自社運用 VS 広告代理店

どの広告代理店がいいの?

こういう仕事をしていると、よく聞かれる質問のひとつが、どの広告代理店が良いですか?という質問である。私の応えは一択で、「分からない」である。ただ、これでは余りに乱暴なので、もう少し丁寧に説明するのであれば、「今何が問題で、何を解決したいのか、キャンペーンの規模はどの程度で、社内のメンバーのスキルレベルは程度か、、、などなど、状況が分からないと応えられない」というのが正しい答えである。

もう一つのよくある質問は、インハウス運用がいいのか、代理店運用が良いのかという質問である。これも、応えは同じである。世の中なんでもそうだと思うが、あらゆる問題を解決する魔法の杖のようなソリューションがあることは極稀である。残念ながら広告代理店も使い方次第である。

ちなみに、私はこれまでの3社でインハウス運用も広告代理店運用も両方経験しており、どちらを選択するかではなく、何をどのようにオペレーションするのかという方が何倍も重要で、パフォーマンスの差が生まれると思っている。

日本企業の多くは広告代理店にかなり依存してマーケティングをしていると理解していて、どのようにお付き合いするのが良いのかは、結構ニーズの高い関心事だと思っているので、本章においては、広告代理店というサービスのいろいろについて考えていきたいと思う。

リスティング広告が生み出した自社運用という選択肢

広告代理店について議論する時にまず最初の検討項目は、そもそも広告代理店を活用するのかどうかというそもそも論である。使わない選択肢はインハウス運用で、デジタルメディアに直接アカウントを開き、自社で運用するという手法である。私の記憶では、少なくても日本においては2002年のGoogleのリスティング広告のサービス開始以前は、メディア買い付けで全面的にインハウスで行うという選択肢は殆どなかったと思う。そもそも、媒体側も面倒なので、広告代理店を通さないと広告を売らないというケースが多かったと記憶している。現在でも一部のデジタルメディアやTVCMの枠などは代理店を通さないと購入できないケースがある。そのようなメディアを購入する場合は、そもそも広告代理店を使わないというオプションがないので、好き嫌いにかかわらず活用することになる。

しかし、2002年のGoogleのリスティング広告において、個々の出稿企業が直接広告枠を購入することが可能になった。これにより、デジタル広告を自社運用するという選択肢が登場することになる。ちなみに、このリスティング広告が広告業界を大きく変えたポイントがもう一つある。それは代理店手数料が媒体費用の内数か外数かの違いである。最近デジタル広告の運用をやっている人にはそんな時代があったのかと思われるかもしれないが、リスティング広告開始前の広告媒体というのは日本ではほぼ内数になっていた。今でも、4マス媒体のような既存メディアについては、昔のように内数で計算されているケースの方が多いと思う。以前の内数の場合は、代理店の代理店手数料は出稿主にはいくら取られているのか見える化されていなかったため、媒体費用の単価の議論はあっても、代理店手数料が高くて、そこでコストリダクションしようという発想はそれほど一般的ではなかった。それは、媒体と代理店の中で決めてくれればよいという話であった。しかし、Googleが直接購入という道を開いてしまったこと。さらに、そもそもオークション型価格モデルを導入してしまったことで、代理店手数料を外数にせざるを得なくなってしまった。それにより、広告媒体を購入するときに、広告代理店にどの程度の代理店手数料が支払われるのかが請求書明細欄に明確に記入され、白日の下にさらされることとなった。

代理店手数料とは何のための手数料か?

このことは、多くの広告出稿企業内で、問題となった。そもそも、この費用に妥当性があるのか?特にCMOがCFOに説明を求められる事態となったのだ。おそらくGoogle的にはそこまで深く考えていなかったのではないかと勝手に思っているが(当時話している感じでは、当然そうでしょう?という雰囲気であった)、今振り返って見ると、これはそれなりに大きな事件であったと思っている。

では、そもそも、代理店手数料というのは、何のための手数料なのであろうか?それが理解できないと、そもそも代理店の存在意義、利用価値自体がよくわからなくなってしまうので、まずそこから考えてみたい。直接出稿という選択肢が提示され、直接出稿可能媒体=手数料外数、直接出稿不可能媒体=代理店手数料内数となると、よく考えるとこの手数料を誰が代理店に支払っているのかというのが違っている気がする。この話を書き始めるまで、自分も深く考えたことがなかった。そのため、これまで個々の代理店との契約書をそこまで深く読み込んだ記憶がないので、契約書にどのように書いているのか分からない。もし間違っていたら知っている方にご指摘いただきたいが、ロジカルに考えると次のようになるのではないか?

そもそも、代理店手数料なしで直接出稿出来るGoogleのようなケースの場合、そもそもGoogleは手数料はいらないと言っているのであるから、媒体側が代理店に何かを頼む要素はおそらくないのだと思う。とすれば、手数料は出稿企業が代理店に何かを頼むことの対価として支払っていることになる。ただ、媒体の購入は自分でアカウントを開けば出来るわけであるから、それをするためにわざわざ代理店手数料を追加して、媒体を高く買う理由は論理的に考えてあり得ない。もしそうなのであれば、即刻代理店を使わずに直接出稿に切り替えるべきである。では、この場合の手数料は何に対する対価なのであろうか?これはどう考えても、運用型広告における広告アカウントの管理・運用業務に対する対価ということになる。

一方、直接出稿できない媒体の代理店手数料というのは、何のために存在するのだろうか?そもそも、媒体費に代理店手数料が含まれていることは記載されていてもその費用がいくらなのか分からないというのであれば、それはそもそも広告主側が何かを依頼しているわけではない気がする。そもそも値段も分からず何かを頼むなどということがあり得ない気がする。であるならば、おそらくこのケースの代理店手数料というのはおそらく媒体側が代理店に支払っている手数料なのであろう。であるならば、それは販売手数料なのだと思われる。多くのクライアント企業と交渉し、代金の入金まで管理することに対する手数料であるのだと思う。

このロジックが正しいとすれば、確かにリスティング以前にCMOがCFOに代理店手数料を削減しろと言われなかった理由もなんとなく理解できる。そもそも金額も分からないので削減のしようがないし、そもそも媒体者が代理店に支払っている費用をコントロールする権限もないわけだ。

ところがリスティングの登場により、状況が一変してしまった。CMOは自社のリソースで実施することも可能な広告アカウントの管理運用業務を広告代理店にアウトソーシングしているわけである。そうなると、そもそも社内に人を置いて自社でやる場合の人員コストと広告パフォーマンスと代理店で運用する場合の手数料と広告パフォーマンスのどちらが効率が良いのかをCFOに説明せざるを得ないし、同様に広告代理店も、広告代理店手数料が増えるよりも広告パフォーマンスの改善幅の方が大きいことを証明しなければいけない。

代理店運用と自社運用の判断基準とは?

広告業界における代理店手数料の歴史を見ながら、そもそも現在のデジタル広告の広告代理店手数料が何の対価として支払われているのかがご理解いただけたと思う。では、その理解を前提として、広告代理店を使うべきかどうかの判断基準を考えてみよう。

前述のとおり、デジタル広告における広告代理店の役割というのは、広告運用のパフォーマンスを上げるために広告アカウントの管理・運用をしてもらうことと確認した。その前提で、代理店に依頼するか、自社運用するかの判断をする算式は次のようになる。

代理店手数料ー自社運用人件費増 > 代理店運用広告パフォーマンス増ー自社運用広告パフォーマンス

この状況になってしまうと、広告パフォーマンスの増分よりも代理店手数料の増分の方が大きくなってしまうので、広告代理店に依頼する理由がなくなってしまうので、自社運用にした方がよい。

代理店手数料ー自社運用人件費増 < 代理店運用広告パフォーマンス増ー自社運用広告パフォーマンス

逆に、このケースは代理店手数料の増分を上回る広告パフォーマンスの改善を代理店が実現出来るということなので、代理店に頼んだ方がよいということになる。

ちなみに広告パフォーマンスの計測の仕方は、KPIの設定の仕方で概念を説明したため、ここでの説明は割愛する。

広告運用コストを最適化する

 では、左辺から詳細に見ていこう。まず、普通に考えれば、代理店で運用しても、自社で運用しても作業量は同じであると考えれば、左辺はプラスにならなければおかしい。なぜなら広告代理店も当然営利企業であるため、広告代理店内でオペレーションをする人材の人件費を必ずマークアップして代理店手数料を計算しているはずだからである。これがマイナスになるケースは2パターンある。一つ目は、自社の運用人材の人件費が高すぎる場合である。2つ目のパターンは自社運用の人材を採用して1人月分の人件費が発生したが、広告予算の規模が少なすぎて代理店手数料が一人月分の給与を上回らないケースである。いずれのケースも自社運用する理由がほぼないので、左辺がマイナスになる場合は例外的に代理店に依頼してしまった方がよいと思われる。前者のケースは非常に特殊なケースなので、余り議論をする気はない。一方で、後者のケースとなった場合、この時点の判断としては代理店運用でよいとしても、それを理由に長期的に代理店運用を続けるのが良いかどうかは冷静に判断すべきである。そもそも、成長している事業というのは、殆どの場合、集客量を増やすために広告費用は増大していく。繰り返すが、このBlogは企業を成長させるためにマーケティングの質を高める方法を議論しているため、1人月分の人件費を中長期的に代理店手数料が越えない規模の広告予算で事業を続けているのであれば、客観的にみて、その事業は中長期的な成長力に問題があるか、そもそも事業としてのポテンシャルが足りていないと考える方が健全である。代理店手数料が1人月の人件費を上回らない状況が長期的に続いているのであれば、マーケティングが上手くいく方法を考える前に、事業自体の改善にまで立ち戻ってやり方を考えたほうがよいと思う。

 話を左辺がプラスの値となる通常時に戻そう。左辺の改善で自社運用した方がよいとなるケースは、自社代理店手数料率と媒体費用が一定だとすれば、選択肢は自社運用時の人件費の増分を小さくということになる。人件費増を減らすためには、論理的には方法は2つである。ひとつは、代理店が行うよりも効率的に少ない人数で同じ作業をできるようにする。もしくは、同じ効率の業務を代理店よりも人件費が安い人材でも実行できるようにするのどちらかである。つまり、右辺を理由に自社運用をするケースは、代理店と同等以上に効率的な広告運用オペレーションをする能力か、もしくは、代理店と同程度のクオリティの業務をより安い人件費の人材に採用育成する力があるかのどちらかとなる。そもそも、広告代理店というのは、多くのクライアントの広告運用業務を集約して請け負うことによって、オペレーションを洗練させ、効率化しているはずの専門集団である(でないとそもそもおかしい)。そうであるとするならば、左辺の改善で自社運用を検討できる企業というのは、マーケティングの部署の成熟度がある程度高い企業でなくてはならない。

ただ、左辺については考えなければいけないケースがもう一つある。それは媒体料が非常に大きいケースである。運用型広告というのは、一般的に媒体費の増加ペースと運用にかかるリソースが一次関数的に増えていくことは殆どなく、運用リソースの増加ペースは低減していく。このため、媒体料が非常に大きいケースにおいては、代理店手数料が非常に大きく、コストリダクション効果が非常に大きくなるケースが存在する(私が仕事をしてきた3社はこの状況に近い)。このようなケースにおいては、代理店は広告主が真似できないようなレベルの運用を行い、右辺のパフォーマンス増分を増やすしか方法がない。

広告運用のパフォーマンスを最適化する

では、右辺に話を移そう。この算式は非常に単純で代理店で運用したときに自社で運用したときよりもどれだけパフォーマンスが改善するかである。左辺の話で述べたように、基本的に右辺はプラスになることが殆どだと思うので、代理店運用に変えるときは、そのコスト増分よりもパフォーマンスが上がらなければいけない。代理店運用のパフォーマンスを良くするためには、代理店とよいスキームが作れるかになるが、詳細を話し出すと長くなるので、次回以降で詳細に議論することとする。一方、自社運用のパフォーマンスをあげ、代理店運用のパフォーマンスとの差が小さくなれば、当然自社運用に切り替えるインセンティブが高くなる。では、その具体的な方法がなにかと問われれば、それは、このBlogで書いていることを一つ一つ理解して、良いチームを長い時間かけて作ってくださいというのが応えなので、それほどお手軽な話でないのは、読者の方はすでにご理解してくれているであろう。

つまり、右辺については、自社運用のスキルレベルが高ければ自社運用にする方がお得で、代理店運用をするためには可能な限り代理店の高いパフォーマンスを実現しなければいけないということになる。

と、それっぽく長々書いてきたが、左辺、右辺の両者を通じていえることは、自社のマーケティングの管理・運用レベルが高ければ当然自社運用の方が効率がよく、そうでない場合は代理店でやった方が効率がよくなるということである。まあ、特に斬新な結論ではない。

コストとパフォーマンスのバランスを検討する

では、なぜこの話をこんなに長々したのかということであるが、いろいろな会社をみていて、この当然のロジックが理解されていないと思うケースが非常に多いからだ。特に多いのが、間違った状態で自社運用にこだわってやっているケースである。ここでも述べたように自社運用の前提条件は社内にパフォーマンスを上げられるスキルレベルの高いマーケティングチームがすでに存在していることが条件である。ところが、まだスタートアップであったり、事業規模の小さい会社で特にマーケティングのスキルが高くない人が片手間で自社運用をしているケースをよく見かける。このような形で運用している会社の言い分はほぼ2択である。①代理店手数料が勿体ない、②代理店に頼むと自社にノウハウが残らない。

①についての誤りは、代理店手数料が高いかどうかの判断をする際に、自社と代理店でやったときの広告のパフォーマンスの差について全く検討をしていないことだ。GoogleやMetaなどグローバルの巨大メディアは広告運用にAIを導入し自動化を進めていて、誰でも同じようなパフォーマンスが出るように商品設計を進めている。事実、20年前、10年前と比べれば、運営者によるパフォーマンスの違いは少なくなりつつあるのは事実である。ただ、現実的にはスキルのある人とない人で運用するときのパフォーマンスの差が代理店手数料の差より小さくなることは、正直現在のAIの運用レベルでは難しいと思う。まあ、私のような立場の人間はその差がなくなってしまえば、仕事がなくなってしまうので、当然そういうのではあるが。

②についてはもっと深刻な問題である。非常に申し訳ないが、スキルのない人が自社運用して会社に残るノウハウというのは多くの場合、マーケティングが会社としての競争優位性となるレベルには達しない。おそらくどの会社でも出来る程度のことができるようになるだけである。一般的にある業務をやる際の入門編的なレベルの知識は独学するよりも、人から教えてもらった方が遥かに効率的に学べることが多い。

もちろん、自社運用を担当している人が優秀で、結果的に前述した不等式の左辺の方が大きくなる状況に出来ているのであれば、それは問題ないし、自社にノウハウが本当に残っていれば問題ない。しかし、そうなるのは私の経験上稀である。そして稀な状況が発動する条件は、以前人材育成のパートで話した「放っておいても育つ人材」がこのマーケティングを担当している場合である。このタイプの人材は自習能力が高いためそもそも先生を必要としないか、勝手に探して学んでくる。ただ、このタイプの人材は数十分の1くらいの確率でしか発現しないので、この自社運用を無理やりやって上手くいくパターンになるのは、はっきり言ってギャンブル的な確率でしかない気がしている(もちろん人を見る目に自信があるのであれば確率は高くなるが)。

以前にも述べたが、私個人としては日本の多くの事業会社はマーケティングを広告代理店に依存し過ぎてていると考えているため、各企業は自社でマーケティングを出来る力をつけなければいけないと強く信じている。このため、これまでのキャリアの中で自社運用を選択してきた経験も豊富にある。しかし、そのことは広告代理店の活用を否定することには繋がらない。必要な時に必要な内容を依頼すれば良いのである。問題なのは、マーケティングを丸投げすることなのだ。

この章では、日本の広告代理店をクライアント視点で理解し、適切に活用する方法を議論していく。