正しく理解したら、今度は事業計画を具体的に作っていくステージに移行する。この分野については、戦略コンサルにいた人などの得意分野な気がするので、スタンダードな方法論は専門の方にお任せするとして、私からは、事業会社における新規事業開発責任者の経験からの成功のヒント、Tips的なことを議論したいと思う。

まず、いきなりこんなことを言っては元も子もない気もするが、私自身は、どんなに精巧に調査をしたとしても新規事業の事業計画というのはどこまで行っても所詮「絵に描いた餅」の領域を越えないものだと思っている。特に①チャレンジ型や②周辺事業創造型のような新規性の高い事業領域であると、そのお絵描き感の度合いはどんどん大きくなっていく。これは、二桁の新規事業、新製品/サービスの開発に関わってきた経験を通じて、残念ながら、どんなに優秀な人が、時間とお金をかけても程度の差はあれ、変わらない真実だと思う。

競争戦略のフレームワークの多くは、現状の分析や市場の分析を行うためのガイドとしては役に立つとしても、現実的に事業を立上げるという実務レベルの話になると、どんなに時間をかけても事業計画が「絵に描いた餅」を抜け出せることはない。

ここでは、その前提にたって、結果的に事業成功に早く到達できる事業計画の作り方を私なりに考えてみたいと思う。

ステップは、

  • 情報収集
  • 事業基本戦略構築
  • 事業シミュレーション作成

の3つで検討する

情報収集

情報収集の方法にはちょっと考えただけでも、代表的な方法がいくつかある。①文献調査(含むWeb)、②顧客候補へのヒアリング、③競合サービス経験者へのヒアリング、④類似サービスからの情報獲得くらいがパッと簡単に思いつく方法であろうか?

もちろん、新しく始める事業については、可能な限り情報収集をすべきで、例え正しくない情報であってもあらゆる情報が学びとなるため、どの手法も否定するつもりは全くない。最近は、顧問マッチングサービスや、ビザスクのようなヒアリングマッチングサービスのようなサービスもあるので、競合の情報なども以前よりは取得しやすい環境になりつつある。参考になりそうな手法は、コストが許す範囲で、あらゆるものを試してみることが良いであろう。

ただ、情報収集の段階で私が強くお勧めする手法は、④類似のサービスからの情報獲得というものである。日本語の表現が上手くできていないので、もう少しかみ砕いた言葉で表現すると、とりあえず似たようなサービスを作って試してみるという事である。データドリブンの鉄板法則のひとつである「小さな実験を、早く、意図を持って」を新規事業開発のエリアにおいても適用するという事である。

新規事業の小さな実験を楽天カードを例に考えてみる

といっても、もう少し具体的に説明しないとイメージがつかないと思うので、具体例を使って話せればと思う。真っ先に思い浮かぶ事例は、新規事業の4パターンの事例の中で説明した楽天カードの事例であろう。楽天カードは以前述べた通り、立上げ当初からクレジットカード会社を新規事業として立ち上げたわけではない。事業開始当初は、既存のカード会社と提携をして、提携カードとして事業を開始した。金融系のサービスというのは、非常に規制も厳しく、セロから新規でカード会社を作ろうと思うと、時間も、お金もかかるものである。もちろん、楽天としてもクレジットカード事業とECの高い親和性は事業開始当初から認識していたため、かなり本気でクレジットカード事業には取り組む意思があったと記憶している。しかし、幾ら理論上は正しそうに説明出来たとしても、ゼロからカード会社を立ち上げたりしては事業がスタートするまでに膨大な時間もかかってしまうし、リスクも非常に高くなってしまう。

 幸いクレジットカード業界において、提携カードというのは一般的な手法であり、楽天側には殆どリスクなく「楽天カード」と銘打ったクレジットカードを発行することが可能なスキームがあったため、事業立ち上げ当初はこの手法を採用した。

 クレジットカードにおける提携カードというのは非常にポピュラーな手法であるので、これだけを読むと非常に普通のことに感じられるかもしれないが、この方法でカード事業を立ち上げたことには情報収集という面では大きなメリットがある。まず第1に、実際にカード会員の獲得マーケティングを行い、どのくらいのコストでどのくらいのリソースでマーケティングを行うと、どの程度の単価で、何人くらいの会員を獲得できるのかが、実際の活動を通して把握できる。さらに、その結果、2つ目のメリットとして、事業推進体制の一部についてのナレッジも実務を通して蓄積できるというメリットもある。

楽天カードのような、既存の顧客DBを事業シナジーの基盤として新規事業を立ち上げる場合、この既存顧客ベースからどのくらいの量の顧客を、どの程度のペースで新規事業に取り込めるのかは、事業計画の作成において最大の焦点になるポイントである。大抵の場合、自社の過去の類似事業の立上げ事例の実データであったり、他社の同一サービスの事例のヒアリング結果に基づく数値を使うことで、事業計画を作成することが多い。しかし、前者であればそもそも事業内容が異なり、後者であれば対象とする顧客DBの質が異なるなど、所与の条件が異なるため、事業計画のシミュレーションの正確性はどうしても落ちてしまうという問題が発生する。一方、楽天カードの事例のように本格的にクレジットカード事業を立ち上げる前段階で、提携カードを発行するという実験が行えれば、同一サービスで同一顧客DBに施策を実施できるため、データの信憑性は大きく向上するのである。

 楽天カードは、典型的に分かりやすい事例のため、ここまでドンピシャな方法はなかなか難しいかもしれないが、私は情報収集の量を集めるために時間を使うよりも、このような実験をやれる方法を考えてみることは、情報収集をするよりも数倍価値のあるデータが取れるようになると思っている。

事業基本戦略の構築

 事業の基本戦略の策定をする手法には、競争戦略論という経営学の分野で様々な研究成果があるため、状況に応じてツールを使い分ければ良いと思うが、私がこの20年位に読んだ競争戦略の本で一番参考になり、自分の考え方に合うと思っているのが、何度か話題に出している「ストーリーとしての競争戦略」の手法である。

新規事業失敗の典型1:流行に安易に乗っかる

 これまで多くの新規事業や新サービスの立上げやサポートをしてきた経験でいうと、新規事業が上手くいかないケースの典型的な例は2つである。ひとつは、世の中で流行している成長市場のトレンドに安易に乗ろうとするパターンである。分かり易い例でいうと、2011年前後の日本のブラウザのモバイルソーシャルゲーム市場などはその典型であろう。

当時の日本のモバイルソーシャルゲームの市場は間違いなく世界でダントツに成功しているマーケットであった。その要因は3点あげられる。①MobageとGreeというプラットフォーマーの成功、②カードバトル型ゲームという成功事例の存在、③カードバトル型ゲームが既存Webサービス開発事業者にとって模倣しやすいサービスであった事である。

①のプラットフォーマーの成功は市場が拡大するための大きな要因になっていた。2社のプラットフォーマーが大きな成功を収めたことで積極的な広告宣伝活動を行いプラットフォームに顧客を集めることで、そこに参加する事業者は顧客獲得がしやすい環境が構築された。

②のカードバトル型のゲームシステムは、モバイルのブラウザゲームに非常にFitしたゲームシステムであり、ユーザーのエントリーハードルが低く、同時に収益を上げることが出来るものであった。実はこのモデルの原型となったゲームを開発したのが私が在籍していた会社であったのだが、このゲームシステムの成功が日本のモバイルのソーシャルゲーム市場を一気に拡大させる切っ掛けとなった。

そして、3つ目の要因が、②に関連するのであるが、このカードバトルというゲームシステムが競合事業者に模倣しやすいものであったことである。しかも、その模倣するために必要な技術が既存のゲーム開発事業者だけでなく、それまでWebサイトのシステムを開発していたようなインターネット系の企業にも模倣可能であるというエントリーハードルの低さが実現していたことである。

この3つの要因が重なり合ったことで、2011年前後の日本のモバイルソーシャルゲーム市場には大量の企業が参入してきた。結果として、1-2年間でいくつもの会社がモバイルゲームの新規事業で急成長をとげ、IPOを実現する会社もそれなりの数で現れた。

しかし、この活況は数年しか続かなかった。市場が急速にガラケーからスマートフォンのアプリに置き換わってしまったからである。結果的に、この市場の活況にのって一気に成長した会社は、ごく一部の例外を除いて最近では全く名前を聞かなくなってしまった。分かりやすく言えば、アプリゲームに市場が置き換わった際に、ブラウザでのカードバトル型ゲームの開発力はあるがアプリでの本格的なゲームを開発するスキルと人材が足りていなかったために新市場に適応出来なかったのである。結果論ではあるが、一過性のブームに乗ってみたが、事業としての中長期的な展望も戦略も持っていなかったか、相当甘く見積もっていたということだと思う。

新規事業失敗の典型2:一つのアイディアに過度に依存する

新規事業が失敗する典型的なもう一つのパターンは特定のアイディアに依存して事業を立ち上げてしまう事である。その典型的な例が、前回の周辺事業拡大型の新規事業の失敗事例で上げた事業シナジーの一本足打法の新規事業である。私が見てきた、事業シナジー一本足打法の失敗事例の共通点は、既存の競合企業が何故その事業エリアで成功し、それを自社で実現するためにどのようなスキルとリソースが必要なのかの理解が足りていないことが圧倒的に多いことである。私の経験上、あるサービスと同様の事業を模倣して形として整えることは実行に必要な投資資金を準備出来ればよほど特殊なビジネスでない限り困難ではない。例えば、私が常識的な資金を準備して、どこかにラーメン屋を作ろうと思ったら、ラーメン屋が出来ないことはほぼないと思う。ただ問題なのは「模倣して形として整える」ことと「成功する事業を構築する」ことには天と地程の差があるということである。ラーメン屋の例でいえば、私はそれなりの体裁のラーメン屋を作ることは出来るかもしれないが、ハッキリ言って美味しいラーメンを作るスキルが全くない。正直、今からそのスキルを習得する気もない。なぜなら、そこまでの興味もないし、長年研究して味を積み上げてきた人に50歳になって参入して勝てるようになるとは到底思えないからである。

 私が無謀にもラーメン屋を立ち上げる事例で話をすれば、これを読んでいる方もなるほどと思われるかもしれないが、私が見てきた多くの新規事業開発で、同じような話が散見されるのが実態である。シナジー一本足打法の例をラーメン屋の事例で私流に表現すると、ラーメン店舗開発経験の豊富なインテリアデザイナーに店舗デザインを依頼し、それを、親が所有する駅前の一等地のロケーション抜群の物件で実現する。でもラーメンの味は頑張って「下の上」くらいのレベルである。でも、抜群の物件に、抜群の店舗デザインなのでこのラーメン屋はきっと成功しますと言っている状況である。

自信をもって上手くいかないと思う。

事業成功をロジックだてて説明できるようにする

では、この2つの典型例に共通することな何であろうか?ひとつの事業を中長期的に成功させるためのロジックが欠如している事である。前者の一過性のブームのような市場に参入する事例でいえば、参入障壁が低い(ブーム)=誰でもできる程度の差しか競合企業と自社の間に存在しないということは実は参入時点から分かっていた事である。参入した事業で、自社に競争優位性がないのであれば、その事業が中長期的に成長し続けられないのはある意味当然である。

 後者の事例でいえば、「模倣して形として整える」ことが出来るので事業が成功できるともし考えていたとすれば、それは完全にその事業の成功にとって必要な参入障壁の判断を間違っている。既存企業がなぜ成功しているのかを理解できていないので、分かりやすく言えばチャレンジするスタートラインに立てていないのに、レースに参加している気になってしまっている状況である。

このような状況になることを防ぐ考え方が、なぜ自分の事業が成功するのかをストーリー=物語のように説明出来るように事業戦略を検討するという手法であると思う。特に、事業計画をパワーポイントで作っている場合は特に注意が必要である。パワーポイントという表現方法は、重要なロジックを矢印等で曖昧に表現することが可能で、ロジックをごまかすのが非常にやり易い表現方法である。このため、資料を作っている人間が自分が言っていることのロジックを理解できていないことが非常に多い。

このようなことを防ぐためには、それ程長文でなくてよいので、自分の事業計画を一度Word等の文章で論理だてて書くことをお勧めする。テキストの文章というのは、論理展開が正確でない一貫したロジックを表現することが出来ないからである。

そもそも、事業計画の核となる部分がWordで数十ページにもなってしまうことはそもそもあり得ない。ワード数枚で説明しきれるくらいのシンプルさが重要であるので、手間もそれ程かからないと思う。同時に、テキストに落とし込もうと思ったら、ロジックが数行で終わってしまうのも問題である。それは、そもそもアイディアであって、ストーリー化された戦略になっていない可能性が高いからである。

事業シミュレーション作成

事業シミュレーションの作成は、事業の構成要素をリストアップし、それと売上、コストを連携させるパラメーターを特定し、そのパラメータの精度をそれまでに収集した情報をもとに向上させていくという、やったことがある人であれば当然のことを地道に行っていくしかないので、特別私からいうことも少ないのであるが、2点ほど私がいつも気を付けていることを紹介する。

  • 計画で大風呂敷を広げない
  • 売上<コストの精度アップ

計画で大風呂敷を広げない

よく新規事業の事業計画を議論する時に、TAM(Total Available Market)、SAM(Serviceable Available Market)、SOM(Serviceable Obtainable Market)のような市場分析をする。もちろん、成長性のない市場に参入してしまうことは、事業にとってリスクであったりすることも多いので、このような分析をすることに大きく異論はない。

但し、この3つの数字をはじき出して、頑張ってこの事業でTop3に入る事業を作りますみたいな目標を掲げてしまうと、新規事業なのに、事業計画のTop Lineの数字が過剰に大きくなってしまうことは、良くある話である。もちろん事業を立ち上げる夢、Visionとしてはそういう数字を掲げることは問題ない。但し、それを計画に落とし込んでしまう事には問題があると思っている。

私は、事業投資というのは基本的にROIで判断するものだと思っているが、短期的なマーケティング投資などでROIを計算する時は結構コンサバにやる会社でも、新規事業となると途端に過剰なROIを求められることがあったりする。直ぐに思い浮かぶ過去に経験した事例でいえば、2億円のシステム開発投資を行う新サービスのリターンの試算値を30億円に設定してしまい、それが計画値に達していないことを経営会議的な場所で長々議論している場面に遭遇したことがある。その議論を第3者的に聞いていて思ったのは、なぜ2億円の開発投資のリターンを30億円など、その企業の通常の投資のROI水準から言って異常に高い数字に設定してしまったのだろうということである。

新規事業の適切な目標設定

例えば、営業利益率が30%の会社であれば、基本的にROI143%(1÷0.7)を越えていれば営業利益率は悪化しないはずである(厳密には投資の資産化など会計上の費用計上は平準化出来るので、もっと悪くてもPLは悪化しないが、ここは単純化して考える)。もちろん、新規事業は百発百中で上手くいくわけではないので、会社ごとに新規事業成功の確率みたいなものも経営企画が決めておけば良いであろう。

例えば、3分の1の確率で成功させることを目標にするのであれば、143×3=429%程度を新規事業のROIの目標にしておけば良い気がする。世の中営業利益率が50%を越えるような会社というのはキーエンスや一部の金融系の事業のような特殊事例を除いて殆どないので、そんなに変な数字ではないと思う。仮にこの数字を先ほどの2億円の投資に対して適用すれば、2億円の投資に対して必要なリターンは8,6億円位が適当であると思う。それをそもそも30億円と設定してしまうことも問題であるし、仮にリターン実績が8.6億円を越えていたとして、それが30億円という当初目標に達していないからといって皆で永遠と議論する時間があれば、私個人的には他のことに時間を使った方が建設的であると思う。

逆に、新規事業のROIを1500%と設定するのであれば、1500÷143=10.5なので、10件に一件位の新規事業の成功確率の新規事業にチャレンジするというのが会社の方針であるということである。リスクポートフォリオを幅広く組めるVCとかであればそのくらいでも良いのかもしれないが、個人的には事業会社の新規事業で10分の1程度の成功確率の設定は、コンサバティブ過ぎると思うが、仮にそのような設定にしているとすれば、それだけリスクの高いものが上手くいかなかったことを、経営会議のような関与度の低いメンバーがいる場で議論するのも場違いな気がしてしまう。事前に個別会議で議論して関係者で合意しておくべき話題な気がする。

理想的な高い目標設定が新規事業の成功確率を上げることは少ない

この例で私が申し上げたいのは、事業シミュレーションというのは、ここで述べたようなそれぞれの会社で許容できるROIの基準値と新規事業のリスク許容度に応じた適切な水準の範囲を越えているかどうかを基準に適切に設定することが重要であり、それ以上の成功はボーナスであると考えるという方が、事業スタート後に余計な議論の手間が省け、健全な事業成長にリソースを使うことが出来るということである。

たまに、取締役やマネジメントメンバー等で、目標設定を低くすると現場が手を抜くから、事業計画の目標設定は理論上可能な極限まで高くして、それをコミットさせて、それが未達成であれば詰めれば事業が成長すると考えている人がいるが、私の経験上そういう人に対応するために過剰な事業計画を作ってしまってポジティブな結果を得たことは記憶にない。大抵、無理な計画に達していないことの言い訳を考えるという不毛な時間にチームの優秀なメンバーのリソースを取られるというデメリットしかないことが多い。

多くの場合、新規事業の事業計画を承認してもらおうと思うと、事業シミュレーションのパラメーターをいじって、偉い人のご要望に近づけるよう計画が肥大化してしまうことが多い。その結果、何でこんなに高い目標にしてしまったのであろうと後で思うような高い目標設定に苦しむことになる。この辺は経営企画の仕事であると思うが、新規事業には会社ごとのROIの基準値を論理的に決めておいて、それを越えるかどうかを事業計画の基準とすべきであると考えている。そうすることで、過剰な計画の未達に対する理由を考えるのに時間を使うような無意味な時間が減らせると思う。

売上<コストの精度アップ

事業のPLというのは当然売上とコストで構成されている。私が新規事業の事業シミュレーションを作る場合により重要だと思うのは、コストの精度である。

新規の事業においては、売上も、コストも算出のためには何らかの仮説がモデルのパラメータという形で組み込まれている。このパラメータが事業実態に即しているか否かで、その事業シミュレーションの精度は決まってくる。

しかし、現実の事業をマネジメントする立場で言えば、売上のシミュレーションを外すことと、費用のシミュレーションを外すことではハッキリ言って意味合いが全く異なる。

スタートアップ企業の場合は話は異なるが、通常の事業会社が新規事業を行う場合、新規事業に一定の金額を投資するケースでは、事業が想定通り上手くいかず売上がほとんど上がらなくても、会社の経営が傾く事がないようなリスク許容度の範囲内で投資意思決定をすることが多いと思う。もし、ある会社が投資意思決定をする場合に、新規事業の売上実績が当初想定を20-30%程度外してしまっただけで、会社の経営が傾くような投資をしてしまうのは個人的にはリスクコントロールが甘すぎると思う。新規事業というのは例え大失敗して売上がゼロであっても経営上問題ない範囲内で行うべきものだと思っている。

もし、この考えが正しいとすれば、全社的な経営上、売上シミュレーションをはずすことはそれほど大きなリスクではないといえる。しかし、コストの方は話が別である。新規事業を行う場合に、当初想定していたコストが大幅に超過してしまうという事態に陥ってしまうと、そもそも売上がゼロでも問題ないといっていたリスクコントロールの前提が崩れてしまう。最近の有名な事例で言えば、楽天がモバイル事業でこれだけ苦しんで大騒ぎになっているのは、報道を見る限り売上が想定通りいかないことが問題なのではなく、設備投資にかかる費用の想定が大幅に甘かったからだと思う。多くの人が報道で目にしているであろう、大阪万博の費用の状況などを見ても、完全にコントロールが出来ておらず、民間の企業でもしこんなことが起こったとすれば、責任者は何らかの責任を取らないといけないであろう(政治の場合は誰も責任を取らなさそうであるが)。

私は、新規事業というのは失敗することもそれなりの確率である前提で、リスクコントロールして行うべきであると思っている立場なので、事業シミュレーションを作成する時は、コストを売上よりもよりコンサバティブに作っておくべきであると思っている。そして、大事なのは、事業計画で承認されているからとコストを計画通りに使うのではなく、売上が計画通りに進んでいないのであれば、コストも使わなくてよいものは使わずに将来の投資余力として残すなどコントロールすべきであると思っている。

たまに、売上が計画通り行くかどうか分からないのに、コスト計画が承認されていることを根拠に計画通り使おうとする人がいるが、そもそもコストをコンサバティブに作っているということは、バッファをのせているということなので、必要最低限でコントロールすることが正しい姿である。そのようなスタンスでマネジメントをしていないと、次に新規事業を立ち上げるチャンスを得た時に、コストサイドもギリギリの計画になり、コストのリスクコントロールの失敗が発生する可能性が高くなる。これは、誰も責任を取らないお役所であれば問題ないかもしれないが、事業会社では誰もHappyにならない、やってはいけないことだと思っている。

ここまでで、新規事業の企画、戦略策定をする際に、私が心がけているポイントを3点ほど紹介してきた。ハッキリ言って、これを読んだから明日から新規事業の立上げが出来ますという網羅性のある内容ではないが、新規事業立上げに際して、失敗しないように避けるべきトラップのリストの一部としては有用なのではないかと思っている。

ちなみに私のキャリアはデジタル系ビジネスの立上げが経験のほぼすべてなので、初期費用が巨大なインフラビジネスみたいなタイプの事業開発は経験がないが、おそらく全く異なるシチュエーションも存在すると思うので、その点は読者の皆さんで、ご自身のシチュエーションにFitするかどうかはご判断いただければと思う。

新規事業のタイプ別の成功ポイント2

前回からの続き。

③周辺事業拡大

楽天のケースで一番多く経験したのが周辺事業への拡大系の新規事業だ。既存事業との何らかの関連性が強く、そのうえで事業内容自体の新規性は弱いというタイプの事業である。楽天カードが一番の代表例だと思う。楽天市場を中心に獲得した顧客DBをベースに対して、言ってしまえばどこにでもあるクレジットカードという事業に周辺拡大したという感じである。楽天カードに限らず、楽天トラベル、楽天証券、楽天銀行、そして楽天モバイルなど楽天が大規模に展開している事業というのはM&Aで取り込んだか、新規事業として立ち上げたかは別にして実は殆どが周辺事業拡大系のサービスということになる。

では、このパターンの新規事業において、成否のポイントとは何であろうか?私は主要なポイントはただ1点しかないと思っている。それは、サービス自体の対競合サービスとの競争力である。この話を理解するために、先に例に挙げた楽天カードと楽天トラベルの比較をしながら、周辺事業の拡大の成功のポイントを考えていこう。

楽天の周辺事業拡大の典型例:楽天カードの成功要因

楽天カードは当初は自前のカード会社としてではなく、既存のカード会社の提携カードとしてスタートした。提携カードというのはカードの発行主体はクレジットカード会社で、「楽天カード」などのサービスブランドはそのカード会社と提携した企業(楽天カードの場合は楽天)のブランドをカード会社に貸すという事業形態である。その後、楽天カードの場合は国内信販というカード会社を買収して自社カードに切り替えをして今の楽天カードとなっている。楽天カードの事業開始当初のコンセプトは非常に単純である。a)楽天市場のユーザーベースを活用して、新規顧客の獲得コストを大幅に引き下げること、b)カードの決済額に応じたポイントの還元率を高く設定すること、c)楽天ポイントの利便性とb)還元率の高さを武器に利用率の高いカードとすることの3点である。

まずa)についてであるが、一般的にクレジットカード会社にとって一番費用として負担が大きいのが新規顧客の獲得コストである。良い例がGoogleでクレジットカードなどと検索すると多くのカード会社やクレジットカード比較サイトの広告が表示されるが、これらの広告の表示単価、クリック単価は相当高額で、もちろんアイテムにもよるが、ECなどとは比較にならないレベルの単価になっているはずである。これを楽天カードの場合は、楽天市場を中心とした楽天グループのユーザーベース向けに行うことを戦略として、費用を対競合比で大幅に引き下げる戦略を取った。具体的にいうと外部への広告宣伝費を少なくする代わりに、入会時のポイント付与額を大きくして徹底的に楽天グループのユーザーベースにCRMマーケティングで訴求するという方法を取った。これにより、ユーザーに取っては入会ポイント数が競合比で高くなるメリットがあり、楽天としても外部に支払う顧客獲得費用は大幅に下げられるというわけである。

この新規顧客獲得コストの低さは、続く2つのポイントにも大きく影響してくる。新規顧客獲得コストを安くすることで、そこで浮いた分の費用はユーザーの獲得後のユーザーメリットの実現に回されることになる。つまり、b)決済ごとに還元される利用ポイントの還元率である。当時の主なクレジットカードの還元率を計算してみると0.5%というのが一般的であった。これを楽天カードは1%と倍に引き上げたのである。よくあるクレジットカードの比較サイトや記事では、このポイント還元率はクレジットカードの比較ポイントとして非常に重視される点であるため、このポイント還元率の高さは新規獲得の上で非常に強力な武器とすることができた。さらに、ポイント還元率の高さはc)のクレジットカードの利用率にも効果がある。クレジットカードというのは決済機能としての利便性は基本的にはVISAとかMasterとかJCBなどのクレジットカードのブランドによって利用できる店舗が決まっており、それ以上の差別化のポイントはない。このため、クレジットカードの利便性というのは付帯サービスによって決まる。ゴールドやプラチナなどのハイエンドのカードはこの付帯サービスに力を入れていることが多いが、発行数が圧倒的に多い通常カードにおいては決済時のポイントの還元率は数少ない差別化のポイントとなる。楽天カードの場合は還元率を1%に設定したことによって競合比で比較優位性を獲得出来たため、クレジットカードを入手後の利用率を高くすることが可能になったのである。実はクレジットカードというのは、高い金額を払って新規獲得をしても実際に利用されずに財布の中で眠っているだけのものというのが結構多い。貴方の財布の中にも入っているけど使わないもしもの時のためだけのカードというのがあるのではないだろうか?そうなってしまうと実はクレジットカード会社には売上が経たないので殆ど発行していることにメリットがなくなってしまう。この状況にならないようにするためには、いかに顧客にメインで使ってもらうカードにしてもらうかが重要なわけであるが、楽天カードの場合はこの点でも高い差別化をすることが出来たわけである。

このように、楽天カードというのは、サービスの立上げ当初から、クレジットカードという競合ひしめく既存産業にあって、圧倒的な差別化ポイントをもつ、競争力のあるサービスとしてスタートを切ることが出来た。会社から非常に高い目標を課せられ、そのほかにもいろいろ苦労があったのは事実で、現場のメンバーは大変な思いをしてここまで来たのではあるが、楽天カードがわずか10数年で日本一の利用額を誇るクレジットカードに一気に成長出来た背景にはサービス開始時のサービスの基本設計の秀逸さとそれをフルに活用したマーケティングのオペレーションがあったと私は思っている。

商品・サービスの競争力がシナジーの大前提

これに対して、楽天トラベルの立上げ当初の話を思い出すと、話が全く変わってくる。前にも話したが、今の楽天トラベルというのは、楽天が新規事業として立ち上げた楽天トラベルが母体となっているのではなく、後に楽天が買収した「旅の窓口」という買収前から日本で最も成功していたオンライン旅行予約サイトが母体となっている。実は、楽天が自社で立ち上げた楽天トラベルというのは全くうまくいかなかった。

楽天トラベルは、楽天にとっては、楽天市場、楽天フリマ(CtoCのECサービス)に続く3つ目の事業として自社で立上げを行った。アイディアとしては、当時としても圧倒的に成功している楽天市場というECサイトでオンラインで決済をするという心理的ハードルを越えたユーザーベースに対して、オンラインでの高い成長が見込まれる宿泊予約サイトのサービスを提供すれば、皆が大好きな「シナジー」が生まれて上手くいくであろうという戦略で立ち上げられた。結論は、全く今くいかなかった。その理由は、数年先行していた旅の窓口にそもそも旅行予約サイトとして最も重要な宿泊施設の契約数の面で圧倒的に差をつけられてしまい追いつくことが全く出来なかったからである。もちろん後発であったため、宿泊予約サイトとしての利便性なども追いつけていない面はあったかもしれないが、選べる宿泊施設に差があるというのはサービスの利便性として重大な欠陥であった。こうなってくると、楽天市場のユーザーベースがあるかどうかという話は、事業の成功に殆ど関係がなくなってしまう。楽天市場のユーザーという理由だけで、旅の窓口を使わずに、利便性の劣る楽天トラベルを使ってくれるほどユーザーはお人よしではない。結果はその通りで、当初当て込んでいたシナジーは微塵も発現しなかった。

この状況を簡単には改善できないことが分かって、楽天として時間をかけて自分で改善をするよりもNo.1のサービスを買ってしまった方が手っ取り早いということで、楽天トラベルを立ち上げた2年後くらいに旅の窓口を買収して取り込んでしまうという選択をしたわけである。

実は、楽天グループというのは、楽天経済圏というように楽天ポイントを中心にしてインターネットビジネスのコングロマリット的に大成功している会社というイメージが強いが、周辺事業拡大系のサービスで失敗している事例も多い。私がいた2011年まで限定の話で、それ以降は違うかもしれないが、少なくともその失敗事例の殆どのパターンは楽天トラベルと同じ理由であった。楽天市場が成功して、大きくなればなるほど圧倒的なユーザーベースが目の前に広がっている。それを活用出来れば直ぐに利用者が集まり、事業は成功できると思ってしまうのだ。しかし、そこを突破口にサービスを安易に始めてしまうので、ふたを開けてみると後発で始めたサービス自体のクオリティが先発企業に劣っており、楽天経済圏内で幾ら利用促進施策を打ってもユーザーが動かないということになってしまうのだ。

シナジー効果一本足打法の事業計画は成功しない

前にも紹介した、楠木健先生の「ストーリーとしての競争戦略」ではないが、成功する事業というのは成功のための一貫したストーリーのようなロジックの積み上げがなければならないと思う。それに対して、周辺事業拡大系の新規事業で失敗する多くのケースは、既存事業から享受できるメリットの一点突破で、サービス自体の競争力を真面目に考えていないケースが多いのではないかと思う。少なくても私が見てきた事例では、そうとしか思えない場合が多かった。

私は、楽天の事業展開の成功事例が、金融系ビジネスに偏っている理由は実は金融系サービスというのは金融サービス自体の差別化は厳しい業法があるため行うことが出来ず、カードのポイント還元率のような付帯サービスの差別化くらいしか余地がないので、楽天カードのように既存サービスと比較して、基本サービスは同程度、付帯サービスで差別化という構造が比較的作りやすかったことが理由なのではないかと思っている。

周辺事業拡大系の新規事業というのは、おそらく世の中的に実行されることが最も多い新規事業のパターンであると思う。そのような事業計画書を読むと、大抵の場合、既存事業のリソースを利用した差別化のポイントが重点的にかかれていることが多い。その際に、計画書の読者が無意識のうちに前提としているのは、ベースとなるサービスクオリティは既存競合サービスと同じにできるという事だと思う。しかし、世の中はそんなに甘くないことが多い。既存事業者は何年か何十年かは別にして、そのサービスをよりよく改善するために長い年月をかけて努力をしている。それを、後発で参入した企業がいきなり同等のクオリティでサービスを提供できるには、それなりのハードルがあるはずである。殆どの事業計画はこの点を見落としている。ハードルが高いにもかかわらず、勝手に「所与」の条件にカテゴライズしてしまうのだ。私は事業計画を作る時にこの点は相当気を使ってみることにしている。皆さんもくれぐれも「シナジー一本足打法」になっていないか気を付けて欲しい。

④事業構造転換

 新規性が弱く、既存事業との関連性も弱い新規事業のカテゴリを事業構造転換と呼ぶことにする。基本的にこのパターンの新規事業展開を決断する人はよほど事業自体での差別化のアイディアがあるか、既存事業に何らかの問題があり、既存事業から別の事業へのシフトをせざるを得ないなど特殊な事情がある場合であるとしか考えにくいので、このネーミングにした。ハッキリ言って、余り賢い新規事業展開とは思えないので、実行されるケースも少ないであろう。

 このパターンで注意すべきポイントは、③で述べた周辺事業拡大系の新規事業と全く同じである。そもそも、周辺事業拡大系で踏むトラップの代表例である既存事業からのシナジー効果が見込めないのであるから、サービス自体の差別化が出来なければ話にならない。

そのアイディアもないのに、既存事業と全く関連性もなく、先発企業が競争している市場に入っていくというのは、普通に考えればとても良いアイディアとは思い難い。

周辺事業創造と周辺事業拡大の違いを正しく理解する

2回に渡って、新規事業を4つのパターンに分けて、それぞれ検討すべきことを考えてきた。ただ、殆どの場合、実際に発生することが多いのは、②周辺事業創造と③周辺事業拡大のどちらかであろう。①は既存企業の新規事業ではなく、スタートアップの領域であろう。

その前提で話すと、多くの経営者や新規事業の担当者が②と③の区別を深く考えていないことが非常に多いと思う。まず、②と③では事業が立ち上がるスピード感が異なるし、実行に適した体制も異なったりする。また、私が経験した事例では、③だと思って始めた事業において既存企業のオペレーションが想定ほど成熟しておらず実は②であったみたいな事例も存在した。このケースでは、当然事業成長スピードが当初の想定よりも遅くなってしまうため、計画とのGAPが発生してしまいなかなか大変な思いを現場にさせてしまったりした。

もちろん、競争戦略の分析フレームワークというのは世の中に多く存在し、MBAで勉強したり、戦略系コンサルで仕事をした経験のある人は、別のソリューションを持っていると思う。ただ、私が見てきた多くの新規事業の成否を分けるポイントは、この4象限のパターン分けを正しく理解せずに、自分の置かれた立場にあった事業計画を作らなかったか、Executionの体制を構築できなかったかのどちらかでほぼ説明することが出来てしまうように感じる。

そもそも、新規事業というのはすんなり上手くいくようなものではない。どれだけ事前に調査し、考えたとしても、考え切れていないこと、想定外のことが起こるものである。しかし、今回議論したフレームワークは一度判断を誤ると事業計画自体を結構根本から考え直さなければいけなくなるような骨格の部分だと思う。

もし、自分で新規事業を立ち上げるシチュエーションになったら参考にしていただければと思う。

新規事業のタイプ別の成功ポイント1

新規事業がどうやったら上手くいきますかなどという質問に一言で正解を応えられる人など存在しないと思うので、そんないい加減な話をするつもりはないが、今回はこれまで多くの新規事業の開発に直接、間接に関わってきた経験から、新規事業開発を2軸4パターンに分けて考えてみたい。

今回は、新規事業を「事業の新規性」と「既存事業との関連性」の観点から4つの象限に分けてみた。4つそれぞれについて成功するポイントについて検討する。

①チャレンジ

既存の事業会社には向かないチャレンジ型

事業の新規性が強く、既存事業との親和性が弱い新規事業をチャレンジと名付けた。このチャレンジ事業型の新規事業というのは、その事業を行う企業の規模によって資金力のサポートに違いは出るが、ほぼスタートアップ企業がゼロからそれまでなかった全く新しい事業をスタートするのに近い、リスクの高い新規事業となる。

まず、この新規性が高い新規事業において考えなくてはならないのは、そもそも市場に需要が存在するかどうかの判断が重要となる。ただ、新規性が高い事業というのは、想定ターゲット顧客へのヒアリングなどで定性的な情報を収集することは出来ても、そもそも世の中に存在しない商品・サービスについての話なので、多くの場合、需要の規模を把握することは大抵困難である。

さらに、チャレンジ型のチャレンジたる所以は、既存事業との関連性の弱さである。既存事業によほど将来性がないという場合を除いては、通常企業が新規事業を開始する場合は、既存事業との関連性をみて、皆が大好きな「シナジー」が効くかどうかみたいなことを基準に新規事業の内容を決めることが多い。なぜなら、それがないと本当にスタートアップ企業が事業展開するのと変わらなくなってしまうからだ。

事業会社がチャレンジ型新規事業をする2つの絶対条件

 このため、チャレンジ型の新規事業をそれなりの規模の会社で実現しようとする場合、最初に立ちはだかるハードルは社内で事業を開始する承認を得る社内プロセスにあると考えられる。普通に考えると、チャレンジ型の新規事業は経営学的なセオリーに沿ったものにはならないので、経営会議等の承認が得られる可能性は低いといえるであろう。このタイプの事業は通常スタートアップ企業が始める方が理にかなっていると考える。例外的に、チャレンジ型の新規事業が承認される方法は、ビジネスプランが意思決定者のほぼ全員にとって非常に魅力的であり、メンバーの総意をもって是非チャレンジしたいと思える場合であると思う。特に、非常に定性的な表現であるが「非常に魅力的」と「総意をもって」の2つは重要であると思う。

一般的にチャレンジ型の新規事業というのはそもそも需要がそもそも存在しないところからスタートするので、事業の立ち上がり、つまり、収益化、黒字化までに時間がかかることが多い。しかも、既存事業との関連性が薄いと、事業の選択と集中みたいな話になると必ずその事業を何故やっているのかという議論の対象になる。その時のよりどころとなるのは、その事業が経営陣にとって「非常に魅力的」でそのビジネスプランを信じて会社としてチャレンジしたいという情熱と、それに経営陣が一致団結して進める総意があることが前提になるからだ。それがないと、新規性の高い事業が収益を上げて会社に事業貢献できるようになるまでの期間のサポートを会社から提供し続けることが出来なくなると思われる。

コミュニティ系ネットサービスの事例で考える

チャレンジ型新規事業の代表例は、コミュニティ系のインターネットサービスだと思う。私は楽天時代の一時期、Infoseekという最近では殆ど名前も聞かなくなってしまったポータルサイトの経営再建のメンバーに抜擢されて、Infoseekが提供していた、サーチとニュース以外のほぼすべてのサービスを統括する事業部の事業部長をしていた。当時は、USでちょうどSNS系のサービスが立ち上がってきていた時期で、Facebookの創業もほぼ同時期であった。日本においても、MixiやGreeなどの米国のSNSサービスを参考にした事業もその数か月か1年程度あとに立ち上がった。特にGreeなどは、当時楽天の同僚であった田中良和氏が個人的に余暇時間で立ち上げたサービスであった。その様子を横目に見ながら、このようなサービスを楽天のようなそれなりの規模になってしまった会社で立ち上げるのは非常に難しいと思った記憶がある。

そもそも、そのサービスにニーズがどの程度あるのかも分からないし、模倣しようとしているサービス自体の収益化もほとんどできていない状況であった。広告収益モデルになることは想像できたが、それがどの程度の規模になるのかは全く予想がつかなかった。そうなると、まともな事業計画書が作れないということになる。

一方で、田中氏は、そもそも自分でプログラムを書いてしまっていたので、自分の時間以外の初期投資もほとんど必要なく、おそらく事業計画書など作っていなかったであろう。もちろん自分のプライベートの時間を使う話なので、誰の承認もいらない。

その対比を見ながら、そもそも規模の大きな企業にとっては、私はこのような新規性が高いサービスは向いていないと強く感じた。おそらく事業計画を作る時間があれば、サービスを作ってしまった方が成功する確率は上がると思うのだ。なぜなら、ネットビジネスにとって、多くの場合新しい良いアイディアが生まれた時に成功させるための一番のポイントはスピードにあることが多いからである。GoogleもFacebookも学生エンジニアが作った会社だが、最初のサービスのプロトタイプを作ったときには誰からも出資を受けていなかっただろう。つまり事業計画など書いていないのだ。そのスピード感とサービスのアイディアの素晴らしさが成功の第一歩であったことはほぼ間違いないと思う。

残念ながら、チャレンジ型の新規事業が大企業で成功した事例はほぼ見たことがない。私が最も新規事業開発に関わった楽天のケースでもおそらくひとつも事例はないように思う。このセグメントの新規事業は既存の事業会社が行うのではなく、スタートアップ企業に任せる方が現実的であると思う。最近は、CVC(Corporate Venture Capital)などの手法も大分活発化してきているので、そのような手法も活用しながら、リスクを分散していくのが適切であると思う。

②周辺事業創造

周辺事業創造型を具体例でイメージする

事業の新規性が強く、既存事業との関連性が強い新規事業を周辺事業創造とする。この手の事業は2パターンくらいある。私が直近でいた人材紹介業に対するダイレクトリクルーティングサービスなどは例として想像がつきやすいかもしれない。日本で最も成功しているであろうダイレクトリクルーティングサービスはビズリーチだと思うが、ビズリーチが創業されたのは2007年で17年前とたぶん多く人のイメージよりも長い歴史がある。人材紹介業を行っている企業にとって、2007年当時はダイレクトリクルーティング事業は周辺事業創造のカテゴリに完全に合致する。転職という全く同じ需要を共有しており、求職者、採用法人の双方の顧客基盤も全く同じであるが、それまではほぼ存在していなかった採用手法という意味で新規性は非常に強いということになるからである。

その前にいたゲーム会社にとっての2010年前後のモバイルアプリゲーム市場なども周辺事業創造系の新規事業になるかもしれない。ゲーム開発という面では既存事業の関連性は高いが、ディストリビューションチャネルやターゲットユーザ層という意味では非常に新規性の高い事業であると言えた。

周辺事業創造型の成功のための2つのポイント

では、このような事業を上手くやるためのポイントとはどのようなものであろうか?私は2つあると思う。一つ目のポイントはあまり過剰な期待をして大きな投資をしすぎないこと、二つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないように独立した環境で事業をするということである。

初期投資の規模を小さくする

1つ目のポイントである余り過剰な期待をしない、大規模な投資をしすぎないという点は、新規性の高い事業に必要なポイントであると私は考えている。一般的に新規性の高い事業分野というのは競合がスタートアップであることが多いため、事業の立上げ当初は資金面の問題などからそれほど大規模に展開されることは多くない。また新規性の高い事業というのは当然市場自体が形成されていないので、いきなり大きな収益を上げられる可能性が低いことが多い。このような状況に対して、過剰な期待をして、過剰な投資をしてしまうと、事業開始当初の収益性が必要以上に悪化することが多い。そもそも、新規性の高いサービスというのは、私の経験上サービスを立ち上げて以降のPDCAの中で商品、サービスをブラッシュアップしていくことが多いので、事業の立ち上げ時にサービス仕様をガチガチに固めて、がっつりサービス開発をするよりも、アジャイルな開発環境で顧客の反応を見ながら徐々にサービスを固めていく方が、効率性が高い場合が多い。そのような事業の場合は、初期投資額を大きくするよりも、サービス開始後の継続的なサービス開発に費用をかけ続けられる方が上手くいくことが多い。

そのような環境であるにもかかわらず、大規模な初期投資をしてしまうと、初期の収益性が悪化し、継続的な投資が難しくなることが懸念される。また、この状況になると2つ目のポイントに悪影響を及ぼすことも考えられるが、この点については後ほど触れることにする。

既存事業からの干渉を受けないようにする

2つ目のポイントは既存事業からの干渉を受けないよう独立した環境で事業をする事である。これは、ハーバードのクレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」にはまらないための方策としてあげられる手法でもあるが、ロジックは同様である(ちなみに、この本が発表されたのは私が大学院に入ったちょっと前くらいだと思うが、経営学を学ぶ大学院生として初めて読んで凄いなと驚いた本であった。これまで読んだ競争戦略の本で最高の内容の本だと思うので、読んだことがない方はご興味があればご一読することをお勧めする。事業会社で新規事業を成功させたいと思ったら、僕は必読の書だと思っている)。最近はビズリーチが上場もし、非常に高い成長を見せている中で、リクルートやパーソルなどの既存の大手人材企業もダイレクトリクルーティング事業を積極的に推進している。しかし、私が知る限り、これらの企業も少なくても10年くらい前からダイレクトリクルーティング事業は開始していた。では、資本力の大きい既存の事業者がこれらのサービスを成功させられず、スタートアップであったビズリーチになぜあったりと成功を明け渡してしまったのかといえば、ダイレクトリクルーティング事業が人材紹介事業に対する破壊的イノベーションに近いビジネスモデルであったからだと思っている。破壊的イノベーションは前述の本を読まないと分かりにくいので、別の言い方をすると、いわゆる既存事業とのカニバリ(cannibalization 共食い)を起こす類の事業であったからであると思われる。ちなみに、cannibalizationというのは、A、B二つの事業があったときに、Aの売上が増えると、Bの売上が減るという競合関係になる事業をひとつの会社が運営する状況を表している。

一般的に、カニバリが起こると、新規事業に対して、既存事業からクレームが来る。大抵の場合、新規事業というのは既存事業に比べてサービスレベルも低く、単価も安い場合が多いため事業全体の収益性だけでなく、顧客単位などミクロレベルの収益性も低いことが多い。このため、その時点でのその企業の短期的な収益性を考えると新規事業を積極的に推進する合理的な理由がなくなってしまう。このような状況になると、多くの場合、そもそも既存事業との関連性が強いことから始めたはずの新規事業に対して、既存事業からの妨害的な行為が多発したり、良くても、非協力的な態度を取られ新規事業企画時に想定された既存事業の強みの活用がなされなくなるケースが発生することになる。ダイレクトリクルーティング事業でのビズリーチの成功というのは、おそらく既存の大手人材会社内でこのような議論が少なからず起こっていたものと推定される(私は当事者でなく、伝聞情報で聞いたので推定と書かせていただく。当事者情報をお持ちの方で認識が謝っていたらご指摘ください)。

私の経験上、カニバリが発生するタイプの新規事業の場合、既存事業からの協力を得ることを期待するのは困難であるケースが多い。なぜなら、先ほど言ったように、多くの場合、目に見える短期の数字だけ見れば既存事業を優先することが合理的であるのに対して、長期目線での新規事業のポテンシャルは単なる皮算用になってしまい、合理的な判断では新規事業が負けてしまうことが多いからだ。

同時に、競合企業がスタートアップであったりすると、そもそも既存事業がないわけなので、既存事業のリソースを活用できるということは少ないため、既存事業の協力がなくても実は戦うことが出来ることも多い。

このように考えると、この手の事業というのは、事業の立上げ当初は既存事業からの協力がない前提で、社内で独立した状況で、社内ベンチャー的にスタートアップ企業と近しい環境で事業をした方が上手くいく可能性が高いと思われる。

初期投資を小さくしてPLをコントロールすることが独立性維持のポイント

もし、そうだとすると一つ目の初期投資を小さくする話が予告通り再度復活して議論の対象となる。社内で独立してやるといということは、社内の干渉をなるべく少なくする必要があるが、初期投資を大きくして、社内のPL的に問題になるような規模の赤字を生み続ける状況になると、経営サイドとしても看過できなくなる。そうなってくると、再度既存事業とのカニバリの話が出てきたりして、事業の存続が危うくなったり、継続的な投資を得られなくなったりする。一方で、競合のスタートアップなどは、事業が立ち上がり、赤字でも成長性が示せるようになると資金調達が可能になり、投資が拡大するフェーズになっていく。こうなると、既存事業の体力で優位と思われた資金力などのアドバンテージがなくなってしまったりする。こうなると、多くの場合既存企業の新規事業はスタートアップ企業に勝てないということになる。このような状況にならないためにも、このタイプの新規事業は余り欲張らずに、小さく生んで大きく育てる感じで、時間をかけて作っていくことが重要である。

実は、私の入社前であるが、ゲーム会社のモバイル事業というのはこのよい成功例であるといえる。今の高品質なモバイルアプリゲームは全くそうとは言えないが、2010年前後のブラウザ式のモバイルゲームの開発費というのは今から思えば非常に小さかった。このため、モバイルゲームの開発チームというのは当初は非常に小規模なチームが社内の片隅でコツコツとトライ&エラーを繰り返しながら、どのようなタイトルがヒットするのかを検証し続けていた。そこに、モバゲーとGreeのプラットフォームが出現し、そこで非常に小さな開発費で作ったゲームが毎月何億円も売り上げるような大ヒットとなり、一気に社内で脚光を浴びることになり、その成功の拡大再生産で会社全体の業績を大きく改善させることとなったわけだ。おそらく、ヒットタイトルが出るまでのモバイルゲーム開発チームというのはなかなか辛い状況であったと思う。しかし、次のデバイスとしてモバイルゲームが来ないわけがないと信じて、辛抱強く開発を続けられたことが、結果的に大きな成功を生んだわけである。

新規性の高い事業というのは、当然成功の確率も高くはないので、初期投資は出来るだけ小さい方が良いと思う。誰と競合関係にあるのかをきちんと見極め、相対的にサービスレベルが高ければ、絶対的なサービスレベルには改善の余地があっても問題ないと思う。それを最初から理想に近づけるような方針をとると、殆どの場合、無駄に開発規模が大きくなり、上手くいかないことが多い。小さく生んで大きく育てるが周辺事業創造型の新規事業の成功法則である。