データの入力と蓄積・管理

正しいデータが存在することがデータドリブンの大前提

この話は、事業がオンライン完結型のビジネスをされている方には全く関係ない話なので、そういう方は読み飛ばしていただいて構わないが、自社のバリューチェーンにオフラインの活動が含まれている方には参考になるかもしれない。以前に、売上最大化の弊害の話をしたときにも、これまで経験したデータドリブンの最大の弊害であるそもそも正しい情報がない問題を議論した。オンライン完結型のビジネスというのは、基本的に事業プロセスの情報がほぼWebログや顧客情報DBなどに残っていることが殆どであり、これらのデータが正しくないということは余り考える必要はなかった。しかし、オフラインの活動が絡んで来ると、オフライン活動の情報をどのように入力、蓄積、管理していくのかというのは、非常に重要な問題になる。

私がこの点で非常に運が良かったことは、それまでこのエリアの経験が殆どなかったが(というか、基本的に悩む必要がなかった)、人材紹介業というバリューチェーンのある時点から(というか大半)がオフラインで行われる事業形態において、この問題に取り組む機会を得たからである。余り具体的な話をすることは出来ないが、データがあるということは、データドリブンの大前提なので、少し議論をしたい。

便利なエクセルが実は最大の敵

まず、多くの会社でこの正しいデータを手に入れるうえで大いなる敵となるのは、エクセル(Excel)である。この素晴らしく使いやすく能力の高いツールは、世界中のビジネス界で圧倒的な地位を占めている。もちろん複雑なこともでき、上級者が作った複雑なファイルになると私など怖くて絶対にいじれないが、基本的に簡単な集計であれば、誰でも簡単にフォーマットを作ることが出来る。しかし、この「誰でも簡単に」が、今回のテーマの視点では、著しく巨大な敵となる原因である。「誰でも簡単に」が実現したことによって起こる問題とはなんであろう。キーワードは「散逸」と「変形」である。

「散逸」については、言葉の意味のとおりデータが個々の部署やチーム毎に管理されたデータに散らばってしまう状況である。「変形」については、最終的には個人レベルまで問題が及ぶことがあるが、情報の入力・蓄積・管理の仕方が、細胞分裂のように散在しながら独自の変化を遂げてしまい、どんどん異なるデータや管理フォーマットの亜流が生まれ続けてしまうことである。この「散逸」と「変形」は、オフライン部門の人員数が多くなればなるほど、当然のごとく状況が悪化することが多くなり、手が付けられなくなることが多い。

SFAを上手く使うための障害とは?

これに対抗するためにこの15年くらいで急速に力をつけてきたのが、SFA(営業管理システム)やCRM(顧客管理システム)といったツールである。代表的というか、この分野で圧倒的な勝ち組になっているのはSalesforceである。Salesforceについては今や一言で何のツールか表現できないほど様々な機能をもつツール群となっているが、簡潔に言えば顧客データと営業活動のプロセスをオンライン上で管理、蓄積することができるツールである。このSFAが上手に導入されると、基本的にそこにデータは入力され、蓄積されていくことになるため、少なくても「散逸」問題は改善される傾向が強い。 前職で良かった点は、入社当初にデータがきれいな状態で使えるようには全くなっていなかったが、少なくてもSFAは導入されており、そこに事業活動の元データはある程度蓄積されていたため、DWHを作ろうと思ったときに、元データとして基盤となるものが存在していたことである。もし、これがなく、「散逸」の解決からしなければならなかったとしたら、おそらくマーケティング改善のスピードは2年くらい遅れていた気がしている。

しかし、SFAも数多あるイケてるツールの例にもれず、上手に使えば大変便利なものであるが、使い方を間違えると、思ったほど使えるものにならずに終わってしまう。このエリアも私はユーザー視点での意見しかいえないので、構築面での話はその道の専門家にお任せするが、私なりの注意点を説明しておきたい。

一つ目の問題点は、カスタマイズし過ぎ問題である。多くのクラウド型のSFAの良いところは、ノーコードでカスタマイズが可能というのを売りにしていることが多いが、このカスタマイズのしやすさというのが実は障害になったりする。

よくある話が、営業部門で進捗管理のMTGをしていて、ある営業部員が今月のパフォーマンスが良い理由を説明したとする。もしその理由がこれまで全く重視されていなかった指標で、全く管理されていなかったとする。それを聞いた営業部長が、「それは素晴らしい視点だね。これからはその指標も定期的に追っていくことにしよう」と会議で発言する。そうすると営業管理部門の社員がSFAの管理担当者に、今週から〇〇のデータをトラッキングすることになったので、SFA内で入力できる場所を作ってほしいと言われる。SFAの担当者は、出来ないわけでもないし、部長がやれと言っていると言われては断れないので承諾する。

と話を聞けば、この単体のストーリー自体はそこまで変な話ではない。但し、このストーリーが何年も毎週のように繰り返され、何十、何百と生み出され続けると、いくつか問題が発生するようになる。まず、何の指標が重要なのかが分かりにくくなってしまうのである。その時々の「いいね」を集積してしまうと、本当に重要なことと、特殊な環境において重要なことが入交り、項目の渦に巻き込まれてしまうのである。この話は、エクセルの話と同じなのであるが、開発・改修が容易なソフトウェアというのは、設計が精緻に練られなくなる傾向があり、その結果、情報の整理や、利用シチュエーションの想定が甘くなる傾向にある。このため、利用者の要望、または、多くの場合ちょっとした思い付きをどんどん機能実装してしまうことによって、データの項目数が増えすぎてしまい収集がつかなくなるというケースが発生しがちである。

そして、この状況は副次的な悪影響を生む。入力項目が多く、複雑なUIというのは、多くの場合使いにくく、理解しにくい。そうすると、営業等がデータを入力する際に、何が本当に重要でMustで入力しなければならず、何が必要に応じて入力すれば良いのかなどのオペレーションが不明瞭になるケースが多い。このため、運用が人によってマチマチになり、データの網羅性と正確性が落ちていくのである。

良くある話が、これを解決するために、分かりやすく膨大な量のマニュアルを労力をかけて作るのであるが、そういうものはほぼ読まれないため、問題の解決にならないことが多い。

そして、さらに酷いケースでは、結局そのSFAツールはデータの網羅性と正確性が低いという現場の悪評が広がり、末端の現場で独自のエクセル管理ツールが出現し、データの2重管理の状態になることまである。こうなるともう何のためにSFAツールを導入したのか分からなくなるのである。ちなみに、私がみた、なかなか酷いSFAの利用状況で、数百あるデータ項目のうち、1レコードも入力されていない項目が半分以上あるというような事例もあった。

ビジネスの運用プロセスからツールの改修を考える

こうならないためのおそらく唯一の方法は、SFAを構築、改修する際に、セットでビジネスプロセスの構築・改修を常に実施することである。私の経験では、多くの組織というのはやりなれた業務プロセスを変えることには抵抗があることが多い。このため、あるデータを取ることが重要だというのであれば、それまでのビジネスプロセスを変えて、業務を明確に追加して、リソースをかけてまで実施することが本当に必要化を考えて取得データの追加や、機能の追加をすべきである。このようにいったん立ち止まって、本当に必要かどうかを精査するというプロセスを入れるかどうかで、この問題はかなり改善すると思う。そのような議論の場を作ると、データの構造に詳しい人が、そのデータならこうやること取れるとか、似たような分析が出来るというように建設的な意見が出てくることも多い。

近年ビジネス向けのクラウドサービス、ツールが多く出現し、非常に手軽に利用出来、ノーコードでカスタマイズ可能を売りにしているのを非常に多くみる。タクシー広告などを見ていると、そのようはツールの宣伝のオンパレードだ。このようなツールは、上手に使えば素晴らしい成果を出すが、多くの場合、手軽に導入可能な故に、現場のレベルで導入して、一部で最適化されるか、一部の人の思いで構築されてしまい、ビジネスのプロセスの実態と乖離してしまい、結局使われなくなってしまったり、似たようなツールが乱立するということになるケースが非常に多い気がする。

データドリブン・デジタルマーケティングにとって、どのようにデータを使える状態で入手できるかは、繰り返すが成否を左右する根幹の問題である。しかし、この部分を本当に良くしていくためには、おそらくマーケティングだけでは難しく、寧ろ、その他部門の業務プロセスの根っ子の部分をいじらないと難しいと思っている。これは一朝一夕には行かない、難しい課題ではある。しかし、一気に解決することは難しくても、辛抱強く取り組む価値のある仕事だと考えている。