オペレーション精度で差別化を実現する
オペレーショナルエクセレンスというビジネス用語がある。定義を見てみよう
オペレーショナルエクセレンス(Operational Excellence)とは、オペレーション(業務の管理・運用)の効率・向上を目指すことによって、競合他社が真似できない、その企業独自の優位性を保つ状態
アメリカの著名なコンサルタントであるマイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏が1995年に「ナンバーワン企業の法則」で提唱しました。それによると、優良企業の3大指標として以下の3つが示されています。
- オペレーショナルエクセレンス(業務オペレーションの効率・向上)
- プロダクトイノベーション(革新的な製品/サービスの創造)
- カスタマーインティマシー(顧客との親密な関係の構築)
出典:フジトラニュース
分かりやすく言えば、日々のオペレーションの効率をあげることによって、利益をあげていく手法である。提唱者の二人の定義に従えば、優良企業の3大指標には、オペレーショナルエクセレンスとともに、プロダクトイノベーションとカスタマーインティマシーがあげられるそうだが(それ以外にもあるような気がするが)、例え商品で差別化ができていなくても、オペレーションを競合他社に真似できないほど洗練させることによって、マーケットでの差別化を産むことが期待されるとする考え方である。
ビジネス成功の要素-楽天市場の場合
仮に、ビジネス成功の3要素が正しいとして、事業が成功するために必要な3要素の重要度の比重は業種毎にかなり異なるというの私の見解である。
例えば、私の最初のキャリアである楽天のインターネットショッピングモールという職種については、どうであろうか?まずプロダクトイノベーションから見てみよう。インターネットが一般に普及しだして、Windows95の登場で家庭にPCが普及しだした1990年代の後半において、様々な企業がインターネットでのビジネスチャンスを模索していた。その中でもインターネット通販=ECというのは当初から有力なビジネス分野と認識されていた。そのような流れの中で、アメリカではAmazon.comが直販ネット書店という形で起業され急成長を遂げ、ebayがCtoCのECとして同じく話題となっていた。それに対して、日本においては様々な企業がどのような方法が日本に向いているのかと模索し、楽天の創業前にも、大手外資系IT企業が運営するネットショッピングモールがサービスを行うなど、様々なチャレンジが行われていたが、まだこれといって成功しているという事業があったわけではなかった。
そのような状況において楽天はインターネットショッピングモールというビジネスモデルでECの世界にスタートアップとして登場した。前述した通り、インターネットショッピングモールという業態はすでに先行企業があったが、全く成功していると言える状況ではなく、多くの人にそんなもの上手くいかないとさんざん言われたそうである。なぜ、そんな状況で楽天市場が成功したのかというのは詳細に話し出すと長くなるので、ここでは詳述しないが、創業メンバーたちは先行サービスの問題点を徹底的に研究し、当時としてはかなり珍しかった今でいうSaaS型のサービスを提供することで、大きな成功を収めた。
楽天の創業期には、日本におけるSaas型サービスは市場に強力な競合がいなかったため、楽天の創業期の成功要因が何かといえば間違いなくプロダクトイノベーションであったと思う。
しかし、プロダクトイノベーションというのは決定的な弱点がある。それは、企業外から見ても、先行企業がやっていることが把握し易いので、そのプロダクトを模倣しようと思えば模倣できてしまうということである。事実、私の在職中も、多くのチャレンジャー企業が楽天の成功の2番煎じに預かろうと参入してきたが、おそらくある程度成功したのは、当時日本におけるネットの巨大なトラフィックをコントロールすることができたYahooのYahooショッピングくらいであったと思う。
では、なぜ、プロダクトイノベーションで成功した会社が中長期的な競争優位を保てるのであろうか?その理由は、カスタマーインティマシー(顧客との関係性の構築)にあると思う。分かりやすく言えば、先行企業として多くの出店者を集め、そこで買い物をする顧客を先に集めてしまったことで、ショッピングモールに必要な品揃えと消費者のデータベースを先行して構築してしまったために、SaaSのサービスとして同じものを構築できたとしても後発企業にとっては、サービス全体の模倣までできない状況を先行して作ってしまったわけである。
私が立ち上げに関わった楽天ポイントのサービスなどは、まさにこのカスタマーインティマシーを強化するためのツールであったわけであるが、プロダクトイノベーションで構築した優位性を、カスタマーインティマシーでさらに強化するということで、自社の優位性を複合的なものとしていったわけである。
オペレーショナルエクセレンスについては、正直今の規模になった楽天のオペレーション精度、効率性を私は知らないので言及することはできないが、少なくても楽天を見ると、プロダクトイノベーション→カスタマーインティマシーと成功の要素が事業のライフサイクルが変化するに従い変化・強化されて行っていることが分かる。
ビジネス成功の要素-ゲーム産業の場合
では、私が2番目に働いたゲーム業界についてはどうであろうか?私の見立てでは、この業界は圧倒的にプロダクトイノベーションの世界であるといえる。分かりやすく言えば、どれだけマーケティングを駆使してカスタマーインティマシーを高めても、流通コストを下げるためにオペレーションを効率化して他社と差別化をしたとしても、ゲーム業界において面白い・ユーザーに評価されるゲームを作れなければ、事業を成功するチャンスはほぼないと言って間違いない。
この話は、私のようなゲームを作ることができない(そもそもゲーム業界で8年以上働いたが、個人的にはゲームはほぼしない)人間からすると非常に悲しい現実であるが、この考えは間違っていないと思う。よく部下に言っていたのは、「面白いゲームのマーケティングを自分たちが失敗して売れないことはある。しかし、面白くないゲームをマーケティングの力でヒットゲームにすることは残念ながらできない。」ということである。特に、モバイルのFree to Play(=インストールは無料。課金はゲームをPlayする中で行う)型のゲームにおいてはこの特徴が強い。顧客は、インストールは無料なので、ゲームへのエントリーハードルは低く、ある程度話題を作ったり、効率的にマーケティングをすることができれば、ゲームをインストールしてもらうところまでは持っていけないことはない。しかし、ユーザーがゲームをプレイして面白くないと思ってしまった瞬間にゲームから離れてしまう。そして、一旦面白くないと思われてしまったゲームにユーザーを呼び戻すのは、著しくハードルが高くなってしまうからである。
このように、ゲーム業界においてはプロダクトイノベーションは絶対的な必要条件である。しかし、一旦プロダクトイノベーションを実現できると、中長期的にはヒットコンテンツのIP活用してシリーズ化して継続的な売上をあげていくようなカスタマーインティマシーであったり、日本企業であれば日本の成功ノウハウを海外市場にも展開して市場を大きくしていくなどのオペレーショナルエクセレンスなどの要素で、事業を拡大することは可能である。ただ、プロダクトイノベーションが必要条件である以上、他の2要素のみで事業を成功することは不可能なことは間違いない。
その証拠に、日本の多くの大手ゲーム会社というのは、大手のゲーム会社同士が合併してできた会社である。具体的には申し上げないが、社名に〇〇・△△というように、複数のブランドが並記されている会社をよく見かけるであろう。では、なぜ合併せざるを得なかったのかといえば、プロダクトイノベーションを継続して、切れ目なく行うことが難しく、経営を安定させることが非常に難しいからである。プロダクトイノベーションを継続的に行い続けなければいけない産業というのは、正直に申し上げて、経営にどうしても「運」の要素が入り込んでしまうのを避けられないという特徴がある。もちろん、このBlogでも何度も議論しているイノベーションマネジメントなどの理論を活用して継続的にヒットを生む努力は各社行っているとは思うが、内部で働いた経験でいえば、運を排除するのは相当に難しいというのが私の結論である。
ビジネス成功の要素-人材紹介ビジネスの場合
では、最後に私が直近で働いた人材紹介という業種はどうであろうか(人材業では範囲が広すぎるので、ここでは人材紹介に限定する)?この業種ははっきり言ってプロダクトイノベーション的な要素は非常に低いと言わざるを得ない。人材紹介業というのは、転職をしたい求職者Nと採用したい採用法人NのN対Nのマッチングという非常にシンプルなビジネスモデルであり、そのサービスの根本を変えることが難しい。私の前職のトライトという会社もその典型であるが、唯一あるとすれば、取り扱う職種を限定して、専門・特化することで競合環境をコントロールすることくらいである。
私がある業界を見るときに、プロダクトイノベーションの要素が少ない業種の判断材料と考えているのが、小規模事業者が乱立しやすい業種、その産業での成功体験をもとに独立して起業しやすい業種であるかどうかというのを見るようにしている。人材紹介業でいえば、ビズリーチをみるといわゆるヘッドハンターといわれる人がたくさん活動しているのに気が付くと思うが、このような人たちの中には個人で人材紹介業を行っている方が結構多く含まれている。
では、このようなプロダクトイノベーションで差別化ができない業種で成功している企業の差別化要因とは何であろうか?結論は、オペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーの組み合わせである。
人材紹介業は、先ほど述べたようにN対Nのマッチングなので、事業規模を大きくしようと思うと、双方のNをどれだけ多く集めて、マッチングの精度を高めて求職者の側から視れば獲得した求職者の転職率をどれだけあげられるかが勝負であるし、採用企業から視れば獲得した求人枠をどれだけ充足させられるかが焦点になる。
そのように考えれば、多くのNを集めるという点で考えれば、求職者であれ、採用企業であれ、顧客とのリレーションをどれだけ強固に作り、その数を拡大していくかが勝負であるためカスタマーインティマシーを高めるための広義の意味でのマーケティングが必要である。一方で、そのN対Nのマッチングを効率よく、高精度で行うために必要なのが、オペレーショナルエクセレンスになるわけである。
そして、さらに重要なのが、この2つの要素は独立しているのではなく、組み合わせて企業・サービスのバリューチェーンとして全体として最適化されなければイケないということである。具体的には、以前、KPI設定の仕方や、デジタルマーケティングオペレーションの話しの中で議論した内容を振り返ると分かりやすい。そもそも、集客オペレーションという狭義のマーケティングで競合と優位に戦うためには、単に広告のオペレーションスキルをあげるだけでは難しく、顧客獲得後の顧客LTVを改善するための後工程のオペレーション活動の効率が競合企業よりも高いことが必須である。なぜなら、後工程のオペレーション効率が悪い企業は顧客LTVが低くなるため、獲得した顧客一人当たりの価値が低いということになる。それはすなわち、競合よりも顧客一人当たりの獲得単価を低く設定せざるを得ないことを意味するため、中長期的には収益率を維持したまま、競合と戦っていくことができないことを意味するからである。
オペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーを組み合わせる
このように3つの要素を整理して考えると、私自身のキャリアで選んできた仕事がこのようになった理由も分かってくる。最初に新卒で入社した楽天の初期は別にして、楽天でマーケティングを始めて以降のキャリアは、一貫して今述べてオペレーショナルエクセレンスとカスタマーインティマシーの組み合わせの最適化を行い、バリューチェーン全体の効率をどれだけ改善させられるかをひたすら考えてきたといえる。転職する際の選択の基準は、ある程度マーケティング予算を使える企業であることが自分の得意分野を考えると条件であったのだが、継続的に大規模なデジタル広告予算を使える業種というのは、基本的にはこの2つの要素の組み合わせで事業拡大ができる業種であることが多い。
ゲーム業界については、プロダクトイノベーションの比重が大きいという話をしたので、変に思われる方がいるかもしれないが、企業としての成功の最も重要なカギはもちろんその通りなのであるが、Free to Playのゲームが主流になるにしたがって、プロダクトイノベーションが成功した後は、残りの2要素を精緻に行い、プロダクトライフサイクルを伸ばし、顧客LTVを高めることが必要になるため、この点で私のスキルが活かせる部分があったからである。
私がオペレーショナルエクセレンスの重要性を考えるようになった理由は、直近の人材業界とその前のゲーム業界の比較をする中で理解できたのであるが、企業の戦略の話などを読んでもなかなか出てこない視点であるため、覚えておいてもよい分析手法であると思う。以前、某外資系有名戦略コンサルティング会社のパートナーに人材紹介会社の差別化要因を聞かれて、オペレーション精度を上げるという話をして、戦略とは競合と違うことをすることだと文句を言われたことがあるが、ここまで述べてきた理由により、私はそのコンサルタントのほうが間違っていると思う。戦略コンサルティングと名乗る以上、プロダクトイノベーションやカスタマーインティマシー的な差別化要因を見いだせないと価値が出せないのであろうが、残念ながらそのようなものを見出しにくい産業というのは現実には存在するのである。