楽天時代

何でも屋の3年間

私の楽天でのキャリアは、大きく分けると2つに分けられる。2002年8月までと2002年9月以降である。まず前者の2002年8月まで何をやっていたのかと問われると、正直全部思い出せない。社会人の最初の3年間でやった業務はたぶん10種類以上であったと思う。

初期の楽天の社員の構成比というのは、①楽天市場の営業、②楽天市場のシステム開発、③管理部門、④その他であったが、一言言われればあとは勝手にどうやったらよいか自分で考え何とか形にするという特性が評価されたのかどうかは分からないが、④の役割にされてしまったためである。ぱっと思い返すだけでも、楽天ブックスの事業提携交渉のプラン作り、CtoCオークションサービスの事業企画とカスタマサポート、楽天市場のサーチとディレクトリシステムのプロデューサー、自動車と不動産分野での新規事業開発のプランニングなどなど、三木谷さんが思いついたもので、やる人がいないものを都合よく投げられ、それっぽく形にしていくという日々であった。ただ、今になって考えれば、この時の経験は非常に良かったと個人的には思っている。デジタルのサービスをゼロから立ち上げるときに必要になりそうな経験は、この時一通り自分で手を動かしながら経験出来たためである。自分で手を動かしてやらなかった仕事といえば、おそらく、営業と管理部門、そしてプログラマの仕事くらいである。本当にそれ以外の仕事は最初の3年くらいで広く浅く経験できたと思っている。

楽天市場のマーケティングを一人で始める

そんななんでも屋さんとして3年馬車馬のように駆け抜けたわけであるが、転機が2002年の夏頃訪れる。切っ掛けは、楽天市場のビジネスモデルの変更であった。それまでの楽天市場のビジネスモデルというのは、出店料が月額5万円でそれ以外はいくら売ってもお金はかかりませんという、固定費のみで売上マージンがないプランであった。インターネットショッピングモールという売れるかどうかも分からないものにお金を払ってもらうために分かりやすい料金プランにしたい、しかしスタートアップのベンチャーとしては資金繰りを考えると固定費も欲しいという中での苦渋の決断であったとおもうのだが、創業以来この料金体系で事業を行っていた。

しかし、楽天市場がそれなりの規模と集客力となり、中には年間何億円も売上をあげる店舗が出てくる中で、その企業から最大で60万円しか売上が上がらないという現実に限界が見え始めた。そこで、それまでの固定費に加えて売上に応じた従量課金を追加するという決断を下したわけである。どう考えても全うな判断である。しかし、お金をもらう側からすれば全うな判断でも、お金を払う側の店舗からすれば、一方的に値上げするわけであるから猛烈な反対運動が起こった。

この状況の中で、店舗を説得するための材料として使われたのが、マーケティングであった。それまでの固定費モデルでは、店舗の売上増は楽天の売上増に必ずしもストレートに繋がらない状況であった。そう思っていたわけではないが、理論上は一店舗の売上が爆発的に伸びるよりも、退店率が上がらないように固定費をリクープ出来る程度に満遍なく売上が上がる方が良かったはずである。しかし、従量課金を導入すれば、店舗の売上増は楽天の売上増にもなる。このため、楽天としては店舗の売上増を実現するため、積極的なマーケティング投資を行い、楽天市場というプラットフォーム自体の急速な拡大を実現すると店舗への説明会などで話をしていたのである。

一方で、これも驚かれる話であるが、楽天市場というのは創業から5年くらい本格的なマーケティングというものをしてこなかった。いちどIPOした直後ぐらいにTVCMをやったのだが、見事に不発に終わり、その後はマーケティングするという熱が完全にシュリンクしていた。前述のように、店舗の売上が増えても、会社の売上が増えない以上致し方ない状況でもあった。つまり、説明会などでマーケティングを積極的にやりますと話している一方で、社内でマーケティングをやる体制もプランも殆どないという状況であった。そんな時に例のなんでも屋が登場するわけである。三木谷さんにある日部屋によばれ、次は楽天市場のマーケティングをやるようにと言われた。確か2002年8月である。その時の指示は5分程度で2つだけでと記憶している。「12月の流通総額(店舗の売上の合計)を9月比で1.5倍にすること。あと、ポイントをやりたいこと、それはシステム開発にも話してある。そんな感じでよろしく!」こんな感じであった。

その後20年以上どっぷり漬かるとはその時思ってもいなかったが、特に自分の意思もなく、楽天市場のマーケティングを一人で始めるということから私のマーケターとしての人生が始まった。

マネできるものがない楽天市場のマーケティング

興味がある方もいると思うので、少し楽天市場のマーケティングの最初のころの話も書いておきたい。まず、最初にどうしようと考えた時にぶつかった壁があった。参考になる事例が全く思いつかなかったのである。一番の問題は従量課金を導入したといっても売上額の2%前後であったことである。小売業をやったことがある人であれば同意してもらえると思うが、おそらく世の中に2%の粗利の小売業など存在しない。つまり、インターネットショッピングモールという小売りに近いマーケティングで参考にできる事例がどうやらないのである。では、海外のインターネットショッピングモールの成功事例はないのかとも考えたが、それも早々に断念した。そもそも、インターネットショッピングモールという事業形態で世界で最も成功している企業がその時点でもおそらく楽天市場であったからである。ECということで言えば、USにAmazonとeBayという企業が存在したが、前者は当時は完全直販ビジネスであったし、後者はCtoCという全く異なる事業形態であった。

LTVでROIを考える

という分けで、やり方をゼロから考えざるを得ないという結論になった。ただ、粗利2%では新規顧客獲得費用のROIをポジティブにすることは到底不可能であろうと考えた。例えば、購入単価が5000円としても2%ということは100円が粗利である。通常のバナー広告のCPCを考えても100円程度で新規顧客を獲得するのは難しいのはすぐに分かった。

そこで思い出したのが、大学院時代にマーケティングの教科書で読んだLTVの話である。一発でリクープするのが無理なのであれば、LTVの範囲内で顧客の獲得単価を抑えられないかと考えた。それで、前年に獲得した新規顧客の1年間の平均購入額を計算してみた。正確な数字は全く覚えていないが、たぶん粗利額の平均が数百円の中盤から後半くらいであったような気がする。その数字を見た時、顧客獲得単価100円よりはよほど現実的で、ひとまずこれでやってみるしかないかなと決めた。

このロジックでやると決めると、マーケティングでやることは当面2つである。ひとつは、1年間LTVの粗利の範囲で新規顧客を獲得できる方法を見つけること、二つ目は1度獲得した顧客に繰り返し買ってもらえるようなCRM施策を考えること。

楽天スーパーポイントを立上げ

このように考えると、後者については三木谷さんに言われたポイントをやってというのはここにばっちりはまるので、これは12月までにこれを何とか立上げようと考えシステム部門に相談しに行くと、これについてはシステムチームは三木谷さんに言われて、なんとなく骨格になる部分は作り始めているので、具体的なサービス設計と、規約とかサービスのオペレーションをこちらで考えてれと言われたので、社内の手伝ってくれそうな人に協力を求め、無理やり2カ月くらいでサービスを開始するスケジュールを引いて、後は実行するのみという感じにした。

アフィリエイトで楽天市場をOEM

難題はひとつめの新規顧客獲得である。いろいろな媒体を調べたがどうにも目標の範囲内でパフォーマンスが出なさそうである。当時のネット広告というのは、定額での枠買いの広告が殆どで、ターゲットに合いそうな媒体を選定して、その枠を固定費で買うという形態であった。今にして思えば、雑誌の広告を買うのとターゲティングの仕方としてはほぼ同じである。違いといえば、デジタルでトラッキング出来ることくらいであろうか?ちなみに、トラッキングというと今の常識でいえば、GAのTagを仕込めばいいのねと思うかもしれないが、残念ながら一般に普及しているトラッキングツールも存在していなかった。このため、広告トラッキングのツールもシステム部門に相談して作ってもらったという感じである。

という感じで、途方に暮れていると、何やら上手くいきそうな話が2つ見つかった。ひとつは、実は楽天に入って一番最初に三木谷さんにお題としてもらったアフィリエイトという仕組みである。これであれば、売上に対する成果報酬なので、パフォーマンスを売上連動でコントロール出来るので、非常にリスクが少ないように思われた。また、これも実は少し仕込みをしていたのであるが、少し前から大手のポータルサイトやISP(Internet Service Provider、これももう言わない。。。)などのトラフィック量を持っていそうな企業と何かできないかとリレーションを作っていたので、それらの企業に楽天市場をOEM的に提供することで、一気にトラフィックを獲得できるのではないかと考えた。ということで、これについてはバックエンドはどうやったか覚えていないが、ひとつは形にできた。ただ、各ポータル等のショッピングコーナーの売上の実績のヒアリングの感じでは、これだけで12月の売上が1.5倍になることは到底無理そうだった。

Google Adwordsをサービス開始当時にに始める

もっといろいろな人に話を聞いてみようと思っていた時に話をしたのが、当時日本には一人しか社員がいなかったGoogleであった。まだ渋谷のセルリアンタワーのシェアオフィスを間借りしていた。そもそもその人は、Infoseekという楽天が買収したポータルサイトの元営業責任者から転身した人で、アメリカとかで何か良い事例がないか教えてもらおうと思って相談しに行った感じである。そうすると、実は今度リスティング広告という検索連動型の広告商品を始めるので、それが良いのではないかと教えてくれた。その話を聞いたときに、すぐにそれは絶対に使えると瞬時に思ったのを記憶している。前述のとおり、それまでのネット広告のターゲティングというのははっきり言って雑誌と同程度の精度であった。それと比較して、このリスティング広告のターゲティングの精度というのは全くレベルの違うものだと確信した。なにせ、ユーザーが検索したキーワードに連動してそのキーワードにあった広告を表示出来るのだ。パソコンと検索したときにパソコンを買いませんか?と広告を表示出来るわけだ。この話を聞いて、とにかくここに集中的に投資しようと決めた。それから、絶対にやるからと約束し、サービスのローンチ予定日を確認しながら、日本でのサービスがローンチしたその日に、準備してあった楽天市場で売れていた売上の上位商品のキーワードのリストをもとに、一つ一つ手動で5,000ワード登録した。サービス開始当初だったのでCSVの連動機能もなく、原始的なWeb管理画面しかなかったので、本当に5,000ワードをコピペして登録していった記憶がある。ちなみに、おそらくサービス初日で競合企業もほぼ皆無であったため、すべてのキーワードのCPCは7円であった。今では信じられない金額である。これ以降、ゲーム会社でアプリ広告を中心に行っていた数年間を除き20年以上私は一貫してリスティング広告への投資をしているので、自称日本で一番リスティング広告の経験が長い人間であると言っている。同率1位の人は別にいるかもしれないが、この話は嘘でない。

最初のマーケティング部員は本当に私一人だったので、最初の3カ月で出来たことというのは、このくらいの話であった。その後数カ月くらいで、ぽつぽつとチームにも人が加わり、半年くらいで2チーム編成5-6人のチームにまで拡大し、私の役割は新規顧客の獲得の方にシフトしていくことになり、楽天ポイントプログラムというロイヤリティプログラムは隣のチームがより精緻に作っていってくれることになる。

楽天経済圏を実現するマーケティングフレームワーク

2年くらい楽天市場のマーケティングには関わって、自社のアフィリエイトのシステムを作ってローンチしたり、リスティン広告の運用のスキームを試行錯誤しながら作ったりして、楽天グループの新規顧客の獲得の基本フレームワークのようなものは、この時におよそ作り上げられたのではないかと思う。

その後、多少子会社事業の再建に関わったりしていたが、そんなことをしているうちに、楽天グループがドンドンM&Aをしたり新規事業開発をする中で、一部を除いて市場以外の事業のマーケティンが上手くいっていないことが問題になってきた。その状況で、楽天市場で作り上げたマーケティングのフレームワークみたいなものをグループ会社に横展開して、グループ全体のマーケティングレベルの底上げをしようということになり、その責任者をやることになった。ちょうどCMOのポジションをつくるタイミングだったためCMOオフィスの室長のような感じであった。

ちなみに、楽天市場で作ったマーケティングのフレームワークは大きく2つである。一つ目は、ポイントを中心としたロイヤリティプログラムで、楽天市場で多く買い物をするほど得をするというスキームの骨格はある程度出来ていたと思う。2つ目は厳密なROI管理のもとにパフォーマンス広告を中心に新規顧客の獲得をするという集約戦略である。3-4年の間に、この2つを柱としたマーケティングフレームワークはある程度確立していたため、それをすべての事業に展開していこうという形であった。このスキームはのちに三木谷さんが楽天経済圏、楽天Eco-Systemと命名して、それなりに有名になった。一人でマーケティングを始めた時は、経済圏というところまでは正直考えていなかったが、結果的に非常に汎用的、かつ、グループのシナジーが効きやすいフレームワークが出来たと考えている。

この仕事は5年間くらいした。楽天市場のマーケティングを一人で立ち上げた経験が私のマーケターとしてのフェーズ1であるとすれば、この5年間はフェーズ2と言える。この間に、正確な数は覚えていないが20-30の事業のマーケティングに間接的に関わり、自分が楽天市場で実施したフレームワークを適用すると同時に、買収した会社等の手法も学びながら、自分のマーケティングの知識と経験を急速にブラッシュアップ出来た期間だと思っている。この時の経験は、私に自分が全くユーザーでもなく、興味がない分野の商品・サービスであっても、楽天市場で作り上げたマーケティングのフレームワークとデータを理解する力があればマーケティングが出来るという自信と確信になっている。よく三木谷さんと楽天グループは干物から金融商品まで何でも売っていると話していたが、そのなんでも売っているグループのマーケティングを統括的に見ることができた経験は、事業会社では当時の楽天でなければ不可能であった気がする。おそらく今の楽天の規模になってしまうと、組織が大きくなりすぎてしまっていて、当時の私のレベルで、現場の実態を手触り感を持って把握することはおそらく難しいのではないかという気がする。この点でも、非常に運がよかったと思っている。