顧客情報の鮮度と密度を高める

CRMの成果を改善するオールマイティな方法

CRMジャンキーにならないためには、CRM経由のリピートユーザーを増やす時に一人当たりの接触回数をむやみに増やすしてはいけないことを前回説明した。逆に言えば、CRMの実績を継続的に拡大していくためには顧客との接触機会あたりのリピート率を上げていくしか方法はないということになる(DBの規模拡大はCRMチームには所与の数字とする前提)。これを実現するためには、MAツールによるシナリオ実装が有効であることも多いと説明もしてきた。ロイヤリティプログラムも上手に使えば効率を改善することが出来るであろう。

但し、このリピート率を改善するために、ほぼオールマイティに使え、ここで対競合比で優位性を持てれば相当長期的にその状態を維持可能だという凄く美味しい手法がある。それは、顧客DBの質の充実である。ただ、質といっても曖昧過ぎるためもう少し限定して定義すると、①顧客DBのデータの新鮮さ(Update性)、②顧客DBに登録されている一人当たりの情報量(密度)の2点である。

顧客情報のUpdate性を高める

Update性については、私が直近で仕事をしていた人材紹介の事例など非常に分かりやすいかもしれない。普通に考えると、転職の機会が毎月発生するという人はほぼ確実にいない。業法で、自社で転職した顧客には2年間は転職を勧めてはいけないという規制があるため最低でも2年おき、一般的には3-5年くらいの頻度でしか需要が発生しないということになる。このため、転職サービスというのは一度会員になっても転職を実現してしまうと、次回のサービス利用まで年単位の空白期間が発生してしまうことになる。仮に計算しやすいように転職頻度を平均5年としよう。顧客DBに100万人のデータが存在するとしたら、単純計算で毎年20万人ずつが転職をすると想定できる。このため、CRMが完璧に機能した場合の成果の最大値は20万人の転職実績を継続して実現する事である。

では、この最大値に近づくための最も有効な方法は何であろうか?答えは非常に簡単で、100万人のうちどの20万人が今年転職するのかを特定するという事である。実際、トライトで分析した経験でも、現状の転職意向を把握出来ている既存顧客とそうでない既存顧客では、自社サービスで転職をする確率は数倍レベルで前者の方が高いという実績であった。しかし、問題は5年に1回程度しか利用しないサービスに対して、普通の顧客は自分の現在の最新状況を継続してUpdateし続けるインセンティブは放っておけば全くないということである。この問題は、転職サービスのようにサービスの利用頻度が非常に低いサービスなどで特に問題になる。直ぐに思いつくのは、不動産、自動車、冠婚葬祭、転職・就職などである。皆さん直ぐにピンと来るとおもうが、リクルートの事業領域である。

顧客情報の密度を高める

②の顧客DBの密度についても考えてみよう。この密度が表しているのは、顧客の情報を企業がどれだけ多く、正確に把握しているのかという事である。では、顧客の情報を企業はどのように取得出来るのだろうか?まず一番簡単に思いつくのは、会員登録時等に顧客自身が自己の情報を登録フォームなどに入力して提供する方法である。と書くと、それなら会員登録時に出来るだけたくさんの情報を入力してもらえばよいじゃないかとなるが、それには2つの問題点がある。まず、一般的に会員登録などのフォーム入力のUIは登録する情報量/項目数の増加と反比例して登録率は下がっていく傾向にある。つまり、登録情報量を増やせば増やすほど、一人当たりの情報量は増える半面、顧客数が減少するということになる。もう一つの問題は意外と見落とされがちだが、顧客自身の情報入力というのは必ずしも正確に入力されているわけではないという事である。よくあるのが何に使うかもわからない生年月日を適当に1月1日とかで入力してしまったことがないであろうか?真面目に分析したことはないが、たぶん顧客DBに登録されている1月1日の割合は、1/365よりもかなり高い気がする。このように、顧客情報を顧客から能動的に提供してもらうことには限界があるというのがマーケティングの前提になっている。その大きな代替手段となっているのが、顧客の行動履歴をもとにした情報の収集である。この目的のために、最も有効な手段がロイヤリティプログラムである。もし、顧客にとって、自分がAという人間であることを企業に知らせることで何かメリットがないのであれば、わざわざ商品の購入時等に自分の個人情報を提供することなどないであろう。例えば、旅先でフラット訪れたお土産店でレジでお金を払うときに利用目的も分からずに名前と住所と電話番号を入力してくれと言われたら、貴方は素直に情報を提供するであろうか?普通の人であれば、何のために必要なのか?何に使うつもりなのか?と聞き返すであろう。しかし、最近の楽天ポイントとか、Paypayポイントであるとか、Pontaポイントであるとか様々なポイントのサービスや、クレジットカードを利用すると、貴方はサービス提供会社にどこで何を購入したのかを情報を提供し続けていることになる。そんなに深く意識していないかもしれないが、顧客は自発的に提供しているのである。ではなぜそうしてくれるのかといえば、ポイントが貯まるであったり、現金を持ち歩きたくないであったり、そのサービスを利用することで享受できるメリットがあるからである。例に挙げたような共通ポイント系のサービスというのは、顧客の行動履歴、とりわけ購入履歴を把握するためには非常に有効な手段である。もう一つの方法は、Webの行動履歴を分析する方法である。とくサイトにアクセスしたときにCookieの情報を提供しますかと聞かれることがあるであろう。あれは、ほぼ同義であなたのWeb行動履歴を企業のDBに格納しても良いですか?と確認されていることになる。多くの企業は、この行動履歴データを用いて顧客のその時のニーズなどを把握しようと必死になって分析しているわけである。

質の高い顧客情報を蓄積し、有効に活用する

ここまでで、顧客DBの質の内容を理解し、情報を収集する方法も概ね把握出来たと思う。では、次に考えるべきは、これをいかに上手くやり、競合に比べて自社の顧客DBの質は高いと思える(実際に両者を比較することはほぼ不可能なので「思える」くらいしかいいようがない)ようになるのかという手法である。

具体的な手法を検討する前に、世の中にあるビジネスを大きく2つに分けて議論することにしたい。なぜならそれによって、考えなければいけないことが大きく異なるからである。それは、人材ビジネスの事例でも触れたサービスの利用頻度による分類である。A利用頻度が高い(イメージ最低年に数回程度)、B利用頻度が低い(数年に1回程度)と考えてもらいたい。

サービス利用頻度の高いビジネスの場合

まず、Aの利用頻度の高いビジネスにおいては基本的には、顧客情報を収集する機会も多く、機会が多いということは頻繁にUpdateも自然とされていくということになる。このため、重要なことは、①情報収集をする機会に確実に情報を獲得できるような仕組を構築すること、②収集したデータを正しく活用できるように分析力の強化とオペレーションの構築を行うことの2点である。①については先に挙げたロイヤリティプログラムやWebの行動履歴の他に、会員登録をするメリットを追加するなどサービスUIを見直しても良いかもしれない。例えば利用頻度が高いサービスであれば、会員情報として、氏名、住所、クレジットカード番号などを登録しておくと、何か商品を購入する際にいちいちそれらの情報を入力する手間が省けるなどのサービスの使い勝手が向上する。Amazonの1-click購入ボタンなどはその代表的な例である。昔実際にやった面白いと思った例で言えば、サイトに占いのコンテンツを作ると女性を中心に生年月日の情報のUpdateが大幅に増えるみたいなこともあった。そもそも間違った生年月日の占いの結果など見る価値が殆どないからである。もちろん、顧客の立場からすれば、自分の情報を企業に知られることを快く思わないことも多いと思う。このため、企業側は顧客が情報を提供する代わりに得られるメリットを同時に考えることが要求されると考えてほしい。

②については、ロイヤリティプログラムやMAツールの話を読み返してくださいという方が話が早いが、ここでひとつだけ申し上げておきたいことは、私の知る限り、利用頻度の高い系の商品・サービスを提供している企業の多くは、顧客DBの質が悪いことが問題なのではなく、②の活用のオペレーションにまで落とし込めずに立ち止まってしまっていることが多いということである。このような企業は、②をまず考えて、オペレーションを作ったうえで、そのオペレーションのPDCAの質を上げるために追加でどのような情報があると便利なのかを考えて取得データを増やしていった方がよい。そもそも目の前にデータが多くあり、その活用方法も分からないのに、さらに情報量を増やしても上手くいく可能性は非常に低いと思った方が良い。

サービス利用頻度の低いビジネスの場合

一方で、Bの利用頻度の低いサービスの場合は何を考えなければいけないのであろうか?まずこのような事業の問題は、顧客にそのサービスのニーズがない期間は、何もしないとそのサイトを訪れたりメルマガを開いたりすること自体になんの付加価値もないため、情報のUpdate性も情報の密度も増やしようがないことが多いことである。

人材系のビジネスで、最もこの問題を上手に解決している企業は、おそらく医師の情報サイトと転職サービスを組み合わせているM3という会社であろう。そもそも、M3の始まりは転職サービスではなく、医師向けの情報ポータルサイトである。学術情報や医薬品の情報、病院経営情報など医師に特化した情報を圧倒的な量で集積し、巨大な医師のデータベースを構築している。この医師のDBに対して後付けで転職サービスを提供している。この構図は大変有効で、既存のサービスを会員が頻繁に利用しているため、タッチポイントも多く、利用頻度もそもそも高いため顧客情報を収集しやすい環境にある。もちろん彼らの顧客情報は外から見えないため、実際にどのように活用しているかは不明であるが、行動履歴データから転職しそうだという何らかのサインとなる情報が把握出来れば、CRMでの転職顧客獲得の効率は転職サービスのみを生業としている企業と比較して圧倒的に高められる可能性がある。このM3の事例は、人材サービスのような利用頻度が低いサービスの顧客DBの質向上のヒントになる可能性が高い。サービスの利用頻度の間を埋める情報やサービスを提供し、それほど多くなくても定期的に接触するためのタッチポイントを作る方法を模索してみても良いかもしれない。先ほどのM3のケースはターゲットが医師という非常に限定されたものであったため考えやすかったが、不動産とか、中古車とか、冠婚葬祭などは非常にターゲットが広いので難しいかもしれないが。ただ、その場合でも、可能な限り、自社のサービスの周辺の情報やサービスを検討したい。もし自社でサービス構築する余力がなければ、周辺サービスの企業と事業提携して顧客情報をシェアするなども検討しても良いのかもしれない。

とにかく、利用頻度の少ないサービスは、情報のUpdate性も、密度も著しく低いことが多いので、この2点を増やすことに全力を注ぐべきであると思う。それができれば、元々情報量は少ないので、オペレーションへの落とし込みはそれほど複雑でないことが多い。

よく「わが社の強みは顧客DBです」という話を聞くが、顧客DBのことを本当に真剣に考え、活用出来ている経営者は意外と少ない気がする。これほど多くの顧客情報がデータベースに蓄積されていれば何かに使えるはず、飯のタネになるはずと思っているだけというパターンは意外と多い。上手に活用するためには、自社の顧客DBのUpdate性と密度を把握することは不可欠である。死んでいる顧客のデータなど何件あってもはっきり言ってほぼ価値はない。一橋の楠木先生がダメな経営者の条件のひとつとして「シナジーおじさん」という話をしていて、私は激しく同意するが、私としては「顧客DBおじさん」も世の中いっぱいいそうな気がする。AIの時代になり、情報は集めれば集めるほど価値があるとなるのかもしれないが、2024年時点で私が経験している範囲でいうとやはりUpdate性と密度の良し悪しでそこから享受出来る成果は大きく異なると思っている。では、そのために何が必要かと言えば、まず始めにできることは、自社の顧客DBに真剣に向き合い、リピート率を改善させるために何が出来るのかを考えることである。少なくても私は人材サービスというおそらくビジネス人生で最も利用頻度の低そうなサービスの顧客DBを真剣に見た時に最初は愕然とした。正直、最初はUpdate性も密度もこれまで経験した業種とは比較にならないくらい低かったからである。でもそれはスタートに過ぎず、様々なアイディアで活用法を検討して、大きな成果を出すことも出来たと思っている。顧客DBの情報は放っておいてもお金になることはない。利用価値があると思うのであれば、本気で使ってみなければならない。顧客DBおじさんにならないために。。。

※、もしお時間があったらここまで読んだ後で、もう一度CRMの最初の記事「CRMの可能性」の記事を読んでもらいたい。より内容が深く理解できるはずである。繰り返すが、CRMはまだまだ改善の余地が大きい分野である。しかも個々の効率を上げれば上げるほど顧客LTVは高まるため、競合よりも高い新規獲得CPAを投資することができ、CRMの所与条件とした顧客DBの顧客数も実現できるという完全に正のサイクルが回ることになる。これを実現できればマーケティング視点での競争優位性を長期的に実現可能となる。