AIにビジネス戦略は考えられるのか?
最近時間があると考えてしまうのは、AIと人間の棲み分け、とりわけ人間に残される仕事とはなんであるのかということである。ちょっと前までは、私のような文系の人間がビジネスの世界で生き残れるとすれば、新しいビジネスを考えるであるとか、新しい戦略を考えるであるとかの知的生産業務であれば人間に残されるのではないかと考えてきたが、最近どうもそれも怪しい感じがしてきた。
例えばChatGPT4に、「友人がこれから独立して、起業をしようとしています。大学卒業後10年間IT業界で仕事をしてきた人です。何かよいスタートアップのビジネスアイディアはあるでしょうか?」というざっくりした質問を投げかけてみたところ、ちょっとしたコンサルティング会社に頼んで出てきたのではないかというくらい整理されたアイディアが返ってきた。何度か質問をして、AIがどうしてその答えを出してきたのかを確認し、こちらの能力とか経験の情報をなんとなく提供するなどやり取りを繰り返すと、提案するアイディアが相当な精度で絞られていき、なんとなくこのアイディアを実行したら本当に起業できてしまうのではないかと思うアイディアに絞り込むことができてしまった。そこまで話をすれば、そのあとは事業計画のプレゼンテーションの構成を考えてくれたり、こちらの考えた事業計画の内容をチェックしてくれたり、より詳細な検討ポイントを教えてくれたりと、かなり有能なコンサルタントに何千万円を払わないと出来なさそうな情報が、一瞬にして返ってくるような感じであった。
もちろん、このChatGPTとの議論はあくまで机上の空論であり、どれだけChatGPTの提案が「それっぽかった」としても、それが本当に実現できるかどうかはやってみなければ分からない。結果として上手くいかないこともあるであろう。では、もしChatGPTの意見が100%の正解ではないとして、それはChatGPTがダメで、やっぱり人間のほうが良いという話しになるのであろうか?私は残念ながらそうはならないと思う。なぜなら、マッキンゼーにしろ、ボストンコンサルティングにしろ、優秀な人間のコンサルティング会社に何千万、何億円のコンサルティング費用を支払って、ビジネスアイディアを考えてもらったとしよう。その結果出てきたアイディアを実行したら、100%成功するのであろうか?私の能力レベルともらっている金額は全く違うとしても、私自身も今はコンサルティングの仕事をしているので、悲しい現実であるが、残念ながらYesとは言えない。そもそも、ビジネスにおいて100%何かを予言することなどほとんど不可能である。また、そもそも、トップコンサルティング会社の優秀な人たちが集まってビジネスモデルを考えて、100%成功するアイディアを作れるのであれば、はっきり言ってその人たちは早々にコンサルタントなどやめてしまって、自分たちで考えついた最も可能性の高いビジネスモデルを自分たちでやってしまった方がよい。仮に今の年収が何億円であるか分からないが、それよりも遥かに大きな収入を確実に得ることができるはずだからである。もちろん、コンサルティングファームをやめて独立・起業する方もそれなりにいて、事実成功している人もいるけれども、全員がそうしているわけでもないことを考えれば、コンサルタントを(長く)している人自身も、自分たちの提案が100%ではないことが分かっていると考えるしか、論理的に説明がつかない。
このように考えれば、ChatGPTの提案が100%正しくないからと言って、ChatGPTには戦略立案のような作業は出来ず、それは人間の仕事として残されると考えるのは正しいとは思えない。上記のディスカッションや、具体的には申し上げられないが、私自身が起業しようと思っているアイディアをChatGPTとディスカッションしたより具体的かつ、詳細な内容を見ると、私の25年のビジネス経験で出会った数千人のビジネスパーソンと比較して、ChatGPT4の現在地はかなり上位のビジネスパーソンと同等程度の戦略構築力を持っていると考えてもおかしくはない気がしている。しかも、仕事を進めるスピード感ははっきり言って人間の数百、数千倍の能力なので、戦略立案、論理構成のような、身体的作業を伴わない論理的思考力に依存した仕事は人間が行う必要がないのではないかという危機感が増すばかりである。
なぜ100%正しい戦略の構築が不可能なのか?
ChatGPTのこのような現状を考えると、人間の行う知的労働の領域はどんどん限定されていく。では、何がAIにできないことなのであろうか?そのヒントも、今紹介した、人間とトップレベルの戦略コンサルタントとChatGPTの比較の話しに隠されている気がする。
まず、そもそも、大変頭の良いはずのトップクラスの戦略コンサルティングファームのコンサルタントや、人間には全く及びもつかない巨大な情報量から厳選して考えられたChatGPTが提案する新しい戦略や事業アイディアが100%成功しないのは何故なのだろうか?もちろん理由はいくつか考えられる。①戦略を検討した時点と、戦略の実行時点でビジネス環境に変化が生じている、②戦略のExecution、Operationの段階で想定した通りの実行能力がそのチームに備わっていない、③そもそも戦略の前提条件として考えていた仮説と現実に乖離があった。私の経験上よくあるパターンはこの3点程度である。二桁以上の新規サービスや新商品開発に関わってきた経験でいうと、現実的には①~③のどれかが起こるというよりは、程度の差こそあれ、①~③が同時に起こるケースがほとんどである。しかも、これは失敗するビジネスに限らず、成功するビジネスであってもStrategy以降の2段階において①~③の事象はほぼ確実に問題点として起こり、計画通りに事業が成功するかどうかは、その乖離の程度がリカバリー可能な範囲にとどまっているかどうかの違いである。
では、この3点についてなぜ事前に対応することが不可能なのであろうか?それぞれ個別に見ていくことにしたい。
①戦略を検討した時点と、戦略の実行時点でビジネス環境に変化が生じている
このケースが発生する理由は、一言でいえば、どんなに優秀な人間でも、AIでも、未来を正確に予測することが不可能だからである。ビジネスとは、究極的には、地球上に70億人の人間がいるとすれば、その70億人一人一人の瞬間毎の行動や意志決定の複合的な結果として環境が変わっていくので、未来永劫すべての情報を集めて、次の瞬間に起こることを予想することなど、不可能に近い。もちろん、この話は極端な未来予測のパラメーター数の話をしているが、現実的に個々の事業が直面する市場環境の未来予測をするために必要なパラメーター数ということで考えても、それが5個や10個ということは現実にはないであろう。どんなに精緻なリサーチであっても、戦略というのは必ず過去のデータの分析から未来を予測するものなので、結果的に100%正確な未来予測ができることなどほぼあり得ない分けである。
②Execution、Operationの段階で想定した通りの実行能力がそのチームに備わっていない
Execution、Operationの実現性を事前に正確に予測するためには、事前に下記の2つの項目について正確な情報を把握・評価できていなければならない。1)Execution、Operationを実行するために必要な詳細なタスク項目の洗い出しとその実現に必要な要件、2)実行に必要となる人的なリソースやその能力の把握とその確保の方法。分かりやすく言えば、何をしなければならず、それを実現できるための人員等を準備しなければいけないということである。しかし、現実的には、戦略立案の時点では、1)、2)を正確に網羅的に把握することが困難であるため、実際にはできると考えていたことの実現が想定通りに進まないということが発生するわけである。
③そもそも戦略の前提条件として考えていた仮説と現実に乖離があった
このケースは、未来予想の誤りというよりは、事前の分析精度の問題である。未来予想と同様に、現実の市場環境が分析時点の状況になっているすべてのパラメーターを理解して分析をすることは、未来予想同様に現実的には不可能であるため、目立たないが重要なパラメータの変化が見落とされているなどによって、過去の評価を誤ってしまうということが発生する。
最後に人間に残される仕事とは?
このように考えると、どんな精度の高い、優れた戦略であっても、その実現性が100%でない理由は、大きく分けると2つの理由に大別することが分かる。一つ目は、過去・現在、未来についての市場環境の理解をすべてのパラメーターを把握したうえで完ぺきに行うことが現実的には不可能であること。二つ目が、もし戦略が市場環境を正確にとらえられたとしてもその実行段階においては、個々の人間の能力と業務のマッチングなど数値化・言語化が困難な事象を事前に把握して、計画に織り込むことが不可能であることである。
この2点については、おそらく私が生きている間のコンピューターの発達レベルでは、おそらく解決しない問題な気がする。前者については単純にすべてのパラメーターを考慮して完ぺきな計算モデルを作ることなど不可能であろうし、後者については元データの数値化・言語化が困難である点で、AIが正確に予想することが困難であるからであろう。
ただ、ChatGPTに戦略を考えてもらう実験を通して感じるのは、この2つの課題への対応が、人間とAIのどちらが得意かという点では評価が分かれると思われる。まず、市場環境理解(前者)の課題についての精度向上のカギは、とにかく可能な限りの情報を収集し、その分析をして予測をすることなので、人間の能力が10-20年で飛躍的に向上することはあり得ないこともあり、将来にわたってAIが行うことのほうが精度向上を見込むことが可能だと思われる。
一方で、後者の人間の能力評価から適材適所の個人の配置のような領域についてはもうしばらくは人間に一日の長があるのではないかと思う(願望も含め)。なぜなら、この領域は実際のタスクを実行する人間個人毎のマネジメントを伴う領域だからである。人間の日々のマネジメントを細部にわたってAIがコントロールするためには、データ化できないエモーショナルな領域も含めて把握する必要があるからである(脳に半導体チップを埋め込んで、脳の電気信号をAIが細くできるみたいな話しになったら別かもしれないが)。もし、この仮説が正しければ、新しいビジネスを作るとか、新しいイノベーションを実現するという話をする場合に、人間がAIに勝る可能性のあるポイントは、StrategyよりもむしろExecution、Operationの領域であるのではないか。
さらにいえば、おそらく、会計や人事労務管理など、データを決まったルールに基づいて正確に処理するようなタスクについては、確実にAIの方が処理能力が高くなり、人為的ミスの可能性も排除しやすいので、Operationといっても人間の介在する余地は小さくなっていくであろう。
このように考えると、将来的に人間が付加価値を出すべき領域というのは、明文化されたルールが設定されておらず(範囲が限定されておらず)、タスクの進捗とそこから生み出される結果が、人間と人間の相互作用によって生み出される領域である可能性が高い。野中郁次郎先生のSECIモデルでいえば、Socialize(共同化)という人間同士が暗黙知同士を議論を通じて共有化していくプロセスとInternalization(内面化)という形式知の組み合わせによりできたマニュアル的なものを体験を通じて個人の暗黙知として蓄積していくプロセスに関わる部分になるであろうと思われる。
暗黙知が生まれる場所とは?
この考えは、実感値としても納得感がある。最初に例示したChatGPTとの戦略ディスカッションを通じて感じたことは、AIから良い情報を引き出し、徹底的に論理的なディスカッション結果を導き出すためには、人間の側にAIに自分の考えを言語で論理的に説明する形式化の能力が必須であるし、その精度が高いほど、AIは納得感のある結果を提示してくれるようになる。一方、SECIモデルで暗黙知として定義される領域は、その形式化が難しいことがそもそもの定義であるため、暗黙知のやり取りをAIと重なうことは著しく困難である。SECIモデルが正しいとすれば、暗黙知が関わる分は必ず人間が行わざるを得ないのである。
では、この暗黙知は何処から産まれるのか、それはおそらくStrategyではない。より現場に近い活動であるほど蓄積されていく可能性が高い。つまりOperationの領域である。ただ、先ほど述べたように、情報を決まったルールにしたがって、正確に処理するタイプのオペレーションはおそらく人間が行うタスクとしては残らない。また、そのような情報の効率的処理という領域においてはAIが高性能化してしまえば、人間の経験値など大きな役に立たない可能性が高い。つまり、暗黙知が創られたり、蓄積されるのはオペレーションといっても、上述した人間同士の相互作用を伴うルール化が難しいオペレーション領域であると言える。
ここまで来て、前回から話題にしているオペレーショナルエクセレンスに話を戻す。AI前のビジネス世界においては、Strategy、Execution、Operationの3領域の事業の差別化要因としての重要性は、Strategy>Execution>Operationという優先順位であると考えられてきたと思う。しかし、今回話してきた実験を通して私が感じるのは、AIの能力が上がる近い将来の優先順位としては、Strategy<Execution<Operationと、全く逆転する可能性が高いと思われる。なぜなら、Operationからの距離が上がるほど、タスククオリティは情報集、情報の論理的理解と整理の比重が高くなり、おそらくこの領域で人間がAIに勝つことなどほぼ不可能だと思われるからである。
もし、企業の差別化要因として、今後ますますOperationの地位が向上するという私の仮説が正しいとすれば、多くの企業において重要なのは、Operationを単なる効率化を追及する無駄な業務と考えるのではなく、日々の考え抜かれたオペレーション精度向上の活動を通じた、暗黙知の集積ポイントであると定義しなおす必要があると思われる。マーケティングの領域の議論であれば、その具体的な方法はこのBlogで一貫してPDCAの高速回転ということで実践方法を提示してきたので、そちらを参考にしていただきたい。
Operationの重要性はこれからの企業活動において益々重要になってくる。企業が同業他社と差別化しようと思う時、差が生まれるのポイントはOperationである。つまり、オペレーショナルエクセレンスで競争優位を気づいた企業こそが、中長期的な競争優位性を保持し続けられるのである。